声明・意見書

ヘイトスピーチ対策法の成立を踏まえての会長声明

  1. 近時、わが国内において、排外主義的主張を標榜する団体による在日外国人の排斥等を主張する示威行動等(いわゆるヘイトスピーチ)が繰り返し行われている。
    ここ札幌においても、大通公園周辺や札幌雪まつり会場等において「朝鮮人を皆殺しにしろ」「身の回りでご不要な南朝鮮人、腐れ朝鮮人がございましたら、車までご合図願います、どんな状態でも処分いたします」といった、聞くに堪えない内容のヘイトスピーチが繰り返されている。
  2. かかるヘイトスピーチは、対象となる人々を畏怖させ、憲法第13条が保障する個人の尊厳や人格権を根本から傷付けるとともに、憲法第14条に定める法の下の平等の理念をも踏みにじるものである。
    わが国が1979年に批准した国際人権規約(自由権規約)第20条2項は、「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道を法律で禁止する」ことを締約国に求めている。また、わが国が1995年に加入した人種差別撤廃条約の第2条1項(d)も、立法を含む全ての適当な方法により、いかなる個人、集団又は組織による人種差別についても禁止し、終了させることを、締約国の義務としている。
    このように、憲法および国際人権法からみても、国及び地方公共団体は、ヘイトスピーチを根絶するための積極的な法的措置をとる責務がある。
  3. 上記背景のもと、平成28年5月24日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(以下「本法律」という)」が成立した。
    本法律は、前文において、ヘイトスピーチの対象となっている人々が「多大な苦痛を強いられている」とした上で「このような不当な差別的言動はあってはならず」と宣言し、同第1条は、「不当な差別的言動の解消が喫緊の課題である」としている。
    ヘイトスピーチによる被害の甚大さを認め、これへの対処を緊急の課題と位置付けた本法律が制定されたことには、大きな意義がある。
  4. とはいえ、本法律の内容についてはいくつかの懸念・課題がみられることも事実である。
    まず、本法律はヘイトスピーチが禁止されると明示的に宣言してはいないところ、これまで国や地方自治体がヘイトスピーチの抑制に極めて消極的であったことに照らすと、ヘイトスピーチの禁止を明示的に宣言していない本法律によるヘイトスピーチ抑止の実効性には、疑問なしとしない。
    また、本法律は、ヘイトスピーチの対象となる被害者について「本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」と定義しているところ、かかる定義を設けたことは、例えばアイヌ民族等の少数民族等や、正式な在留資格が認められていない外国人等に対するヘイトスピーチであれば許容されるとの誤解を招きかねない。
    加えて、本法律は、第4条において、国には不当な差別的言動の解消に向けた取組を行う責務があるとしながら、地方公共団体については努力義務のみにとどめているが、単なる努力義務では足りないというべきである。
  5. 以上のような懸念・課題に対して、参議院の法務委員会では、本邦外出身者に対する不当な差別的言動以外のものであればいかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであること、地方公共団体においても国と同様に不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する施策を着実に実施すること等を内容とする附帯決議がなされた。かかる附帯決議は、本法律の解釈運用の指針を示すにふさわしいものである。
    また、本法律の附則に「不当な差別的言動に係る取組については、この法律の施行後における本邦外出身者に対する不当な差別的言動の実態等を勘案し、必要に応じ、検討が加えられるものとする。」との規定が設けられており、今後、必要に応じて本法律の改正も検討されるべきである。
  6. 当会は、本法律の制定に尽力された関係者の方々に敬意を表するとともに、今後もヘイトスピーチの根絶に向けて全力を尽くしていく決意を表明する。

2016年(平成28年)5月27日
札幌弁護士会
会長 愛須 一史

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