刑事訴訟法の再審法規定の改正を求める決議
決 議 の 趣 旨
当会は、現在の再審制度の問題点を踏まえ、国に対し、少なくとも以下のとおり、刑事訴訟法の一部を早急に改正することを求める。
1 再審請求手続における全面的証拠開示を制度化すること
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すること
提 案 の 理 由
第1 はじめに
1948年に制定された現行の刑事訴訟法は、刑事事件における人権の保障と公正な裁判を受ける権利について規定した日本国憲法の制定に伴い、通常審については、職権主義的訴訟構造を基調とする旧刑事訴訟法からの全面的な改正が行われた。
他方、第四編「再審」(以下、再審法という。)については、日本国憲法39条で二重の危険の禁止が規定されたことを受け、不利益再審に関する規定を削除して利益再審のみを認め、再審がえん罪被害者を救済するための制度であることを明確にしたほかは、一切の改正がなされず、今日に至っている。
そのため、再審については、職権主義的訴訟構造を基調とする戦前の旧刑事訴訟法の規定がそのまま引き継がれる形となり、えん罪被害者の実質的な救済が保障されているとは言い難い状況にある。
とりわけ、証拠開示に関する規定が全くないことと検察官による不服申立てが禁止されていないことが、再審制度を機能不全に陥らせている主たる要因といえることから、これらを解消するための再審法の改正は、喫緊の課題である。
第2 全面的証拠開示制度が必要であること
- 現行の刑事訴訟法の再審に関する規定は、わずか19か条(435条~4 53条)であり、証拠開示に関する規定が存在しない。
通常審における証拠開示については、2004年に類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化され、さらに2016年には証拠一覧表の交付制度が新設されるなど、証拠開示の制度化が進められている。
これに対し、再審請求手続における証拠開示については、法に規定が全くないことから、証拠開示に関する基準や手続が明確ではなく、それぞれの裁判体の広範な裁量に基づく訴訟指揮に委ねられてしまっている。
2016年の刑事訴訟法改正の際には、その改正附則9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠開示…について検討を行うものとする。」として先送りとなり、7年が経過した現時点でも、この点に関する法改正の目処は全く立っていない。 - 証拠開示に関する規定が全くなく、それぞれの裁判体の広範な裁量に基づく訴訟指揮に委ねられている結果、実際の事案においても、証拠開示に関して全く判断を示さない裁判体がある一方で、証拠リスト作成・開示要請や証拠開示勧告を行う裁判体があるほか、さらに踏み込んで証拠開示命令まで行う裁判体もある。審理の適正性が制度的に担保されていないばかりか、係属する裁判体による差があまりにも大きく、公平性を欠く結果になっている。
- 大崎事件では、第二次再審請求において、即時抗告審の裁判体が検察庁に対し書面で証拠開示勧告を行ったことで、多数の証拠が開示された。
また、袴田事件においても、裁判体の積極的な訴訟指揮によって、5点の衣類を含む600点もの証拠開示がなされたことで、再審の重い扉が漸く開かれた。
仮に、両事件において、証拠開示に関する積極的な訴訟指揮を行わない裁判体であったとすれば、再審開始決定に至らなかった可能性が高い。 - このように、近年、再審開始決定が得られた事案において、再審請求手続のなかで新たに開示された証拠が再審開始の判断に決定的とも言うべき影響を及ぼしていることからも明らかなとおり、再審請求手続における証拠開示は、えん罪被害者救済の要である。
そのため、再審請求手続における全面的証拠開示を制度化する法改正を速やかに行う必要がある。 - 再審開始決定という、再審の重い扉が漸く開かれたとしても、検察官による不服申立てが禁止されていないことから、えん罪被害者の速やかな救済が大きく妨げられている。
実際、袴田事件では、2014年3月、第二次再審請求で再審開始決定がなされたが、検察官の不服申立てを受けた即時抗告審で取り消され、その後、弁護側の特別抗告を受けた最高裁が高裁に差し戻し、本年3月、差戻しの即時抗告審で再審開始決定が維持され、確定するまで9年以上が経過した。元被告人の袴田巌さんは既に87歳になっている。
大崎事件では、2002年3月、第一次再審請求で再審開始決定がなされたが、即時抗告審で覆されたほか、2017年6月の第三次再審請求で再び再審開始決定がなされ、即時抗告審でも維持されたにもかかわらず、特別抗告審(最高裁)がこれを覆している。これまでに3度も再審開始決定が出ているのに、検察官の不服申立てによって再審公判に進むことが妨げられており、最初の再審開始決定から21年が経過した現在、請求人の原口あや子さんは、既に95歳になっている。 - そもそも、再審請求手続と再審公判の2つから成っている再審において、再審請求手続は、再審公判を開始するかどうかを決するためだけの中間的な位置付けにすぎない。
不利益再審の規定を削除した現行の刑事訴訟法において、再審は、えん罪被害者救済のためだけの制度であることが明確になっている。再審開始決定は、裁判所が確定判決の有罪認定に対して合理的な疑いが生じたと判断したのであるから、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認める必要などない。検察官は、再審開始決定が確定した後に開かれる再審公判において、通常審と同様に、公開の法廷において有罪の主張・立証を行えば足りるはずである。
なお、現行の再審法の原型となったドイツ刑事訴訟法では、1964年に、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが禁止される法改正がなされている。 - 再審開始決定に対する検察官による不服申立ては、えん罪被害者の耐え難い苦しみをさらに長期化させ、より甚大な人権侵害を引き起こしている。
えん罪被害者の速やかな救済のためにも、検察官による不服申立てを禁止する法改正を早急に行わなければならない。
第3 検察官による不服申立ての禁止
第4 最後に
日本国憲法は、個人の尊重を最高の価値として掲げている(憲法13条)。しかし、70年以上もの間、再審法はほぼ手付かずの状態のまま改正が先送りとなり、えん罪被害者とその家族や遺族は、今も耐え難い苦しみを味わい続けている。えん罪被害者の救済に一刻の猶予もない。
国は、速やかに刑事訴訟法の再審法規定を改正するべきである。
以 上
2023年(令和5年)5月30日
札幌弁護士会