大崎事件第4次再審請求の即時抗告棄却決定に抗議する会長声明
- 福岡高等裁判所宮崎支部(矢数昌雄裁判長)は、2023年(令和5年)6月5日、大崎事件第4次再審請求事件につき、請求人の即時抗告を棄却し、鹿児島地方裁判所の再審請求棄却決定を維持する決定(以下「本決定」という。)をした。本決定は、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則を無視した不当決定であり、到底容認できない。
- 大崎事件は、1979年(昭和54年)10月12日に鹿児島県大崎町で、原口アヤ子氏(以下「アヤ子氏」という。)が、アヤ子氏の元夫、義弟を含めた3名で共謀のうえ、別の義弟(末弟)を殺害し、さらに1名が加わって、合計4名で末弟の遺体をその自宅横の牛小屋の堆肥に埋めた、殺人・死体遺棄事件とされている。
アヤ子氏は、逮捕時から一貫して犯行への関与を否認していたが、1980年(昭和55年)3月31日、鹿児島地方裁判所は、懲役10年の有罪判決を言い渡し、その後、控訴、上告、異議申立てが棄却されて有罪判決が確定した。
アヤ子氏は、1990年(平成2年)7月17日に満期出所している。現在96歳である。 - 第1次再審請求審において、2002年(平成14年)3月26日、鹿児島地方裁判所は再審開始を決定したが、即時抗告審である福岡高等裁判所宮崎支部は同決定を取り消した。
第3次再審請求審でも、2017年(平成29年)6月28日、鹿児島地方裁判所は重ねて再審開始を決定し、2018年(平成30年)3月12日、福岡高等裁判所宮崎支部も検察官の即時抗告を棄却して再審開始の結論を維持した。ところが、最高裁判所第一小法廷は、2019年(令和元年)6月25日、検察官の特別抗告には理由がないとしながら、請求審決定、即時抗告審決定を取り消し、高等裁判所に差し戻すことなく再審請求を棄却した(自判)。
3度も再審開始決定が出ているにもかかわらず、未だ再審公判に至っていないのは、大崎事件だけである。 - 第4次再審請求において、請求人及び弁護団は、死因(事故死)と死亡時刻を明らかにするための救急救命医による医学鑑定書などを新証拠として提出した。
しかし、鹿児島地方裁判所の原決定に続き本決定も、鑑定書に一定の証明力は認めつつも、鑑定書が解剖時の写真から得た限定的な情報から推論を重ねて断定的な結論を導いている点等に関し、推論の妥当性に疑問があるとして刑訴法435条6号の明白性を認めなかった。
再審手続は、確定判決に対する最後のえん罪救済の手段である。この点、最高裁判所は、いわゆる白鳥・財田川決定において、新証拠が、その関連する旧証拠の証明力の判断に影響を及ぼすと認められれば、旧証拠の証明力を直ちに減殺しない場合であっても、新旧全証拠の総合評価によって、確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じるかどうかを判断しなくてはならないとし、えん罪救済のための再審手続開始の基準を示したが、本決定は、かかる最高裁判所の判例に抵触するものとの批判を免れない。
翻って、本件は、確定判決の有罪認定に対し、既に3度もの再審開始決定が出ており、各開始決定において、確定審の脆弱な証拠構造に対する疑問が示されている。犯行を自白したとされる3名は、知的障害のある、いわゆる「供述弱者」であり、厳しい取調べの結果自白したことが明らかとなったほか、司法解剖を担当した医師は、被害者が転落事故に遭っていたことを知らされていなかったことから、後に法廷にて、自らの鑑定書を訂正し、新たな鑑定書(弁護側の新証拠)を提出するなどしていた。
今回の新証拠も加えて新旧全証拠の総合評価を適切に行えば、脆弱な証拠による確定判決の有罪認定が維持できないほど揺らいだことは明らかであった。
しかし、原決定は、新旧全証拠の総合評価を適切に行わず、本決定もその判断を是認した。本決定は、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則を無視した不当決定であり、到底容認できない。 - 当会は、2023年(令和5年)5月30日に開催した定期総会において、「刑事訴訟法の再審法規定の改正を求める決議」を採択し、全面的証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止を中核とする、えん罪被害者の救済に資する再審法の速やかな改正を求めている。
えん罪被害者救済の道を再び閉ざした本決定に対し、強く抗議するとともに、えん罪被害者を一刻も早く救済するためにも、あらためて再審法の速やかな改正を求める次第である。
以上
2023(令和5)年6月29日
札幌弁護士会
会長 清水 智