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司法修習のあり方についての提言

2013(平成25)年12月5日
札 幌 弁 護 士 会
会長 中 村  隆


提言の趣旨

当会は、法曹養成制度改革推進会議及び同顧問会議、並びに最高裁判所司法修習委員会に対し、司法修習のあり方について以下のとおり提言する。

  1.  司法修習の目的は、法曹が広く各領域で活動することを前提としつつも、そのためには少なくとも法廷実務を担うことのできる能力を身につけさせることと位置づけるべきである。
  2.  1の目的を達成するため、司法研修所における集合修習を前期・後期それぞれ3か月以上行うとともに、分野別実務修習の期間を各科目とも3か月以上確保することとし、修習期間全体は少なくとも1年半に延長すべきである。
  3.  司法修習生に対する給費制を復活させるべきである。

提言の理由

第1 はじめに~なぜ、今、司法修習のあり方を提言するのか~

  1.  現在、政府の法曹養成制度改革推進会議及びその下に設置された法曹養成制度顧問会議において、諸課題の一つとして司法修習のあり方が検討されている。
     そこでは、法科大学院を含む「新しい法曹養成制度」全体が、法曹志望者数の激減に象徴される重大な危機を迎えていること、とりわけ司法修習においては、法科大学院の発足後はその指導目標そのものが「法廷実務家の養成」から「法曹としての基本的なスキルとマインドの養成」へと変容されたこと、及び、司法修習生に対する給費制が貸与制に移行したことがもたらす影響と問題点につき、十分な検証をすることが必要不可欠である。
     そこで、当会として、現在の司法修習制度を取り巻く問題点を指摘し、司法修習のあり方についての提言を行うものである。
  2.  いま、法曹養成制度は極めて危機的な状況を迎えている。
     司法制度改革審議会意見書を踏まえた法曹人口の大幅な拡大策の下、司法試験の合格者数は2007(平成19)年以降毎年2000人を超える状況が続いているが、裁判官及び検察官はほとんど増員されることなく弁護士人口のみが急増している。その一方で、裁判所に持ち込まれる訴訟等新受事件数の減少傾向が続き、これに代わる弁護士の活動領域の拡大も目に見えるものにはなっていない。
     こうした状況下で、司法修習生の就職難が深刻化し、新規登録弁護士がオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)不足のままいきなり独立開業を強いられたり、あるいは司法修習を修了しても弁護士登録を見合わせたりする者が年を追って増加している。
     制度発足当初からその乱立が懸念されていた法科大学院も、その学費負担の大きさや司法試験合格率の低迷等により、入学者数が減少して閉鎖に追い込まれるものが続いており、大胆な統廃合が避けられない情勢にある。
     こうした影響を受け、法科大学院入学志願者数が激減しており、このままでは、新しい法曹養成制度が目指した多様性の確保どころか、優秀な人材を安定的に確保することが困難となり、わが国の司法制度の将来が危ぶまれる事態となりかねない。
  3.  政府においては、2012(平成24)年8月に「法曹養成制度検討会議」が設置され、法曹人口や法曹養成制度をめぐる諸問題につき検討されてきた。
     しかしながら、今年6月に出された同検討会議の取りまとめ、これを踏まえて8月に出された閣議決定は、司法試験年間合格者数の「3000人目標」こそ撤回したものの、法曹人口や司法修習をはじめとする重大な問題の幾つかにつき結論を先送りしてしまった。
     しかも、その後に発表された今年度の司法試験合格者数は、昨年までと同様2000人を超える数となり、このままでは先に述べた状況がさらに悪化することは必至であると言わざるを得ない。
  4.  法曹養成制度を含む司法制度改革の諸課題は、我が国が、現在どのような情勢におかれ今後どのような社会を目指すかとの観点から見直しが行なわなければならない。その際、最も重要な点は、司法制度改革が国民の視点で検討されること、国民のための司法をどのように実現させるかということである。
     当会は、このような視点を基本に据えて、国民のための司法を担う人材を養成することを主眼として、本意見を述べるものである。

第2 法曹養成制度の基本理念と到達目標

  1. 法曹養成制度における司法修習の重要な位置づけ
    • (1) わが国において法曹資格を取得するためには、原則として法科大学院を修了し、司法試験に合格した上、司法修習を修了することが必要である。
       司法修習においては、裁判官、検察官、弁護士のいずれを志望する者に対しても、同じカリキュラムを行なう統一修習制度が採用されている。
       かかる統一修習制度は、司法官(裁判官と検察官)と弁護士の試験・養成を二元的に行っていた戦前の制度を改めたものである。その目的は、法曹三者それぞれの立場からの事件の見方を学ばせることにより、広い視野や、物事を客観的かつ公平に見る能力を養わせるとともに、法曹三者間の相互理解を深めるところにあり、1947(昭和22)年から今日に至るまで、わが国における法曹養成の一貫した方針となっているとともに、国際的に見ても特徴のある制度として高く評価されている。
    • (2) 新しい法曹養成制度においても、司法修習は、司法試験により選抜された者に対して、法科大学院で修得した法理論教育及び実務の基礎的素養等を前提に、法的問題の解決のための基本的かつ汎用的な技法と思考方法を修得させることを中心としつつ、プロフェッションとしての高い職業意識と倫理観を備えた法曹人を養成するために行われるものであって、裁判官、検察官、弁護士という経験豊富な実務家の個別指導の下で実際の事件の取扱いを体験的に学ぶ分野別実務修習がその中核に位置づけられている。
       かかる意味において、司法修習が新しい法曹養成制度全体の中でも他に代替し得ない重要な位置を占めていることにはいささかも変わりがない。
  2. 新しい法曹養成制度における司法修習の指導目標の変容
    • (1) 2001(平成13)年6月12日に発表された司法制度改革審議会意見書では、2010(平成22)年ころには新司法試験合格者数の年間3000人目標を達成するとの法曹人口の大幅な増加とともに、司法試験という「点」のみによる選抜ではなく、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備することが不可欠であり、その「中核」として、法曹養成に特化した法科大学院を設けることとされた。
       そして、新司法試験実施後の司法修習は、修習生の増加に実効的に対応するとともに、法科大学院での教育内容をも踏まえ、実務修習を中核として位置付けつつ、修習内容を適切に工夫して実施すべきであるとされた。
    • (2) 同審議会意見書を踏まえ、最高裁判所に新たに設置された司法修習委員会においては、2004(平成16)年6月2日付「議論の取りまとめ」を発表した。その「新しい司法修習の指導目標」では、
      「従来の司法修習では、法曹の主たる活動場面が法的紛争の究極的解決手段である訴訟にあると考え、法廷実務家の養成に主眼を置いてきたといえる。」
      「法曹の活動分野の多様化、専門化にかんがみると、各分野に特有の専門的知識、技法や技術的・形式的事項については、むしろそれぞれの法曹資格取得後の継続教育(OJTを含む)に委ねることが望ましく、司法修習の過程においては、多様化、専門化する法曹の活動にも耐え得る基礎となる実務的能力(実務全般に対し汎用性のある基礎力)を養成することを目指すべきである。」
      「司法修習の過程では、幅広い法曹の活動に共通して必要とされる、法的問題の解決のための基本的な実務的知識・技法と、法曹としての思考方法、倫理観、見識、心構え等-これらを標語的にまとめるとすれば、「法曹としての基本的なスキルとマインド」と表現することもできよう-の養成に焦点を絞った教育を行うことが適当である。」
      とされた。
      ここにおいて、司法修習の指導目標は、『法廷実務家』の養成から、『法曹としての基本的なスキルとマインド』の養成へと変容された。
       これは、司法試験の年間合格者数が大幅に増大したことに伴い、採用される司法修習生の数が司法研修所における収容人員数(最大でも1500人)を超えてしまい、司法修習生を一同に集めて座学形式で行う修習が不可能になったこと、及び、法科大学院において前期修習に代わるカリキュラムを実施することも不可能と判断されたことが原因であると理解されている。
       そして、最高裁は、かような指導目標の変容を前提にした「新しい司法修習」(司法修習委員会第2回配布資料)を構想したが、そこでは前期集合修習を廃止し、分野別実務修習は民事裁判・刑事裁判・検察・弁護の各科目ごと2か月ずつ、修習期間全体で1年にまで短縮された。
  3. 『法曹有資格者』という新しい概念の登場
    新しい法曹養成制度が発足して数年も経たずして、法科大学院間の格差の拡大、社会人入学者をはじめとする法学未修者の合格率低迷、そして、法科大学院入学志望者の激減という危機的な状況が出現し、政府でも「法曹の養成に関するフォーラム」、「法曹養成制度検討会議」、そして「法曹養成制度改革推進会議・同顧問会議」と形を変えつつ、法曹養成制度改革の見直しに着手せざるを得ない状況に至っている。
     ところが、その過程において、前記の司法制度改革審議会意見書にはない『法曹有資格者』という概念が登場し、なおかつ、この概念が一人歩きしている感がある。
     すなわち、「法曹の養成に関するフォーラム」の「論点整理(取りまとめ)」(2012(平成24)年5月10日付)では、『法曹有資格者』を「司法試験合格者を指し、必ずしも弁護士資格を取得している者に限定されない」と定義づけている。
     この概念は、このたび「法曹養成制度改革推進会議」の下、法務省内に設置された「法曹有資格者の活動領域の拡大に関する有識者懇談会」にも引き継がれて、国や地方自治体、福祉等の分野、企業の内部や海外にもその活動領域を拡大する方向で議論が進められている。
     ここで『法曹』ではなく『法曹有資格者』とされたのは、弁護士登録をしないがために弁護士自治の対象外に置かれるというだけにとどまらず、前記のような司法修習の指導目標の変容とも相まって、『法曹有資格者』の性格が、従前の『法廷実務家』を中心とする法曹像とかなり異なったものを想定しているからではないかと思われる。
  4. 司法修習の目的は、少なくとも法廷実務を担うことのできる能力を身につけさせることと位置づけるべきである
    • (1) 日本国憲法において、司法は、具体的な事案の解決を通じて国民の権利の救済を図ることによって法の支配(法による支配)を行き渡らせる、という役割を担っている。のみならず、三権分立の下、司法には立法、行政の権力行使を監視する機能が与えられており、違憲立法審査権や裁判官の独立はその現れであると理解されている。
       法曹、すなわち裁判官、検察官、弁護士の三者は、司法の担い手としての専門家すなわちプロフェッションとして、具体的な事案の解決を通じて国民の権利を救済し、社会正義を実現することによって法の支配の確立に寄与するという職責を帯びている。
       かかる意味において、弁護士法第1条に定める弁護士の使命(基本的人権の擁護と社会正義の実現)もまた、憲法上の要請に他ならず、裁判官の独立と同様、弁護士における職務の独立性の担保は、かかる職責を全うする上での要となるものであって、その制度的保障が弁護士自治に他ならない。
    • (2) 弁護士がその使命を実践し、プロフェッションとしての職責を全うするためには、単に法的知識が豊富であるだけではなく、法律実務の専門家としての職務遂行に必要とされる能力、すなわち①依頼者・相談者の話をよく聞き、事実を的確に把握する能力、②事実から法的論点を抽出し、法的解決方法を導き出す能力、③法的解決方法を説得的に説明、表現する能力、④事案の公正な解決を図る能力、といった総合的な能力が必要とされる。
       そして、わが国では、欧米と異なり、税理士や公認会計士、弁理士、司法書士、社会保険労務士等の隣接士業が法関連実務を細分化し役割分担している下、裁判による最終的な紛争解決機能を担っているのは弁護士をはじめとする法曹にほかならない。
       したがって、弁護士が、これまでより広範な領域で活動することが求められているとしても、少なくとも、最終的な紛争解決機関としての裁判所において通用し得るレベルの能力、言い換えれば『法廷実務家』としての専門的な能力が弁護士に必要であることは自明である。
       それゆえ、弁護士あるいは『法曹有資格者』の活動領域の拡大や専門分化等を理由に、兼ね備えるべき能力のハードルを下げることは許されるべきではない。それは主権者であり司法制度の利用者である国民にとっても有害無益なことである。
    • (3) かかる意味において、法曹養成制度において他に代替できない重要な位置を占める司法修習の目的もまた、少なくとも法廷実務を担うことができる能力を身につけさせることと位置付けるべきであって、毎年の司法試験合格者数が司法研修所の収容定員を超えていることや法科大学院において前期修習に代わるカリキュラムを実施することが不可能であることなどの理由をもって、司法修習修了時の到達レベルを下げることが正当化されることがあってはならない。
       さらに、近年の弁護士人口急増により、司法修習生を取り巻く就職事情は著しく悪化しており、所属事務所からの事件配点や給与支給が保証されない「ノキ弁」や、弁護士資格の取得後ただちに独立開業を余儀なくされる「即独」といった事業形態のみならず、司法修習修了後の弁護士登録それ自体を見合わせる者も急増している。かような状況下で、司法修習修了後にOJTを受ける機会の減少に歯止めがかかっていないことを踏まえれば、最高裁司法修習委員会が取りまとめた、「法曹としての基本的なスキルとマインド」の養成という指導目標が前提としている「法曹資格取得後の継続教育(OJT)」は十分に機能しなくなっていると言わざるを得ない。司法修習においては、これまで以上に、『法廷実務家』としての必要最低限度の能力を身につけさせることが必要不可欠となっている。
    • (4) よって、司法修習の目的は、法曹が広く各領域で活動することを前提としつつも、そのためには少なくとも法廷実務を担うことのできる能力を身につけさせることと改めて位置付けることが喫緊の課題であり、これを現実に可能なものとするためにも、毎年の司法試験合格者数はどんなに多くとも1500人以内に抑えることが必要不可欠である。

第3 あるべき司法修習制度について

  1. 司法修習の現状と問題点
    • (1) 既に述べたとおり、新しい法曹養成制度の下では、司法修習の期間は1年に短縮され、そのカリキュラムにでは、従前行われてきた前期集合修習が廃止され、現場の裁判官や検察官、弁護士の下で指導を受ける実務修習の期間も各2か月ずつ、合計8か月にまで短縮された。また、司法研修所の収容定員(1500人)の制約の下で、集合修習はA・Bの2班に分けられ、一方が集合修習を受ける2か月間は、もう一方は選択型実務修習(全国型プログラムと各実務修習地毎に設けられるプログラム、各修習生の自己開拓プログラム)を受け、修習期間の最後に行われる司法修習生考試(いわゆる二回試験)に合格して初めて法曹資格が得られることとされている。
       ところが、司法修習の現場においては、以下のような問題が生じている。
    • (2) 前期集合修習の廃止に伴う弊害
      • ア 前期集合修習の廃止により、司法修習生はいきなり分野別実務修習に入ることになるが、たとえば法的論理展開や要件事実的な考え方、事実認定の方法等の分野別実務修習で求められる基礎的知識及び技法の習熟度が不足しているため、個々の場面で何が起きているのか、いかなる文書をどのように起案すればよいのかなどを理解することが困難な修習生が多くなっているとの指摘がある。
         法科大学院は、その制度が導入された際、「理論と実務の架橋」という役割が期待されていたものの、実際のところ前期集合修習に代わるカリキュラムを実施することが困難であることが明白となり、他方で、法科大学院間における実務導入教育内容等の格差が大きいこともあって、分野別実務修習の開始時において、司法修習生間にこのような問題が生じている。
      • イ もとより、民事弁護の修習においては民事裁判の知識が、刑事弁護の修習においては検察と刑事裁判の知識が、それぞれ必要とされることは当然であって、その逆もまた真である。かかる意味において、分野別実務修習が開始される前に、これら5科目全体にわたる基礎的知識及び技法が必要不可欠である。また、分野別実務修習における最初の修習科目(修習生により異なる)が、基礎的知識及び技法の不足により中途半端な理解しかできていないままで次の修習科目に入ってしまう結果、最後の修習科目に至るまで、中途半端なままの理解に終わってしまうおそれも否定できない。
         旧司法試験合格者を対象に行われていた前期集合修習がこれを補完する役割を果たしていたのは周知の事実であって、これが新しい法曹養成制度において廃止されたことによる弊害は明らかである。
         そればかりか、前期集合修習が廃止されたことの弊害は、分野別実務修習が終了した時点でもなお解消できるわけではない。
      • ウ 当会に所属する新司法修習を経験した若手弁護士からは、「分野別実務修習の早い段階で実施された司法研修所教官による出張講義の際の即日起案で、何を問われているのか、どのようなことを書くべきかが分からず、教官の講義を1回聞いただけでは理解することができなかった」、「分野別実務修習中は獲得目標が定まらずにずっと不安であった」、「いま自分のやっていることの意味が分からないまま、もしくは分かりかけてきたころ、各分野別修習の2か月間が過ぎてしまった」という声が少なからず寄せられている。
         また、出身の法科大学院で研修所方式の起案を行ったことがあるかどうかによって「実務修習中にしばしば実施される起案の出来不出来に雲泥の差がある」、「特に民事裁判の要件事実と、民事・刑事裁判の事実認定の能力に大きな差を感じた」という感想が寄せられている。とりわけ、実務導入教育がほとんど行われていない法科大学院を修了した者からは、「基礎的な知識がないため、分野別実務修習の間は、他の修習生が既に修得している知識を新たに吸収しながらついて行くことで精いっぱいだった」という声も寄せられている。
      • エ こうした指摘は当会に限られたものではなく、全国的に共通するものである。
         すなわち、平成24年度の「司法研修所弁護教官と司法修習生指導担当者との弁護実務修習指導に関する連絡協議会」(略して「弁修協」)においても、「(分野別実務修習の開始直後である)お正月の出張講義(に先立って、修習生の)起案を見ると、基礎的な知識がない状態で、もう全然、箸にも棒にもかからないようなレベルの起案から始まっている者が少なくないというのは事実です。」、「(旧司法試験合格者を対象とする修習では)前期を経て実務修習に入ったことで、何を見てこなきゃならないのかということを彼らが知っていたように思います。」、「修習生の属性で起案の良し悪しがあるのかと思って、ロースクール時代に起案経験があるかないかという観点で・・・ふだんの成績を見てみた(ところ)、ロースクールで書いている人のほうが数点、平均が上がっている。それは、単に書面のノウハウというのではなくて、書面を書くことによって、おそらく、その間接事実を拾う、そういう目で材料を読み込むということが・・・できている人が多いのではないのかなと思いました。」といった指摘が、現役の司法研修所教官からもなされている。
         また、日弁連が全単位会及び個別指導担当弁護士全員を対象に実施し、本年11月11日付で発表した「司法修習に関するアンケート調査の結果について(報告)」によれば、「旧修習時代の司法修習生と新修習時代の司法修習生とで変わったと思いますか。」との質問に対し、単位会のほぼ半数(26会)と、個別指導担当弁護士からの有効回答のうち54%(577人)が「思う」と答えており、その理由としても、「基礎知識はじめ基礎力が従前と比べて低下している」、「前期修習がないので、基礎知識にばらつきがある」、「法科大学院ごとに教育内容のばらつきがかなりある」、「起案に慣れておらず文章能力が低下している」、「分野別修習前に全く起案をしたことがないという修習生がいる」といったマイナス方向への変化を指摘する記載が多くみられる。
    • (3) 分野別実務修習の期間短縮に伴う弊害
       分野別実務修習は、民事・刑事の裁判官や検察官、弁護士の個別指導の下で、実際の事件を題材にしつつ、事実認定と法律解釈の手法のみならず、プロフェッションとしての使命感と高い職業倫理を学ぶ機会であり、司法修習の中でも最も重要なウエイトを占める臨床教育の場である。
       にもかかわらず、新しい法曹養成制度における分野別実務修習は、各科目ともわずか2か月ずつに短縮されたばかりか、司法修習生数が増加する反面、民事・刑事の訴訟事件数、弁護修習においては法律相談件数が減少傾向にあるため、各科目とも実務の流れ、基本的な事件処理の要領を十分に理解する前にそれぞれの期間が終了し、修習の実が十分に上がっていないと指摘されている。
       具体的に言えば、民事裁判や家事調停の期日間には1か月ないしそれ以上の間隔があるのに加え、わずか2か月の間に講義や起案等の合同修習プログラムも入ってくるため、同一の事件について1回の期日しか参加できないことが多く、これでは証拠調べどころか争点整理にも触れることができないまま終わってしまう。実際にこうした司法修習を経験した若手弁護士からも、同一の事件について少なくとも2回以上の期日に参加したかったとの意見を述べる声が数多く寄せられている。
       刑事事件でも、弁護士数の激増に伴い指導担当弁護士への優先的配点が困難となり、各実務修習地に配属される修習生数の増加と相まって、2か月の弁護修習期間中に捜査弁護と公判弁護の両方を体験する機会を確保することができない者が年々増加する傾向にあると言われている。
       検察修習における取調べ修習も、全修習生に対して公平に機会を付与することが困難となりつつあり、数名を1班として身柄・在宅事件を配点するなどの工夫をこらしているようである。
       このような実態に照らせば、分野別実務修習の各科目とも、少なくとも現在よりも1か月程度延長し、修習内容の充実を図るべきであるというのが、分野別実務修習に関わる者に共通の思いであろう。
    • (4) 集合修習と選択型修習をめぐる問題点
      • ア 分野別実務修習が終了した後は、集合修習と選択型修習が行われるが、既に述べたとおり、新しい司法修習制度が始まってからの司法試験合格者数が未だに2000人台を維持しているため、司法研修所に司法修習生が全員揃っての集合修習を行うことができず、A・B2班に分けて選択型修習と集合修習を交互に行うという方法がとられている。
         このため、とりわけ集合修習が先行するA班は、その後に行われる選択型修習が形骸化し、二回試験の試験勉強期間に化してしまっているという問題(いわゆる「A班問題」)がつとに指摘されている。
      • イ また、選択型修習それ自体も、全国50か所の実務修習地によって選択できるメニューの種類に差があると言われており、特に修習生数の割にメニューが少ない実務修習地に配属された修習生にとっては不平等が生じている。
         そもそも、法曹三者それぞれの立場から事件の見方を学ばせることにより、広い視野や、物事を客観的かつ公平に見る能力を養うとともに、法曹三者間の相互理解を深めるという統一修習の理念に照らせば、選択型修習においても進路の違いを問わず統一したメニューが提供されるべきである。しかし、実際には、裁判官任官希望者は裁判所が用意するメニュー、検察官任官希望者は検察庁が用意するメニューに集中するという「囲い込み」と、それ以外の修習生は丸ごと弁護士会が引き受ける、という状況が生じていると言われている。これは選択修習の形骸化、さらには分離修習への途を開きかねないものであって、かかる選択型修習が必要不可欠なものかどうか、今一度検証が必要である。
      • ウ 集合修習も、全国各地の実務修習地から集まってくる司法修習生(1クラス75人を民事裁判・刑事裁判・検察・民事弁護・刑事弁護の5人の教官が担当する)に対し、少なくとも法廷実務を担うことのできる能力を身につけさせるには、2か月という期間はあまりにも短すぎる。
         前記の「弁修協」においては、司法研修所教官から、「(最初の問題研究では)修習生は事実を拾い上げて、事件を組み立てていく能力が極めて劣っているということがまさによくわかった」、「基礎が足りないなと思う修習生に関しては、重点的に呼び出し、いろいろな形で指導をして、底上げをしている」が、「起案をやって、講評をやった後に面談しに来るのは、大概、成績の良い修習生です。逆に、非常に悪い点をとった人が面談に来ないという感じです。これは極端な差があるなという印象は持っています」、「刑裁や検察(の二回試験)で落ちた修習生を見ていると、刑弁の集合修習も危なかったなという者もいます。それは、どうしても起案の中身が薄いということですね。要するに、量が書けないという。」といった声が出されている。
         こうした修習生に対し、単に二回試験に合格させるためだけではなく、法廷実務を担うことのできる最低限の能力を身につけさせるためには、現状の2か月という期間は、教官1人当たりの修習生数を考えるまでもなく、あまりにも短すぎる。
    • (5) 修習全体を通じての問題点
       司法研修所における集合修習は1500人が限界とされているが、その1500人を前提としても、1クラス当たり75人(各教室の収容定員)×20クラスとなり、このような大人数では、各教官による個別指導の充実という観点からは自ずから無理が生じる。
       各実務修習庁会でも、配属される修習生の数が多すぎて、指導担当弁護士が足りないとか、1人1人の修習生に対するきめ細やかな指導ができないといった困難が生じていると言われている。
       また、既に述べたとおり、司法修習生の就職難が深刻化し、「ノキ弁」や「即独」、さらには司法修習を修了しても弁護士登録を見合わせる者が年を追うごとに増加している下で、修習生の大半は、分野別実務修習が始まった当初から就職活動に少なくない時間を割かざるを得ない状況に陥っており、これは司法修習の充実という観点からみて大きな問題がある。
       こうした問題を解決するためには、司法修習の期間を延長するだけでなく、司法修習生の数、ひいては司法試験合格者の数を適正規模まで減少させるほかない。
  2. 司法修習の具体的充実策について
    • (1) 前期集合修習を再開させ、その期間は3か月以上とする必要があること
       司法修習の充実策として最優先に挙げられるべきは、前期集合修習の再開である。
       その理由は、前項(2)ア~エにおいて述べたとおりであるが、5科目とも分野別実務修習に入るまでに必要最低限の知識を身につけるためには、前期集合修習の期間は少なくとも3か月程度が必要であると考える。
       既に紹介した日弁連の本年7月31日付「司法修習に関するアンケート調査」で、ほとんどの単位会(48会)と指導担当弁護士(867人、有効回答数の81%)が、分野別実務修習の開始前に統一的な導入修習を行う必要があると思うと答えており、かつ、その期間は「2か月程度」ないし「2か月以上」とするものが、いずれも過半数を超えている。
       なお、法曹養成制度改革顧問会議、及び、最高裁判所司法修習委員会において、目下、「導入的集合修習」の創設が検討されているとのことである。これは、既に述べたような前期集合修習を行なわずいきなり分野別修習を行なうことの弊害が生じていることを前提としたものと思われる。しかしながら、期間にしてわずか1か月にも満たないような「導入修習」だけで、前記の弊害をなくすにはあまりにも短過ぎるのであり、不十分であると言わざるを得ない。
    • (2) 分野別実務修習の期間を延長すべきであること
       次に挙げられるべきは、分野別実務修習の期間を、各科目とも3か月以上、合計1年以上とすることである。
       その理由も前項(3)において述べたとおりであるが、特に弁護修習については、分野別実務修習に続く選択型修習における「ホームグラウンド修習」の期間があるものの、その期間設定は修習生の自主性に委ねられている。
       前記の「弁修協」において民事裁判教官からも「修習生が選択型実務修習において求められていることを正しく理解せずに、見学コースに行ったら楽だからこっちがいいやというのがあって、うまくいっていないのではないかという評価になっている部分があるのではないかと思います。」との指摘がなされているところである。
       したがって、「ホームグラウンド修習」によって弁護実務修習の期間を補うことには自ずから限界があるのであって、分野別実務修習において割り当てる期間を各3か月と延長すべきことはどの科目においても変わらない。
    • (3) 後期集合修習の期間を3か月以上、司法修習期間を全体として1年半以上とすべきであること
       前項(4)において述べたとおり、現行の選択型修習と集合修習についても様々な問題点が指摘されており、その解決策としては、まず第1に、前期集合修習と同じく3か月以上の期間を後期集合修習に充てることによって、司法修習生全員に対し、出身の法科大学院や実務修習地ごとの“格差”を解消し法廷実務を担うことのできる最低限の能力を身につけさせるための集中した教育の機会が確保されるべきである。
       そして、司法研修所の収容定員が変わらない限り、こうした教育を修習生全員が同時に受けられるよう、年間の司法試験合格者数は最大でも1500人以内とすることが喫緊の課題である。さらに、司法修習全体を充実させるためには、当会が2011(平成23)年11月29日の臨時総会決議で提言したとおり、年間の司法試験合格者数を1000人程度にまで段階的に減員することが必要である。
       そうすれば、司法修習全体の期間は、優に1年半を確保することができる上、司法研修所教官や各実務修習庁会における個別指導の実も上げることができるはずである。
       もともと、旧司法試験の合格者を対象とする従前の司法修習期間は2年間確保されていたところ、司法試験合格者数の増大に伴って1年半、さらには新司法試験への移行に伴い1年へと短縮されてきたという経緯に鑑みれば、『法廷実務家』を養成するためには本来2年間の修習期間が必要とされていたことは法曹三者の共通認識であったはずである。したがって、少なくとも法廷実務家としての専門的な能力を習得させるためには、最低でも1年半という司法修習期間は必要不可欠である。
    • (4) なお、当会の意見は、従前の司法研修所における前期・後期修習をそのまま復活させることを求めるものではない。従前の司法研修所では集合修習において要件事実偏重教育がなされているとか、司法修習生に対する統制が強化される一方で裁判官・検察官の任官候補者獲得競争の場と化している、といった批判がなされていた。これらの問題への対策は別途講じられるべきである。しかし、司法研修所における前期集合修習の再開や後期集合修習の期間延長そのものが否定されるべき理由にはならない。
  3. 給費制の復活が必要不可欠であること
    • (1) 給費制の意義と法曹養成制度、司法修習との関係
       わが国では、司法制度を支える人材たる法曹(裁判官、検察官、弁護士)の役割の重要性に照らし、質の高い法曹を養成する観点から、司法試験合格後、司法修習の過程を経て司法修習生考試に合格して初めて法曹資格を付与することとされているが、司法修習生には法曹に準じた守秘義務のほかに、修習に専念すべき義務が課されている。このため、司法修習生はアルバイトその他の経済的利益を得るための活動を原則として禁止されてきた。
       かかる意味において、司法修習期間中の給与等を支給する「給費制」は、司法修習生を修習に専念させるための制度的保障であるとともに、司法制度を担う人材を国費で養成することは国の責務であるという理念に基づき、1947(昭和22)年の司法修習制度創設以来64年間にわたって維持されてきた制度である
       にもかかわらず、2011(平成23)年11月、司法修習生に対する給費制が廃止され、これに代えて、必要とする修習生には司法修習費用を貸し付ける「貸与制」が開始された。
    • (2) 「貸与制」の下で生じている諸問題
       司法修習生は、「給費制」から「貸与制」への移行に伴い、日々の生活費はもとより、従前の住所地から実務修習地、さらには集合修習が行われる司法研修所に赴任する際の交通費、転居・居住費等の諸経費について、全て自弁を強いられる。現に、毎年札幌地方裁判所に配属される司法修習生のうち少なくない者が北海道外から札幌市への転居を強いられている。
       とりわけ、特に経済的に恵まれている司法修習生を除いては、修習専念義務の下、国から司法修習費用の貸し付けを受けざるを得ないところ、1年間の修習期間中に標準額で299万円、扶養家族を抱え家賃等を負担する者は最大で336万円もの債務を負うことになる。このような司法修習生は、既に法科大学院在学中に数百万円もの有利子奨学金の貸与を受けている者が多数を占めており、さらにこうした債務を増やすことを余儀なくされる。
       加えて、既に述べたとおり司法修習生の就職難は年を追うごとに深刻度を増しているのみならず、幸いにも就職を果たした新人弁護士の給与水準もまた著しく低下しており、このような状況下で、将来にわたって多額の債務を返済することへの不安を訴える司法修習生、法科大学院生も少なくない。
       現に、かかる経済的負担の大きさが法曹志願者数激減の最大の要因になっていることが各方面から指摘されている。
       また、前記の「司法修習に関するアンケート結果」でも、新司法修習が開始された当初の司法修習生(給費制の対象)と、最近の司法修習生(貸与制の対象)との対比において、「貸与制の影響で経済的に余裕がなく、修習時間外での実務家との接点を持つ時間が少なくなってきている」、「経済的な負担が各種の場面で余裕のなさにつながっている」など、貸与制の悪影響を指摘する意見が多い。前記の平成24年度弁修協においても、協議事項の一つとして「貸与制の実施や就職問題が司法修習に与える影響について」が採り上げられ、司法研修所教官から、「司法研修所でも、修習実施に必要不可欠な費用については修習生個人に負担させないということで配慮をしており、例えば、民事の模擬裁判のコピーについても余計な費用を負担させないというように対応しています」、「(選択型実務修習のプログラム等は原則として欠席は認められないことになっているが、貸与制の下では)就活問題は彼らにとって非常に重要な問題であるということで・・・(採用面接に間に合わせるため)例外的に欠席承認を検討する余地もあると思いますので、ぜひ問い合わせを司法研修所の事務局のほうにしていただければと思います」といった報告がなされている。
       このように、「給費制」から「貸与制」への移行は、司法修習制度の意義、理念に鑑みても非常に問題であるばかりか、かかる重い負担感から有為かつ多様な人材が法曹への途を断念するケースがいっそう増えることになり、これがわが国の司法制度を支える人的基盤を脆弱化させ、ひいては国民の権利保障を後退させ、司法制度の根幹をも揺るがす事態となりかねない。
    • (3) 法曹養成制度検討会議取りまとめの問題点
       前記の「法曹養成制度検討会議取りまとめ」では、司法修習生に対する経済的支援につき、あくまで「貸与制を前提」とした上、①実務修習地への転居を要する者に対し「旅費法に準じて移転料を支給する」こと、②集合修習期間中、司法研修所への入寮を希望する者のうち、通所圏内に住居を有しない者については「入寮できるようにする」こと、③修習専念義務を維持しつつも従来の運用を緩和して「司法修習生が休日等を用いて行う法科大学院における学生指導をはじめとする教育活動により収入を得ることを認める」ことの3点につき、可能な限り本年11月から修習が開始される第67期司法修習生から適用することが提言された。
       しかしながら、上記の「経済的支援策」のうち①、②は、司法修習生の経済的支援策として極めて不十分なものであり、③に至っては、以下に述べるとおり到底許されないものである。すなわち、司法修習生は、司法に携わる者に求められる中立性・公平性を維持する上でも、また、現状の司法修習は、分野別実務修習は各科目ごとわずか2か月ずつ、全体でも1年間という短い修習期間(この修習期間そのものを延長し、特に前期集合修習を復活させる必要があることは既に述べたとおりである)であって、その期間内に『法廷実務家』として必要とされる最低限度の能力を身につけるためには、文字通り修習に専念する必要があり、週末といえどもアルバイト等に時間を費やす余裕はないはずである。にもかかわらず、かような「取りまとめ」に従って司法修習生の兼業許可に関する運用を緩和することは、修習専念義務それ自体の緩和を意味するものであって、文字通り本末転倒であり、司法修習そのものの意義をないがしろにするものと言わざるを得ない。
       以上述べたとおり、「法曹養成制度検討会議取りまとめ」における司法修習生の経済的支援策のうち、修習専念義務の運用緩和には絶対に反対である。また、それ以外の支援策もはなはだ不十分であるから、司法修習生の「給費制」こそ速やかに復活させるべきである。

第4 おわりに

 法曹養成制度をめぐる問題は、まさに、この国の司法制度を担う人材の育成に関わる問題である。
 そして、繰り返し述べてきたとおり、われわれの危機意識は、法曹志望者の減少傾向がこのまま続くならば、いずれ司法制度を担う人的基盤は質量ともに大きく損なわれ、法の支配の担い手としての責務を果たすことができなくなり、その累は主権者であり司法制度のユーザーである国民に及んでしまう、という点にある。
 今こそ、真に国民のための司法制度を担う人材育成としての法曹養成、その中核となるべき司法修習のあり方を提言し、その抜本的改革を実現することが、われわれの責務であるとの自覚に立ち、本提言を行う。


以上

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