死刑執行の停止及び死刑制度の廃止を求める決議
決議の趣旨
当会は、国に対し、死刑確定者に対する死刑の執行を直ちに停止し、速やかに死刑制度を廃止することを求める。
決議の理由
第1 はじめに
日本では、1993年以降、ほぼ毎年死刑が執行されてきており、2018年には、7月に13名もの多数の死刑囚に対して死刑が執行されたのをはじめ、合計15名に対して死刑が執行された。
死刑は、国家による生命権の剥奪であり、生命、自由を含む基本的人権の享有を保障する日本国憲法との関係で強い緊張関係に立つ。
また、死刑は、他の刑罰と違って回復不可能な結果をもたらす極めて特異な刑罰であるため、死刑判決を下す場合には、絶対に判断の誤りがあってはならない。しかし、人間である裁判官、裁判員が判断をする刑事裁判において、えん罪・誤判が生じることを完全に排除することは不可能である。このことは、これまで有罪判決が確定した事件について、再審で無罪となった事件が存在することからも明らかである。
このような問題のある死刑制度は速やかに廃止されなければならないし、廃止に先立ち、死刑確定者に対する死刑の執行は直ちに停止すべきである。
以下、詳細を述べる。
第2 日本国憲法と死刑
- 日本国憲法は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」(第13条)と規定し、基本的人権を徹底して保障する立場に立っている。この観点からは、国家が「存在してはならない生」というカテゴリーを設け、これに該当するとして、ある人の生命を剥奪する、という刑罰である死刑制度の合理性には、根源的な疑問を避けることができない。
- この点について最高裁判所は、1948年3月12日判決において、「憲法は、現代多数の文化国家におけると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきである」と判示した(以下「昭和23年最判」という。)。
しかし、昭和23年最判が出された時期に近い1950年には、世界の死刑廃止国はわずか8ヵ国にすぎなかったが、その後70年近くが経過し、2017年12月末日時点では死刑廃止国が世界の3分の2以上の142ヵ国に及び(アムネスティ・インターナショナルの調べによる)、「現代多数の文化国家」は死刑制度を廃止している状況にある。また、1991年に死刑廃止条約が発効し、日本に対し国連人権条約機関等からの度重なる勧告等もなされているなど、死刑を巡る国際的な認識・情勢は昭和23年最判当時から大きく変化している。
しかも、昭和23年最判も、死刑制度が日本国憲法上否定はされない、ということを述べたにすぎない。日本国憲法の依って立つ、基本的人権を尊重するという価値基準、死刑制度に関する国際的な理解(この点についても後述する)等に鑑みれば、死刑制度は廃止するべきである。
第3 えん罪・誤判と死刑制度
- えん罪(犯人性についての誤判)の危険性
我が国では、1980年代に4件の死刑事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)について再審無罪判決が確定している。
また、死刑事件ではないが、無期懲役刑がいったん確定していた、いわゆる足利事件について、2010年3月に宇都宮地裁で再審無罪判決が確定している。この足利事件は、DNA型鑑定に基づいて有罪判決が確定したものの、科学の進歩によって、当時のDNA型鑑定の結果を覆した事件である。近時では、同じく無期懲役刑が確定していた、いわゆる東住吉事件についても、2016年8月に大阪地裁で再審無罪判決が確定している。このほかにも再審無罪事件は多数存在するが、これらの再審無罪判決は、刑事裁判制度におけるえん罪の危険性が具体的・現実的であることを私たちに示している。
さらに、再審無罪が確定していないが、日本弁護士連合会が支援を表明している、えん罪の可能性が高い死刑事件(袴田事件、名張毒ぶどう酒事件)が存在している。
このように、刑事裁判制度は、信用性が高いとされていた証拠の信用性が後に否定されるなど、多分にえん罪の危険をはらんでいる。 - 量刑についての誤判
そして、えん罪のみならず、量刑の誤判も死刑事件では深刻な問題である。
近年、裁判員裁判で死刑判決が下された事件が控訴審で破棄され、最高裁判所でも是認された事件が複数報告されている。死刑適用基準としていわゆる永山基準が用いられているが、死刑を選択する基準としては明確性を欠き、判断者によって結論が異なる可能性は避けられない。このことは、人間である裁判官が判断する以上、最高裁判所であっても同様である。
死刑適用基準の不明確性は、無実であるにもかかわらず生命を奪われる場合と同様に、本来死刑以外の刑罰が相当であった事案につき、死刑という不可逆的に生命を奪う刑罰が誤って選択される危険を示すものである。このように、量刑における誤判も現実的な危険を有する問題であり、死刑判決が確定し、死刑が執行された場合、取り返しのつかない結果を生じてしまうことは、えん罪の場合と同様である。 - 小括
このように、えん罪・誤判を生ぜしめる危険性があり、誤って執行されたならば取り返しのつかない人権侵害の結果を招来する死刑制度を存置し続けることは到底許容できるものではなく、死刑執行は直ちに停止すべきである。
第4 死刑廃止への国際的潮流
- 動向
上記第2で指摘したように、2017年12月末日現在、法律上死刑を廃止している国は106ヵ国、事実上死刑を廃止している国(10年以上死刑が執行されていない国を含む。)は36ヵ国であり、法律上及び事実上の死刑廃止国は、合計142ヵ国と、世界の3分の2以上を占めている。しかも、実際に死刑を執行した国は更に少なく、2017年の死刑執行国は23ヵ国しかなかった。また、2018年12月の国連総会において、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議が、史上最多の121ヵ国の賛成により採択された。
そして、OECD(経済協力開発機構)加盟国36ヵ国のうち、死刑制度を存置しているのは、日本、米国及び韓国の3ヵ国のみである。このうち、韓国は死刑の執行を20年以上停止している事実上の死刑廃止国である。また、アムネスティ・インターナショナルによると、米国では、50州のうち19州が死刑を廃止し、死刑存置州のうち、4州では州知事が死刑の執行停止を宣言しており、死刑を執行したのは、2017年で8州のみである。したがって、死刑を国家として統一して執行しているのは、OECD加盟国のうちでは日本だけである。 - 人権条約機関等の勧告
日本政府は、国連の自由権規約委員会の最終見解(1993年、1998年、2008年、2014年)及び拷問禁止委員会の最終見解(2007年、2013年)や人権理事会によるUPR(普遍的・定期的レビュー)(2008年、2012年、2017年)において、死刑執行を停止し、死刑廃止を前向きに検討するべきであるとの勧告を受け続けている。
また、2018年7月6日に7名、同月26日に6名という多数の死刑が連続的に執行された際には、国際社会から非難を受けた。
このように、国際社会が人権保障の徹底やえん罪・誤判の危険等の観点から、日本に対し、死刑執行の停止、死刑制度の廃止を求め続けていることの重みを理解すべきである。そして、多数の連続死刑執行に対する国際社会からの非難を受けている今こそ、死刑執行を停止し、死刑制度を廃止すべき時期が到来したというべきである。
第5 死刑の犯罪抑止力
死刑を存置すべきとする立場から、死刑の犯罪抑止力が社会秩序の維持のために必要であると主張されることがある。
死刑に他の刑罰に比べて犯罪抑止力があるかどうか、長い間論争が続けられてきた。しかし、そのような犯罪抑止力があることを疑問の余地なく実証した研究はなく、むしろ多くの研究は、死刑の犯罪抑止力に疑問を呈している。
死刑に他の刑罰に比べて犯罪抑止力があるということが科学的に証明されていないことに加えて、犯罪の抑止は、犯罪原因の研究と予防対策を総合的・科学的に行うことが中心とされるべきことを併せ考えると、犯罪抑止力を根拠に死刑を存続させるべきという主張は合理性及び説得力を欠く。
しかも、我が国における凶悪犯罪は減少傾向にあり、平成30年版犯罪白書によると殺人(予備・未遂を含む。)の認知件数は、1978年からは2000件を下回り、2013年には1000件を初めて下回り、2015年から3年連続で1000件を下回っている。また、近年、死刑になるために実行されたかのような凶悪犯罪も発生しており、こうした犯罪には死刑制度は犯罪抑止にならないばかりか、犯罪を誘発してしまっているのではないかとする疑問さえあり、「死刑制度の存置により凶悪犯罪を抑止する」という客観的に根拠のない政策を継続する必要性はない。したがって、死刑制度を存置する必要性もない。
第6 犯罪被害者支援との関係
犯罪被害者及びその家族又は遺族(以下「犯罪被害者等」という。)の中に、殺人事件などの生命が奪われた事件では加害者の死刑を求める者が存在する、ということは事実であり、その心情は十分に理解できる。
しかし、刑罰制度について考えるとき、犯罪被害者等の生の処罰感情をそのまま反映させることは妥当ではない。どのような刑罰制度が社会全体にとって望ましいのかについては、応報の観点、犯罪の予防の観点、加害者の更生の観点等から総合的に考える必要がある。
また、犯罪の予防という点では、刑罰以外の社会政策の推進も重要であり、これらを総合的に考慮した刑罰制度、社会政策が必要である。特に現代的な凶悪犯罪の発生は社会のあり方にも影響を受けているところがあり、こうした原因そのものを解決していく社会政策によって、相互に他者の生命も尊重できる社会を作り上げていくことが可能となる。
そして、犯罪被害者等の支援を充実させる必要があることは、言うまでもないことである。
全ての犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する(犯罪被害者等基本法第3条第1項)。犯罪被害者等の被害の回復のためには、犯罪被害者等が負わされてしまった困難を的確に把握して、全社会的にこれを支える制度、対応を充実させて、必要とする支援を途切れることなく受けられるように保障することが必要なのである。犯罪被害者等の救済の問題と、死刑制度の存廃の問題は、それぞれについて十分に、しかし別々に考えなければならない。
第7 死刑と国内世論
日本政府は、人権条約機関からの勧告等に対し、日本において死刑廃止を実現しない理由の一つとして国内世論を挙げている。国民の8割は死刑制度を支持しているという、内閣府の世論調査の結果を論拠としていると解される。
2014年に実施された世論調査の詳細は別紙に抜粋したとおりであり、「死刑もやむを得ない」との回答は80.3%にのぼるが、そのうちの40.5%は「状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい」と回答している。そして、内閣府の世論調査では、37.7%が「仮釈放のない『終身刑』が新たに導入されるならば、死刑を廃止する方がよい」と答えていることからすると、代替刑次第では、国民の多数が死刑を廃止してもよいという考えに変わる可能性がある。
このような世論調査の結果は、日本政府が国連人権条約機関等の死刑廃止に向けた行動を求める勧告を拒否する理由となるような内容ではない。むしろ、国内世論の大多数が積極的に死刑制度に賛成しているわけではないのであるから、近い将来、多くの国民を死刑廃止の方向で合意形成していくことは十分可能である。
第8 死刑の代替刑
上記第7においても触れたが、死刑制度を廃止するに際して、死刑判決が言い渡されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑として、どのような刑罰を設けるか、ということは、死刑制度の廃止を検討するにあたって重要である。
この点については、現在の刑罰制度において死刑に次いで重い刑罰である、(仮釈放の可能性がある)無期懲役よりも重い刑罰である必要がある。その観点から、上記第7における内閣府の世論調査等にも鑑みると、「仮釈放の可能性がない終身刑制度」(絶対的終身刑)の導入を検討するべきである。
もっとも、絶対的終身刑については、「絶望を与えるもので、人道上好ましくない」であるとか、「希望のない者に対する処遇は困難である」などとその弊害が指摘されている。しかし、その指摘をふまえても、終身刑はあくまで自由刑であって、生命を剥奪する死刑とは本質的に異なるものであり、死刑制度の持つ問題点を回避するという観点から意義がある。そして、絶対的終身刑受刑者に対する処遇については、外部交通により社会との関わりを持たせるなどの工夫の余地があり、絶対的終身刑受刑者であっても希望を失うことなく、刑を全うできる可能性がある。
さらに、この点については、現在、「人は変わり得る」との考え方に立って寛容と共生の社会を目指す、という立場から、刑の言い渡し時には仮釈放の可能性がないとされても、時間の経過に伴い、本人の更生が進んだときには、裁判所などの機関の新たな判断による「(仮釈放の可能性のある)無期刑への減刑」を可能とする制度についての検討も提唱されている。こうした制度も十分に検討されるべきである。
第9 結論
当会は、死刑制度について検討を重ねてきた。
2005年9月27日以降、死刑が執行される度に会長声明を発して問題提起をしてきたほか、2012年7月には死刑廃止検討委員会を設置して、死刑廃止についての調査研究及び全社会的議論の呼びかけに向けた活動を行ってきた。そして多数の会内勉強会、市民集会を開催するなどして、研究を深め、広く情報提供を行うなどの活動を積極的に行ってきた。
また、日本弁護士連合会は、2011年10月の第54回人権擁護大会において「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を、2016年10月の第59回人権擁護大会において「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し、死刑制度廃止に向けた活動を行ってきた。
このような活動の結果、これまで述べてきたように、死刑制度を維持する根拠とされる事由に、必ずしも合理的な根拠がないことが明らかになった。
死刑制度は、基本的人権の尊重に関する国際的な意識が進んだ現代において、基本的人権を保障すべき国が、人の生命を奪う、という極めて大きな問題を含む刑罰であり、かつ、えん罪・誤判により人の生命を奪うという重大かつ不可逆的な人権侵害を招来する可能性を否定しきれない制度である。
私たちは、そのような問題のある死刑制度を放置し続けることなく、生命権という人間の最も重要な人権を尊重する社会を目指すべきである。
よって、当会は、国に対し、直ちに死刑執行を停止するとともに、速やかに死刑制度を廃止することを求める。
以上、決議する。
以上
2019年(平成31年)2月26日
札幌弁護士会
(別紙)
2014年の死刑制度に関する内閣府の世論調査(内閣府のウェブサイトから抜粋)
- 死刑制度の存廃
死刑制度に関して、「死刑は廃止すべきである」、「死刑もやむを得ない」という意見があるが、どちらの意見に賛成か - 将来も死刑存置か
(上記1で)死刑制度に関して、「死刑もやむを得ない」(②)と答えた者に、将来も死刑を廃止しない方がよいと思うか、それとも、状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよいと思うか - 終身刑を導入した場合の死刑制度の存廃
仮釈放のない「終身刑」が新たに導入されるならば、死刑を廃止する方がよいと思うか、それとも、終身刑が導入されても、死刑を廃止しない方がよいと思うか
回答
①「死刑は廃止すべきである」 9.7%
②「死刑もやむを得ない」 80.3%
③「分からない・一概に言えない」 9.9%
回答
①「将来も死刑を廃止しない」 57.5%
②「状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい」 40.5%
回答
①「死刑は廃止する方がよい」 37.7%
②「死刑を廃止しない方がよい」 51.5%
③「わからない・一概には言えない」 10.8%