所持品検査に関する報告 ~札幌での開始から10年を経過して~
2024(令和6)年2月28日
札幌弁護士会
会長 清水 智
はじめに
札幌高等・地方裁判所庁舎(札幌市中央区大通西11丁目)では2013(平成25)年3月1日より所持品検査が始まりました。
今では多くの裁判所で所持品検査が行われていますが、当時、裁判所で所持品検査が行われていたのは東京高裁・地裁・家裁庁舎だけで他の裁判所では行われていませんでした。また、同じ札幌ではあるのに、札幌家庭裁判所・簡易裁判所庁舎(札幌市中央区大通西12丁目)では所持品検査は実施されておらず、今に至るまで所持品検査を実施するという動きはありません。
札幌高裁で所持品検査が実施されて以降、京都地裁、福岡高裁・地裁など全国の裁判所でも所持品検査を実施する庁舎が増えてきました。但し、すべての裁判所ではなく、本庁が中心です。
こうした所持品検査実施の流れをどのように考えたら良いのでしょうか。
もとより、裁判所を利用する方々の安全を確保することは大事なことです。特に裁判所は紛争を抱えた方々が利用したり、刑事裁判が行われる施設でもあることから、事件の相手方から危害を加えられたり、刑事被告人の関係者が何かするのではないか、そのような危惧感もあることでしょう。
そもそも、所持品検査が庁舎の出入り口で行われるようになったのは最近のことで、以前より個別の事件において法廷に入る際の所持品検査は実施されていました。事件の性質や当事者の属性などを踏まえ、法廷の入口で金属探知機による検査を実施してきたのです。
したがって、我々が提起する所持品検査実施の問題は、例えば暴力団事件などの個別の事件における危険性に対応したものではなく、入庁者全員に一律かつ網羅的に所持品検査を実施することの是非です。
所持品検査が札幌高裁・地裁庁舎で始まった経緯
札幌高裁は、所持品検査の導入・実施直前の2013年2月、札幌弁護士会に事前に通告をしてきました。1か月後には実施するというもので、弁護士会と協議を行うことは前提とせず、あくまで実施の通告に過ぎませんでした。
その通告内容は、概要、弁護士記章、事務職員の身分証明書、マスコミ関係者の身分証明書がある場合には所持品検査を受けることなく、庁舎内に入ることができるが、それ以外の者に対してはすべて所持品検査を実施するというものです。
実施当初行われていた所持品検査では、来庁者にバッグ等を開けさせ、中味を目視するという方法がとられており、かなりプライバシー権侵害の要素が強いものでした。
札幌高裁・地裁庁舎の場合には、入口に所持品検査についての「お願い」という掲示がされていますが、所持品検査を受けないと事実上入庁できません。裁判への出頭や傍聴等のために札幌高裁・地裁庁舎に入るには否が応でも所持品検査を受けざるを得ない状況が作られたのです。比較で言うと東京高裁・地裁庁舎は所持品検査を受けない者の入庁は禁止するとあり、極めて厳しい文言で記載されています。
この突然の実施通告に対し、弁護士会側からは、裁判所が、何故、所持品検査を実施するに至ったのか説明を求めましたが、具体的な実施の必要性の説明はありませんでした。「職員の安全」という抽象的な理由は述べられましたが、現実に「職員の安全」にかかわる事件が起きたのは、札幌高裁民事部の裁判官が刃物を持った男に襲われた事件(2005(平成17)年)です。しかし、当時ですら、その事件からかなりの時間が経過しており、直近での具体的な事件もなかったことに加え、家裁・簡裁庁舎では所持品検査が実施されないことから、単に職員、利用者の身の安全というだけでは実施理由としては不十分なものということは明らかでした。
次の図は、札幌高裁・地裁と札幌家裁・簡裁が全く別々の庁舎であることを示すものです。
【札幌地裁ホームページより】
来庁者のプライバシー侵害性が高く、反面、何のための所持品検査の実施なのか具体的必要性が乏しいということになれば、裁判所が裁判を行う機関であり、憲法上裁判の公開の原則が定められていることや、一般市民の利用を促進し、開かれた裁判所を実現するという弁護士会の立場としては、このような所持品検査の実施をそのまま是認することはできないということになります。
そのため札幌弁護士会は札幌高等裁判所に対して2013(平成25)年3月31日付文書により所持品検査の中止を申し入れました。
しかし、札幌高等裁判所が所持品検査の実施に踏み切ったことから札幌弁護士会は同年8月7日、中止を求める談話を公表するに至りました。
「談話」(当会ホームページご参照)
なお、札幌高裁は、所持品検査の方法を、バッグを開けさせて目視するというものから、X線を用いた検査に変更したことにより、プライバシー侵害性が低くなったと説明しています。
所持品検査が実施されてから1年後、札幌弁護士会では改めて、会長声明を発出しています。
「―所持品検査開始から1年を迎えて― 裁判所入庁者に対する所持品検査の中止を求める会長声明」(2014(平成26)年3月27日)
全国の裁判所での所持品検査実施状況
2013年時点では札幌高裁・地裁庁舎以外で所持品検査を実施しているのは東京高裁のみでした。
それが2018(平成30)年以降、あっという間に全国の裁判所で所持品検査が実施されるようになりました。
これまで各地の裁判所で実施された所持品検査の状況は次のとおりです。2018(平成30)年以降、全国に拡大しています。
福岡高裁 2015(平成27)年1月5日
(但し、家裁では実施せず)
福岡では特定危険指定暴力団工藤会の公判が予定されていることが理由とされる。
東京、札幌に続き3例目。
大阪高裁 2018(平成30)年1月9日
仙台高裁 2018(平成30)年1月15日
横浜地裁 2018(平成30)年3月1日
名古屋高裁 2018(平成30)年7月4日
神戸地裁 2018(平成30)年9月3日
京都地裁 2019(平成31)年4月1日
実際に裁判所で起きている事件
全国の裁判所で実際に事件は起きています。
以下の事件はインターネット等で検索したものであり、裁判所の公表資料によるものではありません。1番目と2番目の事件の期間が空いているのはそのためです。
1 | 2005(H17).9.13 | 札幌高裁 | 民事部の法廷で開廷直後に当事者が刃物をもって裁判長を襲った事件。裁判長は逃げて無事、裁判所職員によって取り押さえられた。 |
2 | 2013(H25).11.20 | 長野地裁 諏訪支部 |
当事者が法廷で包丁を取り出し、自分の腹を刺した。 |
3 | 2017(H29).2.13 | 大阪地裁 | 被告人の21歳の女性(在宅)が判決の日に刃渡り16cmの包丁を隠し持っていた。 |
4 | 2017(H29).6.16 | 仙台地裁 | 被告人(在宅)が判決朗読中に突然立ち上がり、ナイフを両手で振り回し、警察官の顔を切りつけた。 |
5 | 2017(H29).7.28 | 神戸地裁 | 20代女性が受付でナイフを取り出し、自分の首に向けた。 |
6 | 2018(H30).11.5 | 神戸地裁 姫路支部 |
子の引渡を巡る裁判で当事者がトラブルになったため、裁判官が当事者の男性を突き飛ばした。 |
7 | 2019(H31).3.20 | 東京家裁 | 離婚調停手続に訪れた妻が、家裁1階入口で待ち伏していた夫に刺殺された。 |
8 | 2019(R2).4.15 | 福岡地裁 | 80歳の男性が刃渡り20cmの包丁を持ち込み、職員に示して逮捕。金属探知機は通過していた。 |
9 | 2020(R2).6.15 | 福岡地裁 | 刃渡り9cmのナイフを持ち込もうとして22歳の男性が銃刀法違反で逮捕。 |
10 | 2021(R3).3.11 | 札幌家裁 | 裁判の関係者として出廷した男性が裁判所職員に対して「おまえ、さらうからな」と脅した疑いで逮捕。 |
11 | 2022(R4).4.21 | 神戸地裁 | 男性(64)が相手方弁護士と口論になり、自ら110番通報したが、リュックの中から包丁が発見され現行犯逮捕。 |
12 | 2022(R4).5.18 | 宮崎地裁 | 地裁駐車場で女性(45)が暴れているとして110番通報、バッグの中に包丁を持っていたため現行犯逮捕。 |
13 | 2022(R4).9.29 | 宇都宮地裁 大田原支部 |
刃渡り16cmの刃物をもった高齢の男性が暴れたため、銃刀法違反で逮捕。 |
14 | 2022(R4).11.9 | 札幌地裁 | 庁舎内玄関付近で男性が暴れ、制止しようとした職員を突き飛ばし転倒させた。 |
15 | 2022(R4).11.17 | 横浜地裁 | 1日に2人が刃物をもって来庁、1人は刃渡り10cmの包丁、カッターナイフを所持していたため現行犯逮捕。もう1人は妻から頼まれ包丁を研いでもらうために所持したまま入庁したとして口頭注意。 |
16 | 2022(R4).12.22 | 東京高裁 | 20代男性が金属探知機で刃物が見つかり現行犯逮捕された。 |
17 | 2023(R5).5.30 | 神戸地裁 | 71歳男性が刃渡り8.6cmのナイフをカバンの中に入れていることが発見され、110番通報された。 |
上記のとおり、実際に札幌地裁以外では所持品検査の結果、銃刀法違反で検挙された案件があり、重大な事件に至る前に防ぐことができたとも言える一方、所持品検査をかいくぐるなどして刃物を振り回した案件、出入り口で待ち伏せされた案件もあり、所持品検査では全ての事件を防げないということになります。
また、刃物を用いない暴行事案もあり、これは所持品検査では防げませんし、庁舎内でターゲットになっているのは裁判所職員がほとんどです。
札幌高裁庁舎では、このような所持品検査に基づく摘発事例は今のところ報道されていません。
実際に全く刃物などの所持事例がなかったのかについては疑問に思うところがあったため、札幌弁護士会では所持品検査の結果についても文書開示請求を行いました。
開示された文書は、ほぼすべてに渡ってマスキングが施され、内容が分かるものは1つもありませんでした。警備結果を開示すると警備業務に支障を来すというのがその理由です。そのため実際に銃刀法違反容疑に該当する事案があったかどうかの確認もできませんでした。
国家公務員が犯罪事実を発見した場合には通報する義務がありますが、そうした通報がないということは違反事例がなかったと考えざるを得ません。
その他、当会会員による経験事例として、依頼者(高齢の女性)とともに入庁した際、眉毛をカットするための小さなハサミ(化粧用具)を所持していたところ、持ち込みができないと指摘されたものがあります。
また別の案件では左の写真の「孫の手」ですが、当初、これも持ち込みができないと指摘されましたが、どう見ても凶器になり得るようなものではありませんし、銃刀法で禁止されている刃物類には該当しません。説明を求めた結果、「該当しない」ということになりましたが、これで持ち込み禁止なのかと面食らったのではないでしょうか。
結局、裁判所が「警備業務に支障を来す」として警備結果を開示しないため、凶器になり得るものの形状としてどのような長さ、大きさに至れば持ち込みを許さないのかという具体的な基準は分かりませんが、違法でないものについてまで持ち込みが制約されるのは過剰対応にも見えます。
他の行政機関やその他の所持品検査実施状況
国の機関が入った合同庁舎では所持品検査を行っているところが少なくありません。国会や議員会館では入口で所持品検査が実施されています。
東京高裁・地裁の裁判所では1995年7月から実施されています。これはオウムサリン事件をきっかけとした首都防衛という観点が加味されているものと思われます(但し、東京家裁・簡裁は2013(平成25)年10月からの実施になります)。
札幌でも裁判所の隣りにある第三合同庁舎(主な官庁:検察庁、防衛局、労働基準監督署、出入国管理局)では金属検査は行われています。
実際に事件報道があるのは地方自治体の役所です。地方自治体の役所には常に不特定多数の市民が出入りし、また役所の業務が市民の日常生活と密接な関係を有するためトラブルが起きやすい素地があるものと推察されますが、地方自治体の役所で所持品検査を行っているところは少なくとも北海道では見受けられません。
北海道庁の場合、1976(昭和51)年に起きた道庁爆破事件があり、そのため1階ロビーには手荷物を確認する場合があるということが掲示されていますが、現に所持品検査を入庁者全員に行ったりすることはありません。
自治体職員などを対象とした大きな事件では次のようなものがあります。
1 | 2013(H25).7.12 | 兵庫県宝塚市 | 納税のことで不満を持った男が相談窓口で火炎瓶を投げつけ、さらにガソリンを撒いて火を付けた。 |
2 | 2015(H27).11.30 | 東京都稲城市 | 男が原付バイクで市役所1階に突入し、油を撒いた。臨場した警察官に対しても刃物を振り回した。 |
3 | 2018(H28).3.14 | 石川県金沢市 | 男が刃物で職員4人に切りつけた。 |
これらの自治体での事件が起きた後の対策として、①防犯カメラの台数を増やす、②催涙スプレーの配備、③警察OBなどの嘱託職員の増員等が行われましたが、所持品検査の実施はありません。その理由は、入庁者の利便性を阻害しないとの配慮や入庁者の数が多いために現実に所持品検査を実施することが困難であること、実施したとしても全ての暴力事件を防ぐことができない一方、相当な費用がかかるという費用対効果の点も勘案しての結果ではないかと考えられます。
同様に鉄道でも殺傷事件は起きています。高速運転する新幹線では2018年6月9日、東京から新大阪にむかう「のぞみ」車中で刃物を持った男による殺傷事件、一般の鉄道でも2021年8月6日、小田急線の車両内で牛刀を用いた殺人未遂、サラダ油をまいての放火未遂の事件(これらは1つの事件)がありました。新幹線では空港のような手荷物検査の実施を求める声もありましたが、実際には鉄道の利便性が損なわれるため現実味がないということで実施されていません。その代わり監視カメラの車内への設置が進められています。
所持品検査にかかるコスト
札幌弁護士会では、所持品検査が開始されてから、所持品検査のためにどの程度のコストが掛かっているのか調査しました。
下記の表は、主な高等・地方裁判所に文書開示請求を行い、これにより得られた資料を元に作成しています。さいたま地方裁判所にも開示請求をしましたが、2年を経過しても開示されないため断念しています。
2013年度 | 2014年度 | 2015年度 | 2016年度 | 2017年度 | 2018年度 | 2019年度 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
札幌 | 2,898,200① | 26,352,000② | 34,182,000② | 35,208,000 | 38,664,000 | 39,216,960 | 41,177,808 |
千葉 | 23,987,664③ | 21,947,586 | |||||
横浜 | 59,529,168 | 59,998,979 | |||||
仙台 | 13,720,428 | 66,999,960 | 59,901,820 | ||||
神戸 | 8,822,520 | 18,001,460 | |||||
広島 | 14,813,280 | 27,348,189 | |||||
名古屋 | 76,464,000 | ||||||
福岡 | 31,428,000 | 83,462,400 | 76,950,000 | 79,185,600 | 99,357,840 | 87,807,004 | |
京都 | 31,610,000 | ||||||
高松 | 21,090,192 | ||||||
合計 | 2,898,200 | 57,780,000 | 117,644,400 | 112,158,000 | 131,570,028 | 312,727,392 | 445,347,038 |
- 年度途中のため少額になる。その他の地裁で最初の年度で低額になっているのも同様の理由である。
- 文書開示資料の中では契約金額を示したものが見当たらないため、落札額を記載している。
- 契約が2つに分かれていたため合算額を記載している。
上記のとおり、全国10の高裁・地裁で実施する所持品検査のために4億4534万7038円(2019(平成31)年度)が掛かっています。
比較的大規模庁を調査したため高額になっているものと思われますが、これを全国規模で実施するということになると地方裁判所本庁は全国で50(但し、支部は除く)あることから、その費用は全体で約20億円を要することになります。
さらに、裁判員裁判、労働審判を実施しているような大規模な裁判所支部もあることから、それらでも所持品検査実施をすることになれば、さらにこの費用は膨れ上がります。
上記のうち、札幌高裁・地裁の所持品検査に要する費用について、2023(令和5)年度までのものを集約すると次のとおりとなります。
2013年度 | 2,898,200円 |
2014年度 | 26,352,000円 |
2015年度 | 34,182,000円 |
2016年度 | 35,208,000円 |
2017年度 | 38,664,000円 |
2018年度 | 39,216,960円 |
2019年度 | 41,177,808円 |
2020年度 | 41,351,200円 |
2021年度 | 47,571,216円 |
2022年度 | 49,500,000円 |
2023年度 | 43,187,661円 |
2013年度は開始初年度のため1か月分の費用となります。
札幌高裁庁舎での所持品検査に要する費用は年々、上昇していました。2023年度に下がったのは入札の結果、別業者が落札したことによります。
費用が下がったとはいえ、4000万円以上で高止まりになっています。
ところで2022(令和4)年2月25日、公正取引委員会は「国、地方公共団体等が発注する群馬県の区域に所在する施設を対象にした機械警備業務の競争入札等の参加業者に対する排除措置命令及び課徴金納付命令について」を公表しています。国の施設では裁判所も含まれています。
入札業者間の談合により公正な競争が害され、契約金額が高止まりする危険性をはらむことは裁判所が発注する警備業務においても例外ではなく、かかる観点からも所持品検査にかかるコストが適正な水準かどうかを注視し続ける必要があるのではないでしょうか。
所持品検査の問題点 - 所持品検査に関する公開勉強会
札幌弁護士会では、所持品検査が始まった2013(平成25)年12月10日に「裁判所における所持品検査を考える」シンポジウムを開催しました。
このシンポジウムでは、参加者から以下の指摘がありました。
●札幌地裁に来る人たちを遠ざけてしまってはいないか。
プライバシー侵害の最たるものだが、目的もはっきりしないにも関わらず、このような検査を網羅的に行うことは不当で、例としてさいたま地裁や山梨地裁の所持品検査は暴力団絡みの刑事裁判が開催されている期間に限定して行われていること、これに対して札幌高裁は一切の目的を開示しないということが一番の問題だということ。
法廷傍聴は事件によっては傍聴席が限られているため抽選になるが、抽選を受けるために多くの人が所持品検査を受けることになり、その後の抽選までさらに長時間待たされ、法廷傍聴に至るまでかなり長い間、待たされることになるが、高齢の方にとっては苦痛以外の何ものでもない。
●このような「検査」に国民が慣れていくことの危険性があること。
テロ防止という口実の下、監視社会とそれに伴い、絶えず国民に対し、テロが危険だと擦り込もうとする手口が紹介され、例えば、どうしてこんな山奥にというようなところに「テロ警戒実施中」などの看板を立てられているが、所持品検査が当たり前ということになりかねないこと。
●何よりもマスコミがこの所持品検査問題に関心を持たないのが一番の問題だということ。
裁判所での手荷物検査の限界と目的
札幌高裁庁舎での所持品検査は、金属探知機による検査により金属の凶器を発見することを目的としており、それ以外の凶器の発見はできませんし、空港のようなペットボトルの検査などは行われていませんので液体を利用した暴力行為に対処できません。
何よりも裁判所の入口などで待ち伏せされた場合には全くの無力です。
裁判所で起きている事件の中には、当事者が裁判所から出てくるところを狙われたものがあります。
家庭裁判所で所持品検査を実施しても実際に家事事件での当事者が被害に遭うのは庁舎の外になりますが待ち伏せが可能だからです。所持品検査の都合上、出入り口を1つに絞った庁舎ではなおさら待ち伏せが容易になります。そうなると来庁者を守るという観点からいえば、所持品検査では最初から限界があることになります。
人目や警備といった状況を考えた場合、当事者が一番気をつけなければならない場所はむしろ、裁判所の外(裁判所に来るとき、裁判所から出るとき)といえます。
ここでの大事な観点は、裁判所の中で起きるかもしれない凶器を用いた事件が誰をターゲットにしているのかという観点です。
所持品検査の場合、その安全保持の対象は、性質上、あくまで庁舎内に限定されることから、所持品検査は裁判所職員の安全確保が主目的ということになり、少なくとも裁判所に赴いた当事者を含む利用者の保護ということが主目的ではないということになります。所持品検査=「安全」と漠然と考えがちですが、一般的網羅的な所持品検査が即、裁判所利用者の安全に直結しているわけではありません。
裁判所における安全管理を実効的に行うためにはどの様な方法によるべきかは、個別事件ごとに事件の性質、被告人、当事者の属性から個別に判断して法廷の入口で検査を行うことで足りるのか、それでは足りず一般的網羅的な調査が必要なのか、所持品検査を実施したことによって庁舎内ではなく敷地外に犯行場所が移されることにはならないのか、費用対効果の観点(常設する場合には札幌高裁・地裁庁舎では年間4000万円、個別であれば職員対応で足ります)から、入庁者全員を対象とした所持品検査を実施する必要があるのかどうかを判断することになります。
札幌の場合、家庭裁判所でも所持品検査を実施しようとすればさらに3000万円程度は必要になると思われますが(高裁・地裁庁舎よりは規模が小さいため若干低めになると推定)、現在も、札幌家庭裁判所庁舎内で刃物を用いた事件は発生していませんし、札幌家庭裁判所で所持品検査を実施する動きもありません。
地方自治体の役所では所持品検査を実施していませんが、裁判所よりも地方自治体の役所の方が安全だからというわけではないでしょう。
司法予算に関する問題点
所持品検査に掛かる費用は全て司法予算の中から支出されています。
司法予算は国家予算の中でももっとも割合が少ないと言われているもので、国家予算に占める割合は0.4%程度です。
2022(令和4)年度の司法予算は左の表のとおりです。
これまで弁護士会は、裁判官の増員と支部裁判官の常駐を要求してきました。
都市部でも家裁などは事件の増加により期日が先延ばしになるなど裁判所の人的な不足は否めません。
前述したとおり、地方自治体の役所や新幹線の乗車に関しては所持品検査が実施されていません。
個別の事案や当事者を検討した上で、法廷の入口で個別に金属探知機による検査を実施する方法も選択肢の1つと言えます。
多くの問題行動は刃物を用いない暴言や暴力行為ではないかということ、刃物が持ち込めないとなればそれ以外の凶器の所持(金属探知機に反応する金属以外の凶器等)も想定されることからすれば、少なくとも、現在の所持品検査という方法が唯一のものとは思われません。
家庭裁判所の裁判官の増員や支部などの裁判官の常駐などの実現こそ優先すべき課題ではないでしょうか。
まとめ
裁判所庁舎で行われる所持品検査ですが、これまで「安全」のため当然のものと考えられてきたように思います。
所持品検査は裁判所の利用者の保護という観点は薄いばかりか、コストに見合うだけの効果があるのかにも疑問があります。
そして、所持品検査実施の当否の考察にあたっては裁判所を利用する一般市民にとって、裁判所の敷居を上げるようなことがないようにすること、そして、制度の構築・運営は、裁判所による一方的な取り決めによるのではなく、弁護士等の法律家を含む、利用者たる市民との対話の上で行われるべきことも大切な視点です。
今一度、裁判所における安全の確保のあり方についてどのような方法があるのか、考える一助にして頂ければ幸いです。
以上