国会議員の任期延長を可能とするための憲法改正に反対する会長声明
- 現在、衆議院憲法審査会では、緊急事態下における国会議員の任期延長について憲法改正の論議がなされている。昨年11月にはこれに賛成する自由民主党、日本維新の会、公明党、国民民主党、有志の会の5つの会派案の整理が行われた。それらの内容は概ね次のように集約できる。
すなわち、大規模自然災害事態、テロ・内乱事態、感染症のまん延事態又は国家有事・安全保障事態等が発生することにより、適正な選挙の実施が困難な場合、内閣が緊急事態宣言を発令し、国会の出席議員の3分の2以上が承認した場合には、国会議員の任期が70日~1年延長されるとともに(国政選挙も延期。衆議院解散後の場合は議員身分復活等。)、国会は即時召集、召集中の場合は閉会禁止となり、衆議院の解散禁止・内閣不信任決議案議決禁止の下で国会審議が行われることを可能とするもの(以下「本改憲案」という。)である。 - 当会はかつて、緊急事態条項(国家緊急権)を創設する改憲案に対し、これは権力の濫用を生む危険があり立憲主義体制を根底から覆すものであることから、2017年(平成29年)1月24日、「緊急事態条項(国家緊急権)を憲法上創設することに反対する会長声明」を発出した。
本改憲案についても同様に立憲主義の観点から問題があるため、当会はこれに反対する。 - そもそも憲法は、前文及び1条において主権が国民に存することを宣言し、国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに、43条1項において国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織するとし、また15条1項において国会議員を含む公務員の選定及び罷免を国民固有の権利と定めている。
このように選挙権が国民の国政への参加を保障するとともに国会議員の地位の正当性を根拠づける極めて重要な権利であることからすれば、その権利行使の制限は真にやむを得ない正当な理由が存する場合に限られなければならない。
この点、本改憲案は「適正な選挙」が実施できるかどうかも含め緊急事態宣言の発令の是非及びその終了時期の判断を実質的に内閣に委ねるものであるところ、議院内閣制のもとでは国会構成は与党が多数であることが通常であることからすると、この緊急事態宣言が時の政権与党の延命のために濫用的に利用されるおそれが否定できず、立憲主義の観点から重大な疑義があると言わざるを得ない。 - また、本改憲案はその根拠として国会の行政監視機能の維持が主張されているところ、先に述べたように議院内閣制の下では内閣と国会の多数派が一体であることが多いことから、国会による内閣(行政権)に対する行政監視機能は必ずしも十分とはいえない。
現状の議院内閣制においてそれでもなお国会による行政監視機能が実効的であるといえるのは、国会審議を経たうえで選挙が実施されることにより、時の政権与党が国民の審判を受けることを前提にしているからである。その選挙の実施を先送りにしてしまうことは、内閣の政策に対する有権者としての意思表示ができないことになるから、むしろ行政監視機能を弱める効果を生じることになる。 - 加えて、本改憲案は議員の任期延長をすべき場合として大規模自然災害事態、テロ・内乱事態、感染症のまん延事態又は国家有事・安全保障事態等を想定しているところ、憲法は衆議院が解散された状況下において「国に緊急の必要があるとき」に備え参議院の緊急集会についての定めを置いている(憲法54条2項但書)から、本改憲案が想定しているのは、参議院の緊急集会をもってしてもなお対処できないほどの事態であると考えられる。
しかしながら、これまで日本は数々の震災等の大災害に見舞われているものの、こうした大災害下にあっても国政選挙は支障なく実施され、あるいは事前に公職選挙法の改正等による立法的な対処がなされている。
現に熊本県益城町では2016年に震度7の大地震が連続して起こり、その後も震度6前後の地震が頻発するという状況でありながらも、その3か月後の第24回参議院議員通常選挙は実施された。また2011年の東日本大震災では東京電力福島第一原子力発電所の事故により広範囲に立入禁止区域が設定されたが、この場合も立法的に解決がなされている。
このようにこれまでの歴史に照らせば、大災害等の場合についても事前の立法的対応等により対処は可能であったのであり、これを大幅に超えて本改憲案を必要とするような極めて稀なケースが発生する蓋然性を示す立法事実は、およそ存しないと言わざるを得ない。 - そもそも、衆議院議員の任期は4年(憲法45条)、参議院議員の任期は6年(憲法46条)であるところ、議員の任期延長は、緊急事態宣言を発出するほどの極めて重大な局面における政策決定を4年前あるいは6年前の民意に委ね続けざるを得ないということを意味する。
緊急事態下であればこそなおのこと、そうした状況における政策決定をそのときの民意に従って行うために、国政選挙の実施は何よりも重要なこととなるのである。 - さらにいえば、本改憲案は議員任期延長の必要性として国会による行政監視機能の維持を掲げているものの、他方で、2017年以降4度にわたって憲法53条に基づく臨時国会の召集要求に内閣が応じないという憲法違反の国会運営は今もなお放置されたままである。
このような既に現実化している行政監視機能低下への対応が何ら検討されていないにもかかわらず、戦後一度も発生していないほどの極めて稀なケースを想定しての改憲論議が行政監視機能の維持を名目として進められていることには、全く説得力がないと言わざるを得ない。 - このように本改憲案は、立憲主義の観点から看過しがたい重大な問題点を抱えており、他方で同案が論拠とする行政監視機能の維持の点からもおよそ逆効果であって、加えてそのような制度をあえて導入すべき必要性も見出しがたいから、そのような改憲をすることについての正当な理由は全く認められない。
以上のとおりであるから、当会は、国会議員の任期延長を可能とするための憲法改正に反対する。
以上
2024年(令和6年)1月25日
札幌弁護士会会長 清水智