声明・意見書

「菊池事件」について検察官による再審請求を求める会長声明

 平成24(2012)年11月7日,ハンセン病元患者3団体は,検事総長に対して,いわゆる「菊池事件」について,検察官が再審請求を行うよう求める要請書を,熊本地方検察庁に提出した。

同事件は,ハンセン病患者とされたF氏が,同氏をハンセン病であると熊本県衛生課に通報した村役場職員を逆恨みして殺害した等として,昭和28(1953)年8月29日に熊本地方裁判所において死刑判決の宣告を受け,同29年12月13日に福岡高等裁判所において控訴棄却,同32年8月23日に最高裁判所において上告も棄却され,3度目の再審請求棄却決定の翌日である同37(1962)年9月14日に死刑執行された事件である(なお,F氏は、当時大学病院等複数の病院においてハンセン病ではないとの診断を受けている)。

 同事件においては,当初より,ハンセン病とされたF氏の犯行と決めつける捜査がなされ,逮捕時,警察官は凶器を所持していないF氏に向けて銃を発砲し,腕を射抜くなど,ハンセン病に対する偏見,差別に基づいた捜査がなされた。

 そのうえ,同事件の訴訟手続は,「らい予防法」により,一般社会とは隔離されていた国立療養所菊池恵楓園,あるいは,ハンセン病患者のみの受刑者が収容される菊池医療刑務支所に仮設された「特別法廷」において非公開で行われた。この「特別法廷」内においては,裁判官,検察官,弁護人がいずれも予防衣と呼ばれる白衣を着用し,記録や証拠物等を手袋をした上で火箸等で扱うなど,ハンセン病に対する差別,偏見に満ちた取り扱いがなされた。

 さらに,被告人が殺人の公訴事実を一貫して否認していたにもかかわらず,第一審の弁護人は,罪状認否において「現段階では別段申し上げることはない」として争わず,また,検察官提出証拠に全て同意するなど,実質的に弁護人不在の審理がなされた。

 同事件のこのような訴訟手続が,裁判の公開(憲法第82条),平等・公平な裁判(憲法第37条1項),適正な刑事手続(憲法第31条),弁護人による弁護(憲法第34条)を保障した憲法の規定に反し,被告人の裁判を受ける権利等を侵害するものであることは明らかであり,同事件は,本来人権を守るべき責務を負っている裁判官,検察官及び弁護人という法曹三者が,ハンセン病に対する差別・偏見により,自ら取り返しのつかない人権侵害を犯したものと言わざるを得ない。

 最終的に,F氏は,第三次再審請求が棄却された翌日,即時抗告の機会を与えられることなく突如として死刑を執行されている。

 このように,同事件の刑事司法手続は,捜査開始から死刑執行まで全体にわたって,ハンセン病に対する偏見に基づき差別的に行われたものである。

 また,同事件は事実認定の面でも多くの問題点があることが指摘されており,司法の場において真相解明に向けた活動が行われなければならない。

 憲法違反の訴訟手続によって判決がなされて確定した場合,これを是正すべきは国家の責務であり,かかる観点から刑事訴訟法第439条1項は検察官を再審請求者の筆頭に挙げている。すなわち検察官には,公益の代表者として訴訟手続の過ちを正すことが期待されているのであって,今なお残るハンセン病に対する差別・偏見等から,被告人の遺族による再審請求が困難な同事件においてはなおさらである。

 残されたハンセン病問題の解決として,当会は,同事件において差別的な刑事司法手続が行われた疑いにつき,法曹三者の一員としてその責任を痛感するとともに,公益の代表者たる検察官が同事件について再審請求を行うことにより,憲法違反の手続による裁判を是正すべき責務を果たすことを強く求めるものである。

2013年7月11日
札幌弁護士会 会長  中村 隆

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