声明・意見書

2015年12月21日 札幌市成年後見制度利用支援事業に関する要望

平成27年12月21日

札幌市長 秋元克広 殿

札幌弁護士会
会長 太田 賢二

第1 要望の趣旨

  1.  現在,成年後見制度利用支援事業にかかる市長申立ての対象が運用により後見に限定されているが,保佐・補助も対象とすることを要望する。
  2.  現在,成年後見制度利用支援事業にかかる報酬助成の対象が運用により市長申立て事案に限定されているが,市長申立て以外の事案も対象とすることを要望する。

第2 要望の理由

  1.  市長申立ての対象を後見に限定すべきでないこと
    (1)老人福祉法第32条,知的障害者福祉法第28条,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第51条の11の2は,65歳以上の者(65歳未満の者で特に必要があると認められるものを含む),知的障害者,精神障害者について,その福祉を図るために特に必要があると認めるときは,市町村長は後見・保佐・補助開始の審判の請求ができることを規定している。
    老人福祉法第32条にいう「その福祉を図るために特に必要があると認めるとき」とは,本人に2親等内の親族がない又はこれらの親族があっても音信不通の状況にある場合であって審判の請求を行おうとする3親等又は4親等の親族も明らかでないなどの事情により,親族等による法定後見の開始の審判等の請求を行うことが期待できず,市町村長が本人の保護を図るために審判の請求を行うことが必要な状況にある場合をいうとされている(平成17年7月29日付厚生労働省老健局計画課長事務連絡【「老人福祉法第32条に基づく市町村長による法定後見の開始の審判等の請求及び「成年後見制度利用支援事業」に関するQ&Aについて」の一部改正について】。添付資料1)。
     成年後見等の申立権者は,本人,配偶者,4親等内の親族等と定められているところ(民法第7条,第11条,第15条),身寄りのない人や,親族がいても疎遠だったり,虐待事案などの場合は,当事者による申立てを期待することができず,そのような場合に成年後見制度の利用ができないとすると,本人の支援を行えなくなり,特に,社会福祉サービスの利用方法が措置から契約に移行していることからしても,成年後見制度が利用できないことによる不利益は大きいといえる。そこで,本人に対する相談,援助等のサービス提供の過程において,その実情を把握しうる立場にある市町村長に対し,審判の申立権が付与されたものである。
     (2)とすると,後見のみならず,保佐・補助相当の事案においても,当事者による申立てを期待することができず,市町村長が本人の保護を図るために審判の請求を行うことが必要な場合があるといえる。
    前記(1)のとおり,法律上,市町村長申立ての対象は後見に限定されていないし,札幌市成年後見制度利用支援事業実施要綱及び札幌市成年後見制度利用支援事業事務取扱要領の規定上も,市長申立ての対象は後見に限定されていない。
     にもかかわらず,貴庁は,現在,運用により,市長申立ての対象を後見に限定している。
     この点について,平成27年9月1日の介護保険事業計画推進委員会において,「札幌市の成年後見制度利用支援は,『後見』しか市長申立ての対象にしていないが,『保佐』『補助』も市長申立ての対象にしている市もある。なぜ,札幌市は『後見』のみとしているのか。」との質問に対し,貴庁担当者から「個人の生活への行政機関による過度の介入を防ぐとともに,『後見』相当に至る前の方は,本人申立てによる成年後見制度の活用や,社会福祉協議会による日常生活自立支援事業など他制度の活用が可能である」ため,対象を後見に限定している旨の回答がなされている(添付資料2)。
     しかし,保佐・補助相当の事案についても必ずしも本人による申立てが期待できるとは限らない。
     特に保佐申立てについては,代理権の付与については本人の同意が必要であるが(民法第876条の4第2項),本人の同意がなくても保佐の開始手続は可能である。親族等による申立ての場合も,本人の同意がなくても,必要な場合は保佐が開始されているものであり,申立てするかどうかは本人に全て任せればよいということにはならない。
     たしかに,行政機関による過度の介入を防ぐという視点は重要ではあるが,一方で,例えば,保佐申立てをしなければ,経済的虐待が続き,本人の財産が減少し続け,生活が困窮するという場合もある。高齢者虐待の防止を地方公共団体の責務とした高齢者虐待防止法の趣旨からも,被虐待者の権利擁護のために,保佐・補助申立ても含め,積極的かつ迅速に介入を行わなければならない場合があると考える。
     また,日常生活自立支援事業は,本人による契約が必要となるところ,かかる契約が期待できない場合があるといえるし,同事業による社会福祉協議会の権限は,福祉サービスの利用援助やそれに付随した日常的な金銭管理等の援助に限定され,多額の財産管理のようにそれを超える権限を行使する必要がある場合には,成年後見制度の利用が想定されている。
     さらに,前記委員会における回答(添付資料2)の中で,「後見相当として市長申立てを行い,結果として『保佐』『補助』と審判された場合は,支援の対象として」いる旨の説明がなされているが,これは,保佐・補助相当事案であっても支援の必要があると判断される場合があるということにほかならない(なお,実務上,申立ての趣旨の変更が必要となることから,これらの事案では,最終的に,保佐開始・補助開始の申立てを行っている。)。
     (3)当会が平成27年9月に貴庁を除く道内178市町村に実施したアンケートによれば,回答のあった108市町村のうち,保佐・補助の審判を市町村長申立てで行ったことがあるか否かについて,保佐・補助両方行ったことがあると回答したところが4,保佐のみあると回答したところが16,補助のみあると回答したところが4であった。
     合計,24もの市町村が,保佐・補助の市町村長申立ての実績があることが判明した。今回のアンケートでは申立実績のみを調査したため上記回答数となったが,これまでに実績はなくとも,保佐・補助を市町村長申立ての対象としている市町村は多数あると思われる。
     (4)居住している地域によって,対応に格差が生じるべきではない。
     また,札幌市の住民基本台帳人口は,平成27年10月1日現在の総人口1,941,078人のうち65歳以上の高齢者人口が475,955人であり,総人口に占める割合は約24.5%にも及ぶ(日本全体では,平成26年10月1日現在の総人口1億2708万人に占める65歳以上人口の割合が26%(平成27年版高齢社会白書))。高齢化が進んでおり,行政による介入の必要な虐待事案の件数も多いものと思われる。
     本人の申立能力と権利擁護の必要性は必ずしも比例しないのであるから,法の原則どおり,保佐・補助についても,ケースによっては,市長申立ての対象とすることを要望する。
  2.  報酬助成の対象を市長申立て事案に限定すべきでないこと
     (1)成年後見制度利用支援事業の対象については,当初,市町村長申立て事案に限定されていたが,平成20年度に限定が解除され,市町村申立てに限らず,本人申立て,親族申立て等についても対象とされた。
     障害者については,厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課の平成20年3月28日付事務連絡「成年後見制度利用支援事業の対象者の拡大等について」(添付資料3)において,成年後見制度の利用が有効と認められる知的障害者又は精神障害者が成年後見制度を利用することができる体制を構築することは極めて重要であり,利用者が増加しているものの,制度に対する理解が不十分であることや費用負担が困難なこと等から利用が進んでいないとの指摘を踏まえて,成年後見制度の利用を促進する観点から,対象者を拡大した旨説明されている。
     高齢者については,厚生労働省老健局長通知「地域支援事業の実施について」(平成18年6月9日付老発第0609001号)に関する厚生労働省老健局計画課長の平成20年10月24日付事務連絡「成年後見制度利用支援事業に関する照会について」(添付資料4)において,「成年後見制度利用支援事業において補助対象となるのは,市町村申立てに限るものなのか。」との問いに対し,「成年後見制度利用支援事業の補助は,市町村申立てに限らず,本人申立て,親族申立て等についても対象となりうるものである。」と回答されており,その理由について,「当該事業は,成年後見制度の利用が有効と認められるにもかかわらず・・・費用負担が困難なこと等から利用ができないといった事態を防ぐことを目的としているものであ」る旨説明されている。
     前記対象者拡大の趣旨からすれば,貴庁においても,報酬助成の対象を市長申立て事案に限定すべきでないことは当然である。
     札幌市成年後見制度利用支援事業実施要綱及び札幌市成年後見制度利用支援事業事務取扱要領の規定上も,報酬助成の対象は市長申立て事案に限定されていない。
     にもかかわらず,貴庁は,現在,運用により,報酬助成の対象を市長申立て事案に限定している。
     (2)身寄りのない者の場合,親族がいても疎遠であり親族が後見人等に就任することを期待できない場合,親族間の対立があるため一部の親族が後見人等に就任するのが適切でない場合,業務遂行にあたって専門的知識を要する場合などは,弁護士・社会福祉士等の専門職後見人等が選任される必要があり,専門職後見人等が選任される割合は年々増加している。
     少子高齢化が進んでいる状況からすれば,今後も,専門職後見人等選任の必要な事案が増加することが予想されるところ,専門職後見人等を安定的に確保するためには,報酬が保障されることが必要であり,他方で,本人の資産が乏しい場合でも,費用負担が困難であるという理由で成年後見制度の利用ができないといった事態を防ぐ必要がある。
     現状においては,専門職後見人等が選任されているにもかかわらず本人の資産が乏しいため報酬が支払われないいわゆる無報酬事案が存在している。当会としては,報酬の支払が見込まれないという理由で後見人等候補者の推薦を拒絶するという対応をとってはいないものの,後見人等個々人に多大な負担を強いる状況となっており,今後,件数が増加し続ければ,受任が困難な事態となるおそれがある。
     後見等は,一度開始されると,本人の生涯にわたり続くことになる。高齢者であっても,後見等の期間が長期間,例えば20年程度になることもあり得るし,若い知的障害者や精神障害者の場合は,50年以上続く可能性すらある。後見人等は,身上監護及び財産管理を職務とすることから,その事務は多岐にわたり,後見人等の責任は重い。また,家庭裁判所から弁護士に配点される後見事件の中には,本人の対応や親族の対応で苦慮するものもある。
     成年後見制度は公的な制度であり,専門職が家庭裁判所から選任されながら,完全な無報酬であったり,低額報酬で,補助がなされないというのは不合理である。是正を検討されたい。
     成年後見制度を維持し本人の保護を図っていくためには,本人の資産の中から報酬を支出することが困難な事案についても,報酬助成制度により後見人等の報酬が確保されるようにすることが必要不可欠である。
     (3)前記アンケートによれば,回答のあった108市町村のうち,市町村長申立てを報酬助成の要件としておらず,本人申立て・親族申立て等についても助成の対象となりうると回答したところが53であった。
     約半数が,市町村長申立てに限らず,報酬助成の対象としていることが判明した。
     (4)居住している地域によって,対応に格差が生じるべきではない。本来市町村が負うべき負担を後見人等個人に転嫁するのは不合理であるから,法の原則どおり,市長申立て以外の案件についても,報酬助成の対象とすることを要望する。

以上

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