声明・意見書

特定商取引法につき消費者被害の現状に即した抜本的改正を求める意見書

2023年(令和5年)5月17日
札幌弁護士会
会 長 清水 智

第1 意見の趣旨

 当会は、国に対し、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)平成28年改正における附則第6条に基づく「所要の措置」として、以下の内容を含む抜本的な法改正を行うことを求める。

  1.  訪問販売・電話勧誘販売について

    ⑴ 訪問販売につき、家の門戸に「訪問販売お断り」などと記載されたステッカー、張り紙等を貼付する方法が、特定商取引法第3条の2第2項の「契約を締結しない旨の意思を表示した」場合に該当することを条文上明らかにすること。

    ⑵ 電話勧誘販売につき、消費者が事前に勧誘を拒絶できる登録制度を導入すること。

    ⑶ 訪問販売及び電話勧誘販売につき、契約の締結の媒介又は代理の業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対しても、特定商取引法上の行為規制が及ぶことを条文上明らかにすること。

    ⑷ 訪問販売及び電話勧誘販売を行う者は、国又は地方公共団体に登録をしなければならないものとする登録制を導入すること。

  2.  通信販売について

    ⑴ インターネットを通じた勧誘により消費者が契約の申込みを行い又は契約を締結した通信販売につき、行政規制を整備するとともに、消費者のクーリング・オフ権及び取消権を認めること。

    ⑵ インターネットを通じた通信販売による継続的契約につき、消費者に中途解約権を認めること及び中途解約の場合における損害賠償額及び違約金の上限を定めること。

    ⑶ インターネットを通じた通信販売で申込みを受けた契約につき、契約申込みと同様にインターネット上の手続による解約・返品の受付を義務付けること、解約・返品の受付に際し、契約申込時に事業者に提供された情報に追加して個人情報の証明資料を要求する行為を禁止すること及び迅速かつ適切に解約・返品に対応する体制の整備を義務付けること。

    ⑷ 通信販売につき、インターネットの広告画面において、契約条件の有利性や商品等の品質・効能等の優良性を強調する一方、その有利性や優良性が限定される旨の打消し表示が容易に認識できないものを特定商取引法第14条第1項第2号の指示対象行為として具体的に禁止すること。また、通信販売の広告表示において、事業者が網羅的で正確かつ分かりやすい広告を行うこと(広告表示における透明性の確保)を義務付けること。

    ⑸ 通信販売を行う事業者が規制に違反する広告等の表示を中止した場合であっても、行政処分(指示処分及び業務停止命令)が可能であることを条文上明らかにすること。

    ⑹ インターネットを通じた通信販売による契約につき、消費者が閲覧した広告画面・申込画面や広告・勧誘動画の保存、開示及び提供を義務付けること。

    ⑺ 特定商取引法第11条第5号及び同法施行規則第8条第1号の表示義務を満たさない通信販売に関する広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーマーその他の関係者に対して、相手方事業者及び勧誘者を特定する情報の開示を請求できるものとすること。

    ⑻ 前記⑴から⑷までの規制に違反する事業者等の行為を適格消費者団体の差止請求権行使の対象に追加するとともに、前記⑸の場合においても適格消費者団体による差止請求権の行使が可能である旨を条文上明らかにすること。

  3.  連鎖販売取引等について

    ⑴ 連鎖販売取引(①商品等を販売する事業で、②その商品等を販売する会員を勧誘すれば収入が得られると誘引し(特定利益)、③会員になる者に商品代金や登録料等の負担(特定負担)が伴うもの。特定商取引法第33条第1項参照)を行う連鎖販売業につき、国による登録、確認等の事前審査を経なければ、これを営んではならないものとする開業規制を導入すること。

    ⑵ 特定利益を収受し得る仕組みを設けている事業者が、連鎖販売取引に加入させることを目的として特定負担に係る契約を締結させ、その後に当該契約の相手方に対し特定利益を収受し得る取引に誘引する場合は、特定商取引法の連鎖販売取引の拡張類型として規制が及ぶことを条文上明らかにすること。

    ⑶ 商品・役務等の対価の負担を伴う契約をした者が次のいずれかに該当する場合は、その者との間において、新規契約者を獲得することにより利益が得られることを内容とする契約の勧誘及び締結を禁止すること。
    ① 22歳以下の者
    ② 先行する契約として投資等の利益収受型取引をした者
    ③ 先行する契約の対価に係る債務(その支払のための借入金、クレジット等の債務を含む)を負担している者

    ⑷ 連鎖販売取引において、収受し得る特定利益の計算方法等につき特定負担に関する契約を締結しようとする者に説明しなければならないものとすること。

    ⑸ 連鎖販売取引において、業務・財産の状況等に関する情報を特定負担に関する契約を締結しようとする者や加入者に開示しなければならないものとすること。

第2 意見の理由

  1.  はじめに

    ⑴ 特定商取引法の平成28年改正と5年後見直し
     特定商取引法は、訪問販売や電話勧誘販売など消費者トラブルを生じやすい特定の取引類型を対象に、事業者に対する行為規制や消費者被害の防止・救済のための民事ルール等を定めた法律である。
     特定商取引法は、これまで幾度も改正が繰り返されてきたところ、2016(平成28)年の改正法(以下「平成28年改正法」という。)の附則第6条では、「政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、この法律による改正後の特定商取引に関する法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」とのいわゆる5年後見直しが定められている。この平成28年改正法は、2017年12月1日に施行され、すでに施行後5年が経過している。

    ⑵ 消費者トラブルの現状と見直しの必要性
     令和4年版消費者白書によると、全国の消費生活センター等に寄せられた消費生活相談は約85万件であり、ここ15年ほど高止まりが続いている。そして、この消費生活相談のうち、特定商取引法の対象取引分野に関する相談は全体の54.7%という高い比率を占めている。
     そして、65歳以上の高齢者の相談では、特定商取引法の対象取引分野のうち訪問販売の割合が14.4%、電話勧誘販売の割合が8.1%であり、相談全体における数値と比較して、これらの割合が大きい。さらに、認知症等で判断能力が不十分な高齢者からの相談では、訪問販売と電話勧誘販売の相談が合計48.6%と半数近くを占めており、判断力の衰えた高齢者が悪質商法のターゲットにされていることがうかがわれる。
     また、販売購入形態別では、インターネット通信販売に関する相談が27.4%で最多であり、デジタル社会の進展やコロナ禍を背景として世代を問わずにトラブルが増加している。
     さらに、販売購入形態別のマルチ取引(商品・役務等の契約をした者が、次は自ら買い手を探し、買い手が増えるごとにマージンが入る取引形態のこと。買い手が次の売り手となり、販売組織が拡大していくのが特徴。特定商取引法上の連鎖販売取引に該当するもののほか、脱法的なものも含まれている。)は、相談件数全体に占める割合は1.1%であるものの、20歳代においては5.1%と高い比率を示しており、2022年4月からの成年年齢引き下げに伴う若者被害の増加が懸念される。
     したがって、平成28年改正法の5年後見直しとして、かかる消費者トラブル・被害の実状に合わせた特定商取引法の抜本的改正が急務であり、具体的には、以下に述べるような法改正がなされるべきである。

  2.  訪問販売・電話勧誘販売について

    ⑴ 拒否者に対する訪問勧誘規制の整備
     消費者が要請していない訪問販売は、多くの消費者にとって迷惑であるばかりか、不意打ち的な勧誘により不本意な契約をしてしまうことも少なくない。
     消費者の9割以上が訪問販売を望んでいないという状況にあること(消費者庁「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」2014年度)や、判断力の低下等により勧誘を断ることが難しい消費者の存在などを考えると、訪問販売について、少なくとも消費者が拒否している場合にはこれを許容すべきではないと考えられる。
     この点、特定商取引法第3条の2第2項は、消費者が契約を締結しない旨の意思を表明した場合に、事業者が勧誘を行うことを禁止しているが、消費者庁は、「訪問販売お断り」などと記載されたステッカー、張り紙等(以下「訪問販売お断りステッカー等」という。)を家の門戸に貼付することについて、意思表示の対象や内容、表示の主体や表示時期等が必ずしも明瞭でないとして、同項の「契約を締結しない旨の意思」の表示には該当しないとの解釈を示している(消費者庁「特定商取引に関する法律等の施行について」(2022年6月22日)別添3「特定商取引に関する法律第3条の2等の運用指針」)。
     しかし、このような解釈によると、消費者があえて訪問販売お断りステッカー等を貼付しているにもかかわらず勧誘に対応することを強いられることになり、その結果、不本意な契約に応諾させられてしまう危険性もある。
     そもそも、同条第2項は、「契約を締結しない旨の意思」の表明する方法として、文書等の表示によることを排斥していない。また、多くの自治体が、消費生活条例等において、訪問販売お断りステッカー等に訪問販売を拒否する意思の表明として条例上の効力を認めている(北海道、京都府、奈良県、大阪府、兵庫県、札幌市、国分寺市、葛飾区、大阪市、堺市、生駒市、玉名市等)。
     また、海外においても、アメリカ(自治体)、カナダ(自治体)、ドイツ、ルクセンブルク、オーストラリア、ノルウェー、ニュージーランドで、ステッカー等に訪問販売を拒否する意思の表明としてその効力を認めている。
     したがって、現在の消費者庁の解釈は直ちに改められるべきであり、また、解釈上の疑義を残さないために、家の門戸に訪問販売お断りステッカー等を貼付することが、同項の「契約を締結しない旨の意思」の表明に該当することを条文上明らかにすべきである。

    ⑵ 拒否者に対する電話勧誘規制の整備
     訪問販売と同様に、電話勧誘販売についても、消費者が勧誘を拒否した場合にこれを行うことは許されるべきではない。
     この点、特定商取引法第17条は、消費者が契約を締結しない旨の意思を表明した場合に、事業者が勧誘を行うことを禁止している。電話機の留守番応答機能や迷惑電話対応装置により、拒否の意思を伝えることは可能ではあるものの、装置設置のための経済的負担や、事業者以外からの電話に対しても応答メッセージを流すことになってしまう不便さ等から、勧誘拒否の意思を表明する方法として普及しているとはいえない。多くの消費者は、勧誘電話を一旦は受信しなければならないという負担を解消することができず、これに応答した結果、不本意な契約を応諾させられてしまう危険性もある。
     そこで、消費者が意に反する電話勧誘を受けなくて済むようにするため、同条の規制をさらに充実させて、Do-Not-Call制度、すなわち電話勧誘を受けたくない人が電話番号を登録機関に登録し、登録された電話番号には事業者が電話勧誘することを禁止する制度を導入すべきである。
     海外では、イギリス、ノルウェー、アイルランド、スペイン、イタリア、ベルギー、フランス、アメリカ、カナダ、メキシコ、ブラジル(州単位)、アルゼンチン、インド、オーストラリア、韓国、シンガポール、クロアチア、ベトナムが、Do-Not-Call制度を採用しており、イスラエルやセルビアもその導入を決めている(先進国首脳会議参加国(G7)のうち、ドイツはいわゆるオプト・イン規制を、それ以外の国はDo-Not-Call制度を採用しており、こうした規制を採用しない国は日本だけとなっている。)。
     なお、Do-Not-Call制度を導入するにあたっては、いわゆる「カモリスト」として悪用されることのないように、登録機関が保有する電話番号を事業者に開示する方式(リスト開示方式)ではなく、事業者が把握している電話番号を登録機関の保有する電話番号に該当するか否かを照会する方式(リスト洗浄方式)を採用すべきである。

    ⑶ 勧誘代行業者に関する規制の整備
     特定商取引法における訪問販売及び電話勧誘販売についての行為規制は、「販売業者」及び「役務提供事業者」を対象にしているが(同法第2条第1項参照)、近年、訪問販売や電話勧誘販売にあっても、営業活動へのアウトソーシングの活用が進み、勧誘行為を他の事業者に委託する例が増えている。
     そもそも、訪問販売及び電話勧誘販売において、その規制の核心は、その販売方法である訪問・電話による勧誘行為にあるのであって、その勧誘行為そのものを直接行っている事業者を行為規制の埒外とすることは妥当ではない。契約の締結の媒介又は代理の業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対しても、特定商取引法上の訪問販売及び電話勧誘販売の行為規制が及ぶことを条文上明らかにすべきである。

    ⑷ 訪問販売・電話勧誘販売に対する登録制の導入
     訪問販売や電話勧誘販売は、店舗販売と比較して、店舗を持つことなく営業を行うことが可能であることから、信用力の低い事業者の参入も容易である。また、不正な行為をした事業者が、その所在を変えて同様の行為を繰り返すことも考えられる。そこで、訪問販売及び電話勧誘販売において、店舗販売に準ずる信頼性を確保するために、事業者の登録制を導入すべきである(国民生活審議会「事業者責任の強化について―中間覚書」1974年7月)。
     この点、国内では、滋賀県野洲市が、条例により訪問販売事業者の登録制を実施している(野洲市くらし支えあい条例(2016年10月施行))。
     海外では、訪問販売については、韓国、中国、アメリカの自治体等において、訪問販売業又は訪問販売員の届出制・許可制が採用されており、また、電話勧誘については、前記Do-Not-Call制度を採用する国においては、事業者は、電話勧誘をするに当たり、消費者の登録の有無を登録機関に確認するために、自身を制度利用者として登録する必要があることから、事実上、事業者の登録制を実施していることになる。
     登録制の導入については、行政コストの増加を懸念する見解もあるが、食品衛生法上の営業許可や、建設業法、宅地建物取引業法など許可制や登録制を採用する事業は相応にあり、その登録数、許可数も決して少なくはない。そして、登録制によりトラブル・被害事例を減少させることができれば、結果的にはコストも含めた行政の負担やコストの軽減につながるとも考えられる。
     また、登録制を採用すると、商品等の品質や販売方法について信頼できる事業者であるとして行政によるお墨付きを与えられたかのように利用されるおそれがあるとの指摘もある。しかし、そのような事態は、消費者への注意喚起を徹底することや、登録をもって商品等の品質などを行政が認定、推奨しているかのように誤認させる行為を禁止することなどによって対応することが可能である。

  3.  通信販売について

    ⑴ インターネットを通じた勧誘に関する規制とクーリング・オフ等の導入

    ① 現在の規制
     現行の特定商取引法では、通信販売について、他の対象取引類型と異なり、再勧誘の禁止や威迫困惑行為の禁止等の行政規制が定められていない。
     また、通信販売の民事ルールとしては、特定商取引法の他の対象取引類型と異なり、クーリング・オフや不実告知等による取消権が設けられていない。商品の引渡し等から8日以内は契約の解除ができる返品制度はあるものの、特約によって排除・変更することが可能である。

    ② 問題点
     特定商取引法の通信販売は、消費者がカタログを閲覧して申込みをする形態や、インターネットで消費者が自らウェブサイトを閲覧して申込みを行うような形態が想定されてきた。
     しかし、近年、通信販売で急増している消費者トラブルにおいては、消費者が自ら積極的に事業者のカタログやウェブサイトを閲覧して申込みをするのではなく、消費者が利用しているSNSを通じてメッセージが送られてきたり、SNS上の広告を見たりしたこと等がきっかけでインターネットを通じて事業者やその関係者から勧誘され、申込みに誘導される例が多い(例えば、定型文を送信するだけで、月に100万円から200万円稼げる」というSNSの広告を見て副業サイトにアクセスし、ノウハウが記載された情報商材を購入したところ、業者から電話があり、25万円のサポートプランの勧誘を受けて契約したケースや、SNSで知り合った相手から「別のサイトでやり取りをしよう」と出会い系サイトに誘引され、「専用のチャット内に入る必要がある」等と言われて合計16万円支払ったケースなどがある(国民生活センター「【若者向け注意喚起シリーズNO6】SNSをきっかけとした消費者トラブル・広告の内容はしっかり確認!知り合った相手が本当に信用できるか慎重に判断を!」2021年11月4日公表)。
     かかる手段による勧誘は、消費者からすれば、突然一方的に示されるものであり、不意打ち性が高い点で、訪問販売や電話勧誘販売と同様の問題性がある。また、こうしたインターネットを通じた勧誘は、消費者のスマートフォンやパソコン等の私的領域内で行われ、一対一でのやり取りが中心となるため、密室性が高い点で、やはり訪問販売や電話勧誘販売と類似する点がある。また、SNS等による繰り返しの勧誘や、動画等も利用した勧誘は、攻撃性が高い点で訪問販売に類似し、インターネットを通じた勧誘は、相手が見えず、相手の素性や様子が分からないまま勧誘されるため、匿名性が高い点で電話勧誘販売と類似する。さらに、SNS等でのやり取りやウェブ説明会、動画サイト、無料通話アプリによる通話等によって契約締結がなされる場合、契約の内容が曖昧・不確実になりやすい点でも電話勧誘販売と類似する点があるといった特徴がある。
     インターネットを通じた勧誘には、無料通話アプリの通話によって勧誘するなど電話勧誘販売に該当する場合もあるが、事業者が通信販売であると主張し、クーリング・オフに応じないケースが多発している。すなわち、通信販売が事実上の抜け穴として悪用されている実態がある。
     とりわけ、ターゲティング広告(ユーザーが過去に閲覧したウェブサイトやユーザーの登録情報等を基にして、当該ユーザーに適した広告を表示するもの)によって誘引される通信販売では、従来の通信販売と異なり、検索・閲覧履歴やGPS情報等を用いて趣味嗜好や生活圏等によってターゲットとする消費者を絞り込んだ広告が、それによって即座に申込みをさせる意図の下で提供される。また、広告の内容が「商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような内容」(クロレラチラシ配布差止請求事件・最判平成29年1月24日)であれば、不特定多数の消費者に向けられたものであっても「勧誘」に当たることがあり、当該広告に表示されたリンクから誘導された申込画面によって申込みをする場合には、広告と申込みの意思表示との因果関係も認められる。そして、ターゲティング広告は、消費者が別の目的でスマートフォン等の画面を見ている際に、突然割り込んで表示され、そのため消費者は他の選択肢を能動的に検討しない傾向となって事実上、比較購買が困難になるなど、訪問販売等と同様、不意打ち的に消費者への働き掛けをするものといえる。さらに、ターゲティング広告には、掲載できる情報量が多く、購買意欲をそそる表現を繰り返し掲載することで(「今だけ」、「あと〇個のみ」、「初回無料!」等)、消費者にとって契約締結の判断に影響を与える重要な事項を相対的に埋没させ、正確な情報の取捨選択を困難にするものも多く見られる。

    ③ 導入すべき規制等
     そこで、まず、インターネットを通じて勧誘が行われる場合の行政規制として、(ア)氏名等の明示、(イ)再勧誘の禁止、(ウ)不実告知の禁止、(エ)故意の事実不告知の禁止、(オ)威迫困惑行為の禁止、(カ)債務の履行拒否・不当な遅延の禁止、(キ)過量販売の禁止、(ク)迷惑を覚えさせる勧誘・解除妨害行為の禁止、(ケ)判断力不足に乗じた契約締結の禁止、(コ)顧客の知識・経験・財産状況に照らし不当な勧誘の禁止、(サ)契約書面に虚偽記載をさせる行為の禁止、(シ)金銭を得るための契約を締結させるための行為の禁止、(ス)消耗品の誘導開封の禁止等を設けるべきである。
     また、インターネットを通じて勧誘がなされた通信販売における民事ルールとしては、消費者によるクーリング・オフ、不実告知及び重要事実の不告知の場合の取消権を規定するべきである。特に、ターゲティング広告による誘引は、訪問販売や電話勧誘販売における勧誘と同様に、消費者の自由な意思決定を阻害しやすいことから、インターネットを通じた勧誘に含まれるものとして、訪問販売や電話勧誘販売と同様に行政規制を設けるとともに、消費者によるクーリング・オフや取消権を認める制度を導入すべきである。

    ⑵ インターネットを通じた通信販売による継続的契約の中途解約権の導入

    ① 現在の規制
     継続的契約の解約については、民法上明確な規定はない。また、特定商取引法においては、特定継続的役務提供契約については中途解約の規定があるが、特定継続的役務提供の指定役務に該当しない役務についての継続的契約の中途解約を認める規定はない。

    ② 問題点
     通信販売により継続的な役務提供契約を締結する場合、役務の内容を把握しづらく、消費者が契約内容を十分に理解しないままに契約を締結してしまうことも少なくない(例えば、SNSで知り合った人から「毎月2万円でオンラインサロンに入会すれば資産形成の勉強ができ、毎月の支払いは在宅で稼げる」と勧誘されて入会したが、全く儲からないため解約を申し出たところ、「1年契約なので途中解約はできない」と言われたという事例がある(国民生活センター「オンラインサロンでのもうけ話に注意」2021年9月22日公表)。また、契約締結後に、想定していた契約内容と異なっている、消費者側の事情が変わるなどのため、解約が必要となるケースもある。
     ところが、継続的契約の場合、一度締結すると容易に解約することができないケースや、解約することができるとしても高額な違約金を請求されるといったケースがある。

    ③ 導入すべき規制等
     インターネットを通じた通信販売による継続的契約については、特定継続的役務提供と同様に中途解約権(事由を問わず将来に向かって契約を解消すること)を認めるとともに、その場合に消費者が負担する損害賠償額及び違約金の上限を定めるべきである。

    ⑶ インターネット通信販売における解約・返品の受付に関する義務の導入

    ① 現在の規制
     現在、インターネット通信販売における解約・返品の受付方法や、解約・返品に関する事業者の受付体制整備義務について特段の規制はない。

    ② 問題点
     インターネットを通じた通信販売に関するトラブルにおいて、ウェブサイト上で購入の申込みを受け付けている事業者がウェブサイト上での解約を受け付けていないケースや、解約の受付に際して申込み時に提供した情報に加えて個人情報に関する証明資料等を要求し、そのため事実上、解約が困難になっているケースがある。近年増加しているサブスクリプション契約(サブスクリプションとは、「定期購読、継続購入」を意味し、商品等を所有するのではなく、一定期間利用する権利に対して料金を支払うビジネスモデルのこと)でも解約方法が分からない等のトラブルが発生している。また、「電話による解約のみ受け付ける」旨を表示している事業者に対し、何度架電しても電話がつながらず、その間に解約申出可能期間が経過してしまったことを理由に解約・返品を拒まれるといったケースも見られる。

    ③ 導入すべき規制等
     インターネット通信販売による契約の申込みを受け付ける事業者が解約・返品特約を定める場合はもちろんのこと、このような特約がなく、消費者が特定商取引法の規定に基づいて解約しようとする場合にも、契約申込みと同様にインターネット上の手続により解約・返品を受け付けることを事業者に義務付けるべきである。
     また、解約・返品の受付に際し、消費者が契約申込時に事業者に提供した情報に追加して個人情報の証明資料を要求することを禁止すべきである。
     さらに、消費者からの解約・返品の申出に対して迅速かつ適切に対応する体制の整備義務を設けるべきである。そして、事業者が電話による解約・返品の申出を認める場合に、消費者が解約可能期間内に架電したにもかかわらず電話がつながらなかったことによって解約・返品の意思表示ができないまま同期間を経過したときは、事業者が「正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたとき」(民法第97条第2項)に当たるものとして、同期間内に解約・返品の申出があったものとみなすことを確認する規定を設けるべきである。

    ⑷ インターネットの広告画面に関する規制の強化

    ① 現在の規制
     定期購入契約には、(ア)複数回の商品引渡しと代金支払を一つの契約で定めるケースと、(イ)一つの契約で1回の商品引渡しと代金支払を定めるが、中止の申出がない限り2回目以降の契約申込みがあったものとみなすケースなどがある。
     この点、2021年の特定商取引法改正により、通信販売をする場合の広告の表示項目が追加される(第11条第4号:「商品若しくは特定権利の売買契約又は役務提供契約に係る申込みの期間に関する定めがあるときは、その旨及びその内容」)、法定返品権と異なる返品特約の表示すべき内容が追加される(第11条第5号、同法施行規則第8条第7号「商品若しくは特定権利の売買契約又は役務提供契約を二回以上継続して締結する必要があるときは、その旨及び金額、契約期間その他の販売条件又は提供条件」等)などしたが、通信販売をする場合の広告画面に関し、申込段階について新設された規制(第12条の6:事業者が設定した申込画面による申込み(特定申込み)を受ける場合の表示義務、第15条の4:特定申込みの意思表示の取消し)のような規定は設けられなかった。

    ② 問題点
     定期購入契約のトラブルが発生しているインターネットの広告画面の中には、消費者の誤認を招く不公正な表示がなされているケースが少なくないが、特定商取引法第11条の広告表示義務の規定では、所要事項が広告のどこかに表示されていれば、それ自体に「著しく虚偽」又は「誇大な表示」がない限り、表示義務に違反していないと解される可能性がある。
     また、定期購入契約の広告画面には、初回無料等の有利条件が強調される一方、定期購入契約であること、2回目以降の代金が高額であること、複数回購入をしない場合には高額の正規料金が発生することなどの不利益条件が離れた場所に小さく表示されていたり、その他の説明事項に埋没していたりするなど、消費者が不利益条件を容易に認識できない表示となっているものが多い。「初回無料」、「お試し」等、定期購入契約と矛盾しかねない文言が同時に使用されることで、あたかも2回目以降の購入が不要な場合は容易にこれを拒むことができるかのような誤った情報を与えるものもある。
     また、特定商取引法第12条の誇大広告等の禁止に該当するための要件は、「著しく事実に相違する表示をし、又は実際のものよりも著しく優良であり、若しくは有利であると人を誤認させるような表示」と曖昧さがあるため、定期購入契約において脱法を狙う事業者の行為を規制しきれていない。さらに、健康食品や化粧品についての定期購入契約では、商品の品質・効能等につき誤認させるような広告によってトラブルが多発しているが、同条の規定では優良誤認該当性の要件が抽象的かつ不明確であり、規制として不十分である。

    ③ 導入すべき規制等
     インターネットの広告画面について契約内容の有利条件と不利益条件、商品・役務等の品質・効能等が優良であることを強調する表示とその意味内容を限定する打消し表示を、それぞれ分離せず一体的に記載するルールを設けるべきである。その上で、それに反する表示を特定商取引法第14条第1項第2号の指示対象行為(顧客の意に反して契約の申込みをさせようとする行為)に加えるとともに、禁止される表示例をガイドライン等で明確化すべきである。
     また、そもそも商品及び役務について自主的かつ合理的な選択の機会が確保されることは、消費者の権利である(消費者基本法第2条第1項)。その権利実現のためには、商品・役務等について事業者が網羅的で正確かつ分かりやすい広告表示を行うこと(広告表示における透明性の確保)を法令等で義務付けるべきである。

    ⑸ 広告等の規制に違反する表示を中止した場合の行政処分に関する規定の整備
     通信販売をする事業者が誇大広告等の禁止に違反した場合や、特定申込みを受ける場合の申込画面における人を誤認させるような表示の禁止(特定商取引法第12条の6第2項)等に違反した場合は、主務大臣による行政処分を行うことができるものとされている。
     この行政処分の要件は、「通信販売に係る取引の公正及び購入者又は役務の提供を受ける者の利益が害されるおそれがあると認めるとき」など(特定商取引法第14条第1項柱書、第15条第1項柱書)であるところ、事業者は、インターネットの広告や特定申込みを受ける画面の表示の中止・削除を容易に行い、前記「利益が害されるおそれ」が消滅したと反論することがある。また、いつでも再表示が可能であるから、表示を一時的に中止した場合に行政処分ができないとすれば不当な広告表示等を抑止して消費者の利益を保護しようとする趣旨が没却される。
     そこで、通信販売をする事業者がインターネットの広告や特定申込みを受ける画面について規制に違反する表示を中止した場合でも行政処分が可能であることを法令上明確にすべきである(不当な表示等に関する行政処分を定めた景品表示法第7条第1項第2文は、「その命令は、当該違反行為が既になくなっている場合においても…することができる」と規定して、対象事業者が禁止行為を中止した場合であっても処分が可能であることを明確にしており、特定商取引法においても同様にする必要がある。)。

    ⑹ インターネットの広告画面、申込画面等の保存・開示・提供義務の導入
     現行の特定商取引法には、通信販売をする事業者による広告画面、申込画面、広告・勧誘動画の保存・開示・提供義務を定めた規定はない。
     インターネットを通じた通信販売における定期購入契約のトラブルにおいては、購入者が事業者に対し、一定期間の定期購入契約であることなどの契約条件が広告画面及び申込画面に適切に表示されていなかった旨を申し出ても、事業者側から適切に表示していた旨の反論がなされることがある。実際、紙の広告等とは異なり、インターネットの広告画面や申込画面は変更又は削除が極めて容易であるため、トラブルになった時点では当該購入者の申込み当時のものから変更されている場合も多い。また、近時は、動画を用いた副業・儲け話などの広告・勧誘がインターネット上で行われるケースも少なくない。
     一方で、消費者が広告画面、申込画面、広告・勧誘動画を保存していることは多くない。
     このような状況で、契約申込みに至る過程で閲覧した広告画面や申込みをした際の申込画面、広告・勧誘動画の内容を確認できなければ、購入者が取消権等を行使することは困難であるため、インターネットを通じた通信販売業者を行う事業者に対し、広告画面、申込画面、広告・勧誘動画の保存・開示・提供を義務付けるべきである。かかる義務を設けても、事業者にとってはこれらの保存・開示・提供は容易であり、過度な負担にはならない。
     また、購入者がアフィリエイト広告等、通信販売を行う事業者から委託を受けた者による広告や動画を見て購入に至る場合も多いため、アフィリエイト広告等の画面・動画についても、保存・開示・提供義務の対象とすべきである。

    ⑺ 通信販売を行う事業者、勧誘者等を特定する情報の開示請求権の導入
     販売業者又は役務提供事業者は、通信販売をする場合の商品若しくは特定権利の販売条件又は役務の提供条件について広告をするときは、特定商取引法及び主務省令で定めるところにより、当該広告に、「商品若しくは特定権利の売買契約又は役務提供契約の申込みの撤回又は解除に関する事項」の表示とともに、「販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、住所及び電話番号」及び「販売業者又は役務提供事業者が法人であって、電子情報処理組織を使用する方法により広告をする場合には、当該販売業者又は役務提供事業者の代表者又は通信販売に関する業務の責任者の氏名」の表示が義務付けられている(特定商取引法第11条第5号、同法施行規則第8条第1号及び第2号)。
     そして、消費者が既払金の返還や損害賠償などを求めて民事訴訟を提起するためには、訴状に「当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所」を記載しなければならない(民事訴訟法第133条、民事訴訟規則第2条第1項第1号)。
     しかしながら、特定商取引法第11条の表示義務は、通信販売をする場合の「広告をするとき」に限られているため、個別の勧誘時に販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、住所及び電話番号の表示義務が及ぶかどうかは条文上明らかでない。また、同条違反の場合の指示及び業務停止命令(特定商取引法第14条柱書、第15条第1項)の対象は販売業者又は役務提供事業者に限られており、広告又は勧誘を行った者が販売業者又は役務提供事業者から独立している場合、その対象にならない。
     また、プロバイダ責任制限法は、発信者情報開示の対象となる権利侵害行為を「特定電気通信」(同法第2条第1号)、すなわち「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」自体によるものに限定しており、詐欺的な広告、勧誘を経た通信販売による財産的被害には用いることができないため、結果的に、販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、住所及び電話番号を特定できないことがほとんどである。
     そこで、特定商取引法第11条第5号及び同法施行規則第8条第1号又は第2号の表示義務を満たさない通信販売に関する広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーマーその他の関係者に対して、相手方事業者、勧誘者等を特定する情報の開示を請求できる制度を新設するべきである。その場合、広告又は勧誘を行った者が販売業者又は役務提供事業者から独立していたり、実質的には一体であっても被害者からは立証が困難であったりすることに鑑みれば、開示対象は相手方事業者に限らず、広告又は勧誘に関与した者全てを開示の対象にするべきである。

    ⑻ 適格消費者団体の差止請求権の拡充
     前記⑴ないし⑷の各規制についての実効性を担保するために、適格消費者団体による差止請求権の対象に、前記⑴において提案するクーリング・オフや取消権の対象となる行為、同⑵において提案する中途解約権を制限する特約や妨害行為、同⑶において提案する解約・返品の受付に関する義務に違反する行為、同⑷において提案する広告規制に違反する行為を追加すべきである。
     また、事業者が違反行為を中止した場合であっても、同種行為の再開のおそれがあるときは、行政処分に関する前記⑸の提案と同様に、適格消費者団体の差止請求が可能であることを法文上に明示すべきである。

  4.  連鎖販売取引等について

    ⑴ トラブルの現状と若年者保護の必要性
     全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)におけるマルチ取引に関する消費生活相談の件数は、毎年ほぼ1万件前後が続いており、2020年度の相談件数1万171件のうち、20歳未満及び20歳代の相談件数が4996件と全体の49%を占めるなど、近年では、若者がトラブルに遭う割合が増加している。
     この点、当会は、2021年1月15日付け「連鎖販売取引における若年者等の被害を防止するための規制強化を求める意見書」(以下「2021年当会意見書」という。)において、①22歳以下の者との間で連鎖販売取引を行うことを禁止し、これに違反した場合は、行政処分の対象とするとともに、2022年4月1日の成年年齢引下げ後は18歳から22歳までの加入者が当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすること、②金融商品まがいの取引、商品預託取引、投資用DVD・ソフト、仮想通貨投資等の利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引を行うことを禁止し、これに違反した場合は、行政処分の対象とするとともに、加入者が当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすること、③特定負担の支払方法につき借入金、クレジット等の与信(返済までの期間が2か月を超えない場合を含む。)を利用する連鎖販売取引の勧誘を行うことを禁止すること等を提言しており、これらの施策は早急に実現する必要がある。
     加えて、近時のマルチ取引におけるトラブル・被害の実状に鑑み、特定商取引法の改正により、次のような措置を講じるべきである。

    ⑵ 連鎖販売業に対する開業規制の導入
     近時は、健康食品、化粧品、日用品等といった消耗品の販売よりも、各種の投資取引、アフィリエイト等の副業、暗号資産(仮想通貨)など利益収受型の商品や役務等を対象に販売を拡大する手法としてマルチ取引を用いる、いわゆる「モノなしマルチ商法」のトラブルが増加している。勧誘方法も、特に若者を対象に、インターネット等を利用してメール、SNS(コミュニケーションアプリ、マッチングアプリ)等によるものが増加しており、組織の実態、中心人物の特定やその連絡先を知ることができず、自分を勧誘した相手方の素性も分からないなど、被害の回復が困難なケースが増えている。
     また、従前から、金融商品取引業に該当する行為を無登録で行うなど金融商品取引法に違反するものや、実態が無限連鎖講の防止に関する法律(以下「無限連鎖講防止法」という。)に違反する金品配当組織であるようなものが、連鎖販売取引の手法を用いて被害を拡大させるケースが繰り返されている。
     そして、連鎖販売取引においては、単なる商品販売や役務提供とは異なり、特定利益の収受を目的として、一定期間にわたり取引を続けることが想定される。したがって、これを行う事業者には、組織、責任者、連絡先等を明確化し、取扱商品・役務の内容・価額、特定利益の仕組み、収支・資産の適正管理体制、トラブルが生じた場合の苦情処理体制や責任負担体制の明確化が求められるものというべきである。
     そこで、連鎖販売業は、行おうとする連鎖販売取引の適法性、適正性等を行政庁が事前に審査する手続を経た場合にのみ営むことができるものとする開業規制を導入するべきである(預託等取引に関する法律第9条及び第14条は、販売預託取引について、商品の種類ごとに内閣総理大臣(消費者庁長官)の事前の確認を受けた場合に限り広告・勧誘ができ、契約ごとに事前の確認を受けた場合に限り締結することができるものとする。)。こうした開業規制の導入に対しては、行政コストが増える、お墨付きを与えるなどの消極論もあり得るが、1976年に旧訪問販売等に関する法律が制定されて以来、約45年にわたって連鎖販売取引が規制されてきたものの、誰でも自由に開業できることから問題のある取引が蔓延し続けており、もはや開業規制を導入しなければ消費者被害を十分に防ぐことはできない状況である。
     連鎖販売業に開業規制を導入する際の法制度としては、登録制、事前確認制度等が考えられ、統括者(特定商取引法第33条第2項参照)がその連鎖販売業について申請する義務を負い、その審査・登録等に関する事務は国が担うものとした上で、次のような事由があるときは登録等を拒否することにより、連鎖販売取引の適法性・適正性が確保されるような仕組みにする必要がある。

    ① 取引が違法であるおそれがあるとき
     例えば、集団投資スキーム等の金融商品取引業に該当する行為を無登録で行うといった金融商品取引法違反のおそれ、商品・役務等の価値に比してその対価が著しく高額であり実質的に無限連鎖講に該当すると評価されるといった無限連鎖講防止法違反のおそれ(ベルギーダイヤモンド事件の大阪高裁平成5年6月29日判決・判例時報1475号77頁参照)、正常な商慣習に照らして不当な利益をもって競争者の顧客を自己と取引するように誘引するといった私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律により禁止される不公正な取引方法に当たるおそれ(ホリディ・マジック株式会社に対する件の公正取引委員会昭和50年6月13日勧告審決参照)等が考えられる。

    ② 取引が適正に行われないおそれがあるとき
     例えば、利益収受型の商品・役務等を対象とする連鎖販売取引は、親しい人間関係を利用する、あるいはそうした関係を構築するなどして、新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという取引の仕組みである一方で、情報商材など販売対象の商品・役務等がそれ自体も利益を得られるものであるとして勧誘することにより、販売システムと販売対象物による二重の利益が収受し得るかのような勧誘行為が行われる。その結果、そもそも適正なリスク告知がなされることが想定困難であり、構造的に誤認を招くおそれが大きいため、取引が適正に行われないおそれがあるというべきである。また、勧誘者等に対する監督、財産の管理、顧客からの苦情処理等の体制が不十分であるといったことも、取引が適正に行われないおそれがあるときに該当する場合があると考えられる。
     そして、この開業規制に違反して連鎖販売業を行った者は、刑事罰の対象とするとともに、当該取引の相手方は契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。

    ⑶ 後出し型連鎖販売取引の適用対象への追加
     近時、商品販売等の契約を締結した後に、新規加入者を獲得することによって利益が得られる旨を告げてマルチ取引に誘い込む事例、つまり利益の収受に関する説明を後出しするマルチ取引(以下「後出しマルチ」という。)のトラブルが増えている。
     特定商取引法第33条第1項では特定利益を収受し得ることをもって誘引し、特定負担を伴う取引をすることが連鎖販売取引の要件とされているところ、後出しマルチを展開する事業者は、特定負担を伴う契約の締結時に特定利益を収受し得ることをもって誘引していないから特定商取引法の適用はないと主張し、クーリング・オフによる解約に応じない、そもそも概要書面(特定商取引法第37条第1項参照)や契約書面(同条第2項参照)といった法定書面の交付をしないといったケースも少なくない。
     こうした脱法的な後出しマルチは、大学生などの若者がターゲットにされ、投資に関する情報商材やセミナー、自動売買ソフト、副業のコンサルタント・サポートなどの利益収受型の商品販売又は役務提供の契約が先行してなされるものが多い。容易に利益が得られるかのような誘引行為により、借入れをしてまで契約の締結に至ったものの、勧誘時の説明と異なって利益が得られない事態となった場面で、他の者を勧誘して契約を獲得すれば特定利益が得られるという話しを持ち出すことにより、借入金の返済に窮した契約者が自らも勧誘員として新規契約者の勧誘に走るという構造にある。そして、後出しマルチの手法により勧誘員となった者は、販売対象の利益収受型商品・役務の内容やそれを用いた投資などに関する十分な知識を有している訳でもなく、むしろそれらが先行する契約の際に説明されたとおりのものではないことを認識した上で他の者を勧誘していることも多いと考えられ、新規契約者の獲得によって得られる利益を目的とした不当勧誘が繰り返されていくことにつながっている。
     そこで、後出しマルチにも現行法の規制が及ぶことを明確化するため、連鎖販売取引の定義規定(特定商取引法第33条第1項)を改正して、特定利益を収受し得る契約条件と特定負担を伴う契約を組み合わせた仕組みを設定している事業者が、連鎖販売取引に加入させることを目的としながら、特定負担に係る契約を締結する際には特定利益の収受に関する契約条件の存在を説明せず、特定負担に係る契約を締結した後に特定利益を収受し得る取引に誘引する場合を連鎖販売取引の拡張類型として条文上に規定すべきである。

    ⑷ 不適合者に対する紹介利益提供の勧誘等の禁止
     特定利益を収受し得ることをもって誘引する連鎖販売取引を、社会経験不十分な22歳以下の若年者との間で行うこと、投資等の利益収受型取引を対象商品・役務として行うこと及び借入金、クレジット等の与信を利用して行うように勧誘することについて、いずれも適合性に反する取引として禁止すべきであることは、2021年当会意見書において既に提言したところである。
     さらに、商品や役務等の対価の負担を伴う契約を締結した相手方が前述のような連鎖販売取引の適合性を欠く者である場合、事後的にその者を新規契約者の獲得により紹介利益を収受し得る取引に誘い込むことを許容すべきではないから、以下に掲げる契約類型においては、商品・役務等の対価を伴う契約が締結された時点で事業者側が特定利益収受の仕組みや連鎖販売取引に加入させる目的を有しているか否か(連鎖販売取引の拡張類型に該当するか否か)にかかわらず、当該契約の相手方との間において、新規契約者を獲得することにより紹介利益が得られることを内容とする契約の勧誘や締結を禁止すべきである。

    ① 先行する契約の相手方が22歳以下の者である場合
     22歳以下の者は、たとえ成人であっても、学生である、就労の年数が浅いなど社会的経験が乏しいことが多く、かかる者との間のマルチ取引はその知識、経験及び財産の状況に照らして不適当であるから、紹介利益提供の勧誘等は禁止すべきである。

    ② 先行する契約の相手方が投資等の利益収受型取引をした者である場合
     利益収受型取引の相手方に対して後出しで紹介利益の収受を勧誘することは、構造的に不適正な勧誘が繰り返されていくことにつながるおそれが大きいことから、かかる者に対する紹介利益提供の勧誘等は禁止すべきである。

    ③ 先行する契約の相手方が当該契約の対価にかかる債務(その支払のための借入金、クレジット等の債務を含む)を負担している者である場合
     先行する商品販売等の契約に基づく債務を負担している者は、その支払を行わなければならない状況にあるため、不実告知や断定的判断の提供、強引な勧誘等の不適正な販売方法につながるおそれが大きいことから、かかる者に対する紹介利益提供の勧誘等は禁止するべきである。

    ⑸ 連鎖販売取引における特定利益の計算方法等の説明義務の新設
     連鎖販売取引は、これに加入することで当該加入者及び他の構成員の販売活動により利益を得ることを目的とした投資取引の一種であると考えることができる。また、新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという特性から、「必ず儲かる」等の不実告知や断定的判断の提供といった不当な勧誘が行われやすく、誤認による契約がなされるおそれがある。
     そこで、特定負担についての契約を締結しようとする連鎖販売取引を行う者には、その相手方に対し、①収受し得る特定利益の計算方法、②特定利益の全部又は一部が支払われないことになる場合があるときはその条件、③最近3事業年度において加入者が収受した特定利益(年収)の平均額、④連鎖販売取引を行う者その他の者の業務又は財産状況や特定利益の支払の条件が満たされない場合等により、特定負担の額を超える特定利益を得られないおそれがある旨の説明を義務付けるべきである。さらに、上記①ないし④は、概要書面及び契約書面にも記載しなければならないものとするべきである。

    ⑹ 連鎖販売取引における業務・財務等の情報開示義務の新設
     前記⑸と同様の理由から、①統括者がその連鎖販売業を開始した年月、②直近3事業年度における契約者数・解除者数・各事業年度末の加入者の数、③直近3事業年度における連鎖販売取引についての商品等の種類ごとの契約の件数・数量・金額、又は役務の種類ごとの件数・金額、④直近3事業年度において加入者が収受した特定利益(年収)の平均金額を概要書面及び契約書面に記載しなければならないものとするとともに、統括者には、これらの事項並びにその連鎖販売業に係る直近の事業年度における業務及び財産の状況を加入者に開示することを義務付けるべきである。

以上

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