声明・意見書

契約書面等の電子化に関する政省令改正についての意見書

2022(令和4)年4月22日
札幌弁護士会 会長 佐 藤 昭 彦

 特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)は、販売業者等が消費者に対し、申込書面、概要書面、契約書面(以下、まとめて「契約書面等」という。)を契約類型に応じて適時に交付する義務を規定するところ、2021(令和3)年6月16日に公布された「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(令和3年法律第72号)では、消費者の承諾を条件に、契約書面等の記載事項を電磁的方法により提供すること(以下、「電子化」という。)が可能となった。
 消費者の承諾、電磁的方法による提供の内容については、政令、主務省令(以下、あわせて「政省令」という。)に委任されており、今後これら政省令の改正が予定されている。
 これを受けて、消費者庁では、同年7月に「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」を設け、消費者の承諾の取り方、電磁的方法による提供の在り方等を検討してきた。
 当会としても、我が国におけるデジタル社会促進の必要性は認めるものの、特商法における電子化に際しては、その利便性(メリット)のみならず、消費者被害の増大(デメリット)を防止するための対策を慎重に検討すべきと考える。特に、デジタル機器の操作に不慣れな高齢者や、本年4月1日から成年年齢が引き下げられた若年者等の消費者被害を予防、救済する観点も重要であり、政省令の改正にあたっては、これらの観点にも十分配慮した条件を設定すべきである。

 

第1 意見の趣旨
 契約書面の電子化に関する政省令の改正は、以下の条件をすべて満たす内容とすべきである。

 

  1. 真意に基づく承諾
    (1)販売業者等は、電子化について消費者の承諾を得る際に、電子化に対応し得るデジタル環境及び機器操作能力を有していること(適合性)を確認しなければならない。
     特に、販売業者等は、消費者が満65歳以上の年齢である場合には、家族等の第三者に電子データを同時に交付することが可能であることを説明し、交付の希望があるか、消費者の意向を確認しなければならない。
     
    (2)販売業者等は、電子化について消費者の承諾を得る際に、消費者に対し、①書面(紙)の交付が原則であること、②提供される電子データは紙の契約書面等に記載・印刷された内容と同一かつ非常に重要なものであること、③交付方法によって有利・不利の差異がないこと、④クーリング・オフ(無条件解約)の権利があること及び当該契約における具体的な期間が何日であるか(8日又は20日)、⑤電子データを受信したらすみやかに内容を確認し、消去せず保存しておくべきことについて、それぞれ説明しなければならない。
     
    (3)販売業者等は、電子化について消費者の承諾を得る際に、上記の確認と説明をしたこと及び消費者が承諾した事実について、いずれも立証責任を負う。
     
  2. 電子データの交付方法
    (1)交付される電子データには、契約書面等の記載事項が全て網羅され、後から改ざんすることが不可能な形式で保存されていなければならず、交付に際しては、各事業者によって仕組みの異なるSNS等ではなく電子メールを利用すべきである。
     
    (2)販売業者等は、電子メール本文中において、契約日、契約の対象(物品や役務)、消費者が支払うべき対価及び当該契約におけるクーリング・オフ期間と具体的な申請方法を記載し、速やかに電子データの詳細を確認し、保存するよう消費者に注意喚起しなければならない。
     
    (3)販売業者等は、改ざんができない形式で電子データを保存し、後日、消費者が再度の交付を求めた場合、これに応じなければならない。

 
第2 意見の理由

  1. 特商法における書面交付義務の重要性
     特商法は、訪問販売やマルチ商法など、消費者トラブルが特に生じやすい取引類型について規制する法律であり、厳格な書面交付義務の違反には刑事罰も規定されている。消費者は、一覧性のある契約書面等の記載によって契約内容を確認し(情報提供機能)、当該契約を締結すべきか判断し(警告機能)、8ポイント以上の大きさの赤い字で記載され、目立つように赤い線で囲まれたクーリング・オフ条項の記載によって一定期間内は無条件解約できる権利を知る(告知機能)。また、後日の紛争においては契約書面等が証拠として機能するほか(保存機能)、認知症の高齢者等が被害の自覚を持たない場合にも、家族やヘルパー、ケアマネージャー等が契約書面等を発見して救済に至ることもある(発見機能)。そして、法定記載事項を網羅した契約書面が交付されない限りはクーリング・オフ期間が進行しないため、契約締結後、被害発見が多少遅れても救済可能な場合がある。
     このように、特商法における契約書面等は、法定記載事項の遵守や交付の有無が、消費者被害の予防と救済において極めて重要な意味を持ち、まさに法規制の根幹を成すものである。たとえ消費者が承諾したとしても、一覧性のある契約書面等(紙)を現実に受領することと、電子データをデジタル機器に受信することでは、消費者にとっての諸機能や効果は全く異なるものとなる。
     近年、電気通信事業法や割賦販売法の分野では、契約に関する各種書面の電子化が許容されてきたものの、いずれも厳格な開業規制の下、事業者には監督官庁による指導・監督が及んでいるのであって、開業規制のない特商法の取引類型や詐欺まがいの悪質商法とは比較しようがない。特に、インターネットを利用した取引では実態が捉えにくく、事業者の正体も分からないことが多い。さらに電子データは容易に改ざん・消去されるため、証拠が消失する危険性も高くなる。
     よって、特商法の契約書面等の電子化においては、他の法分野とは異なり、消費者被害の予防と救済に及ぼす悪影響が強く懸念され、政省令の改正にあたっては予め具体的な対応策を講じておくことが必要である。
  2. 真意に基づく承諾(意見の趣旨1について)
    (1)社会では一般的にパソコンよりもスマートフォンの保有率が高いところ、日常的にスマートフォンを使用している人であっても、通話、検索、動画の視聴、簡単なSNSのやりとりといった程度の利用に留まることが多いのが実情であり、メールの送受信、添付ファイルの確認やデータの保存という複雑な操作に必ずしも習熟しているとは限らない。契約書面等の電子化には、これに対応し得るデジタル環境と、電子データの送受信や保存を容易に行える操作能力が必要であって、適切な環境や知識、操作能力を持たない消費者において、真意に基づく承諾などできるはずもない。
     よって、販売業者等は、消費者の承諾を得る場合、その前提として、当該消費者が電子化について適合性を有するか、すなわち電子データで契約書面等を送受信し得るデジタル環境と操作能力があるか確認すべきである。
     特に、高齢者はデジタル機器の操作に慣れていない場合も多く、法改正の附帯決議においても、「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」1 と規定されているのであるから、販売業者等が65歳以上の消費者から承諾を得る場合には、家族や福祉関係者等に対しても電子データを同時に交付可能であることを説明し、その意向があるか確認すべきである。
     

    (2)上記(1)は、電子化についての客観的な適合性を確認するものであるところ、消費者が、特商法における契約書面等の重要性を認識しないまま電子化を承諾しても、それは真意に基づくものとはいえない。また、書面(紙)よりも電子データで受領する方が有利な条件が設定されると電子化の問題点を考えず安易に承諾してしまうよう誘導されかねない。
     そこで、消費者の真意に基づく承諾といえるためには、特商法の書面交付義務が担ってきた重要な諸機能のうち電子化によって減殺される機能を、販売業者等の説明義務によって補完・代替させるべきであり、また、電子化を承諾すれば有利な条件を提示する等の説明で、販売業者等が消費者を不当に誘導することのないよう規制すべきである。
     よって、販売業者等は、当該消費者に対し、本来は書面(紙)による交付が原則であること、提供される電子データが、契約書面等に記載・印刷された内容と同一のものであること、交付方法によって有利・不利の差異がないこと、電子データを受領したら必ず内容を確認し(情報提供・確認・警告機能)、消去せず保存しておくべきこと(保存機能)、当該契約の類型ではクーリング・オフ(無条件解約)が何日間可能であるのかについて具体的に説明した上で(告知機能)、真意に基づく承諾を取得すべきである。

     

    (3)販売業者等による上記の確認と説明は、消費者の側でこれらの不履行を証明することが著しく困難であることから、電子化について消費者に承諾を求める販売業者等において、確実に履行したことを証明すべきである。
     

  3. 電子データの交付方法(意見の趣旨2について)
    (1)消費者に交付される電子データには、書面(紙)と同様に、法定記載事項が全て網羅されていなければならず、後から改ざんすることが不可能な形式で保存されていることが必須である。
     また、SNS等は運営する各事業者によって仕組みが異なり、保存に支障を来す可能性や、後日ファイルにアクセスできなくなる可能性もあるため、社会において長期間安定して利用されてきた電子メールの形式を利用すべきである。
     

    (2)特商法においては、契約時からではなく、法定記載事項を網羅した契約書面を受領した日から起算するクーリング・オフ(無条件解約)という特殊な規定によって消費者被害が救済されてきたものであるところ、そもそもこの権利の存在を知らなければ行使しようがない。
     よって、消費者が契約の詳細を認識し、クーリング・オフという権利を知った上で行使すべきか否か適切に判断できるよう、販売業者等は、電子メール本文においても、契約日、契約の対象(物品や役務)、消費者が支払うべき対価及び当該契約におけるクーリング・オフ期間と具体的な申請方法を記載した上で、電子データの詳細を速やかに確認するよう消費者に注意喚起すべきである。
     
    (3)電子データは、消費者が誤って消去したり、デジタル機種の破損や紛失、データ移行の失敗などにより、消失しやすいという特色がある。
     よって、販売業者等は、電子データを改ざんできない形式で保存しておき、後日、消費者から再交付を求められた場合は対応すべきである。現在でも、契約書面等の紛失に際して販売業者等に写しの交付を求めることも珍しくないところ、販売業者等にとっては、紙の書面を1枚ずつ保管しておくよりも電子データを保存しておく方が遥かに容易であり、電子データの再交付には特段の費用も発生しないため、再交付義務を課しても販売業者の負担となるものではない。
     

 

1 令和3年6月4日参議院地方創生及び消費者問題に関する特別委員会

以上

 

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