声明・意見書

室蘭拘置支所収容業務停止についての意見書

札幌矯正管区長 
木  村  寛  一  殿

 

令和4年8月22日

意 見 書

 

札幌弁護士会
会長 佐藤 昭彦
刑事拘禁制度検討委員会
委員長 磯田 丈弘

 令和4年7月4日、貴管区から、当会に対し、室蘭拘置支所の収容業務を令和4年11月に停止することにつき理解を求めるよう申し入れがあった点について、当会としては、以下のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

  1.  室蘭拘置支所の収容業務停止に対しては、強く反対する。
  2.  室蘭拘置支所の老朽化に対しては、早期の建て替えを求める。
  3.  室蘭拘置支所の早期の建て替えの実現及び建て替え期間中の弁護活動等に対する支障を可及的に少なくするための当会の要望に応じるように求める。

第2 意見の理由

  1.  はじめに
     被疑者は、逮捕直後から身体拘束下において捜査機関による取調べを受け、自らを防御する必要に迫られ、また、被告人は公判の準備をするために、弁護人等との密接な接見が確保される必要がある。
     そのために、憲法34条前段の弁護人依頼権に由来する権利として、刑事訴訟法39条1項により弁護人との接見交通権が定められている。
     しかし、室蘭拘置支所の収容業務が停止され、被疑者・被告人が札幌拘置支所に収容される場合には、弁護人との接見交通権が実質的に侵害されることになる。
     しかも、弁護人の弁護活動並びに被疑者・被告人の出廷、及び身体拘束からの解放後における社会復帰にも様々な支障をきたすことになる。
     したがって、当会は、室蘭拘置支所の収容業務を停止するとの方針に強く反対するものである。
  2.  収容業務停止に伴って生ずる弊害について
     令和4年7月4日、当会が貴管区担当者等から受けた説明によれば、収容業務停止後、札幌地方裁判所室蘭支部管内(以下、「室蘭支部管内」という。)で勾留された被疑者・被告人は、札幌拘置支所に収容されるとのことであった。
     しかしながら、被疑者・被告人がこの様な扱いを受けることとなると、以下のような弊害が生ずることとなる。

    (1)接見に与える悪影響

    ア 貴管区においては、もっぱら建物の老朽化、人員の不足といった経済的合理性の観点からのみ室蘭拘置支所の収容業務停止を説明される。
     しかし、本件の本質的問題は、被疑者・被告人の人権擁護にあり、そもそも、この視点に言及のない貴管区の説明は受け入れることはできない。

    イ 被疑者・被告人の弁護人との接見交通権の法的根拠については、すでに述べたとおりであるが、これを実質的に保障するためには、弁護人による接見交通が容易でなければならない。
     そして、室蘭支部管内で発生した刑事事件は、主として胆振西部を中心としたエリアに事務所を置く弁護士(令和4年7月末現在9名)が担当するが、これまでは室蘭市内に拘置支所があり、接見場所に行き来する時間が比較的短時間であったため、被疑者・被告人との頻回な接見が可能であった。
     この点、刑事拘禁施設を所管する貴管区においては、多くの弁護人がその刑事弁護の活動において、多数回の接見を行っていることは十分に統計として把握されているはずである。

    ウ 仮に、この被疑者・被告人が札幌拘置支所に収容されるようになると、以下のような問題が生ずる。
     まず、室蘭支部管内で事務所を運営している弁護士が、札幌拘置支所に収容されている被疑者・被告人と接見するには、高速道路を使用しても片道1時間50分、公共交通機関を利用した場合、効率よく接続がなされても2時間10分程度、乗り継ぎのタイミングによっては3時間程度かかる場合もある。さらに、冬期間には、雪害により、高速道路の閉鎖や、JR北海道千歳線の千歳駅以北において、運行の遅延・停止が生じることも少なくない。
     しかも、特に、身体拘束当初、証拠開示後の事実確認、更生計画立案準備、公判直前の対応においては、その接見自体も長時間に及ぶことが多い。その結果、例えば2時間にわたる接見を行う場合、弁護人がその行き来に片道3時間(往復6時間)かけるとすると、合計8時間、すなわち1日の執務時間のほとんど全てをこれに充てなければならない。このため、他の業務との兼ね合いで接見の頻度は抑制的にならざるを得ないから、被疑者・被告人の接見交通権の保障は極めて不十分なものとなる。
     さらには、複数の事件が集中して短期間に発生した場合、現在の胆振西部エリアに事務所を置く弁護士の人数等からすれば、対応できる弁護士が不在となるということになりかねない。

    エ この様な事態は、単に接見に時間がかかるといった問題にとどまらず、被疑者・被告人の人権侵害に直結する。

    (2)被疑者・被告人の社会復帰に与える悪影響

    ア 被疑者・被告人の社会復帰に向けた支援体制を構築するためには、弁護人以外に、自身の親族や福祉関係者等(以下、「社会資源」という。)と面会する必要がある。

    イ 室蘭拘置支所に収容される被疑者・被告人の大半は、室蘭、伊達、登別を中心とした胆振西部に生活・仕事の本拠を持ち、この支援を期待できる社会資源もその周辺に生活の本拠を置く可能性が高い。
     このため、社会資源が被疑者・被告人支援のための面会を行うため札幌までの移動を要することになれば、時間・費用等の面で面会に支障を来すことは確実である。また、札幌拘置支所の一般面会時間が平日の日中に限られることなどから、事実上の面会制限にもなりかねない。

    ウ これは、被疑者・被告人の公判での防御活動、弁護人の弁護活動に重大な支障を生じさせるだけでなく、被疑者・被告人と社会資源との分断を生じさせ、被疑者・被告人の早期の社会復帰を阻害する結果となるものである。

    (3)出廷に際しての押送時間が長時間に及ぶことによる被告人の負担

    ア 出廷に際して、札幌拘置支所から札幌地方裁判所室蘭支部まで高速道路を利用しても1時間50分(往復4時間弱)を要すること、冬期間における出廷に支障をきたす可能性についてはすでに述べたとおりである。

    イ この様な押送時間を考慮すると、午前中あるいは午後の早い時間に公判が開かれる場合には、公判直前の弁護人と被告人の最後の接見の機会が奪われるおそれがある。このことは、特に複雑な事件である場合や、直前において弁護方針の変更が必用であった場合に、著しく弁護活動を阻害し、被告人の防御権を侵害する結果となる。

    ウ さらに、被告人は、押送車両の中で、往復4時間弱もの間、狭い空間において身体拘束を受け続けることとなる。心身共に緊張を強いられる公判前後に、被告人がこの様な状況下におかれることは、不当な精神的・肉体的負担を与えることとなり看過できない。
     ましてや、自己の行為に対する判決が確定するまでは、無罪推定が働く被告人に対して、罪証隠滅・逃亡阻止の目的を超えて、その身体に対する過度の負担を与え自由を拘束することは、被告人の人権に対する重大な侵害にあたる。

    (4)小括

      以上のとおり、当会としては、室蘭拘置支所の収容業務停止は、とりわけ胆振管内で勤務する弁護士の弁護活動に与える負の影響が大きく、その結果、本来、室蘭拘置支所に収容される被疑者・被告人の権利を侵害するという点から、断固としてこれに反対する。
     当会としては、刑事弁護活動にかかる、これまでと同様の対応が可能となる環境を維持するために、室蘭を中心とした胆振西部エリアでの事件については、引き続き、また将来においてもその拘置施設を室蘭市内に置くことが不可欠であると考える。

  3.  収容業務停止の理由に十分な合理性がないこと

    (1)はじめに

      貴管区の説明では、建物老朽化、人員の不足及び収容者数の減少を業務停止の理由としてあげられていた。
     しかし、これらはいずれも収容業務停止の理由として十分な合理性を有しない。

    (2)老朽化を業務停止の理由とすることについて

    ア 現在の室蘭拘置支所庁舎が老朽化していたとしても、新たに庁舎を建築することは十分に可能なはずである。
     そして、建て替えに際しては、敷地内の空地部分に新庁舎を設置し、新庁舎設置後に現庁舎を取り壊す方法を取れば収容業務を停止する必要性がない。
     仮に、法令等の制限によってかかる方法が取れない場合には、室蘭市内の他の土地を取得して新たに建築することも可能であろう。

    イ 百歩譲って、これらがいずれも困難という場合には、一時的に収容業務を休止することもあり得なくはないが、それはあくまでも一時的な措置とすべきである。

    (3)収容者数(収容率)の減少を業務停止の理由とすることについて

    ア たしかに、法務省の統計では北海道の刑法犯認知数はこの10年間で年間5万件弱から2万件弱と、5分の2に減じており、これに比例して北海道全体で被疑者・被告人段階での身体拘束数が減じていることは事実である。
     また、全国的な統計によれば、被告人の保釈率は直近10年間で15%前後から30%前後へと推移しており、犯罪認知件数の減少とあわせて被告人段階での身体拘束数が減り、結果として室蘭拘置支所での収容率が減少していることは否定するものではない。

    イ しかしながら、犯罪認知件数が減少しているとはいえ、胆振西部での犯罪数がゼロになったというわけではなく、また、総数が減ったからといって、個々の刑事事件における刑事裁判の重要性、個々の身体拘束された被疑者・被告人の弁護人との接見交通権の重要性が減じられたわけではない。

    ウ さらに、保釈等による身体拘束からの解放の結果としての収容率の減少は、罪証隠滅・逃亡阻止という本来的な刑事司法上の身体拘束の目的との関係でその必要のない被告人が解放されたに過ぎない。これをもって、なお身体拘束が必要とされている被疑者・被告人の防御権を軽視してよいというものではない。

    エ しかも、このような身体拘束者数の減少は、法務省をはじめとした刑事司法に携わる関係各所の啓蒙活動による刑法犯件数の減少と再犯阻止、被疑者・被告人の身体拘束の適正化に向けた、検察庁、裁判所、刑事弁護人各位の努力のたまものである。
     そして、当会室蘭支部を構成する当会会員が、決して多いとは言えない人員の中で、我が国のその他の地域に比して、胆振西部地域を刑事司法後進地にすることなきよう尽力してきた結果でもある。

    オ そうである以上、室蘭拘置支所の収容率が減じたことをもって、同支所の運用停止をすることは、当該地域の弁護士のみならず、刑事司法に携わる全ての関係者のこれまでの成果を貴管区自らが否定することに他ならず、到底理解しがたい運用停止理由である。
     なお、近時室蘭拘置支所の女性職員が減員となったため、同支所での女性の被疑者・被告人の収容が事実上運用停止されたままとなっている。室蘭拘置支所の収容率が減った事情としてはこのことも影響していることを付言するとともに、室蘭拘置支所建て替えの暁には、本来の運用に立ち返り、女性の被疑者・被告人の収容に関する運用の再開も求めるところである。

  4.  当会からの要望

     これまで述べたとおり、当会としては、室蘭拘置支所の収容業務停止には断固として反対であり、老朽化に対しては速やかに建て替えがなされるべきと考える。
     そして、建て替え時期が具体的に定められていなければ、事実上廃止となってしまうことが強く懸念される。
     ついては、貴管区に対し、早期の建て替えが実現するため、また、弁護活動に対する現実的な支障を可及的に少なくするために、以下の事項を要望する。

    (1)今後、当会と協議の機会を少なくとも年に1度設けることとし、以下の点を合意すること。

    ア 協議の機会を設けること及び継続的な協議の開催について書面化すること。

    イ 室蘭拘置支所建て替えの予定時期を次年度中には明確にするとともに、予算状況等を明らかにすること。

    (2)仮に室蘭拘置支所の収容業務を休止する場合、以下の措置を取ること。

    ア 室蘭市もしくは胆振管内の施設からのビデオ会議のシステムあるいは電話接見を実現できるように上級官庁と折衝し、遅くとも次年度早期の実現を目指すこと。

    イ 公判の進捗状況等にかかわらず夜間や休日の接見を可能とするなど、夜間接見及び休日接見の弾力的運用を行うこと。

    ウ 公判前及び公判後に弁護人が裁判所内で接見する時間を確保できるように押送すること。

      上記要望の多くは、運用の大幅な改定を要するようなものではないから、早期に実現するよう検討されたい。

  5.  まとめ
     よって、室蘭拘置支所の収容業務停止は、被疑者・被告人の弁護人との接見の機会保障という憲法上の権利を事実上侵害し、弁護活動にも支障を生じさせることになるから、容認できない。
     仮に、室蘭拘置支所の老朽化により職員や収容者に危険が生じるおそれがあるのであれば、早急に建て替えを求める。
     また、早期の建て替えの実現及び弁護活動に対する支障を可及的に少なくするため、当会の要望に応じるよう求める。

 

以上

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