声明・意見書

国立大学法人法改正に抗議し、大学の自治と学問の自由の尊重を求める会長声明

  1.  2023(令和5)年12月13日、国立大学法人法の一部を改正する法律(以下「改正国立大学法人法」という)が成立した。
     今回の改正は大学の自治を脅かし、学問の自由を揺るがす重大な問題を含むものであるから、厳重に抗議し撤回を求める。
  2.  改正国立大学法人法は、事業の規模が特に大きい国立大学法人(「特定国立大学法人」)に対し、中期目標・中期計画及び予算・決算に関する事項(運営方針事項)の決議及び法人運営の監督等を担う運営方針会議の設置を義務付ける。
     この運営方針会議は、学長選考の基準その他の学長の選考に関する事項について、学長選考・監察会議に意見を述べることができるとされ、その構成員は運営方針委員3名以上と学長である。運営方針委員は、学長選考・監察会議との協議を経て、文部科学大臣の承認を得た上で、学長が任命するものとされている。
     これでは学長選出も含め文科省の意向が強く反映することになり、大学の自治の脅威となる。
  3.  大学の自治は、学問の自由を保障する憲法23条による制度的保障として理解されてきた。憲法23条は、明治憲法時代に学問の自由が国家権力によって直接的に侵害された歴史を踏まえて、特に規定された条文である。
     学問の自由の保障は、個人の人権としての学問の自由に加えて、特に大学における学問の自由を保障するものであり、大学における学問の自由を担保するための大学の自治をも含む。  
     大学における研究教育の自由は、大学が国家権力を含むいかなる権力からも自由であり、組織としての自律性を保障されることによってこそ十分に保障される。
     これまで各大学では学長選挙などにより大学としての自治を享受し、運営方針を独自に決めてきた。もっとも2004(平成16)年の国立大学法人化と私立学校法改正、2014(平成26)年の学校教育法改正と国立大学法人法改正を経て、大学のガバナンスの仕組みは変化した。これらの法改正によって学長選考会議の権限が強化されることとなり、学長選考のための教職員による意向投票の結果が無視されたり、意向投票自体が廃止されたりする大学も相次ぎ、さらには教授会の廃止や権限の縮小等により、学内民主主義や大学の自治が危機にさらされてきた。
  4.  改正国立大学法人法では、さらに大学の自治を形骸化させようとしている。現行法では役員会の審議事項とされている運営方針事項を改正国立大学法人法では運営方針会議の審議事項とした。そうなると運営方針会議の委員の任命を通じて政府が特定国立大学法人に対する干渉を強めたり、特定国立大学法人が政府の意向を忖度したりする現実的危険を生じ、ひいては大学の自治を侵害することが危惧される。
     学術会議会員の任命において、従前は学術会議からの被推薦者の任命拒否は想定されていないとされていたにも関わらず、2020年には菅政権が突如として理由も説明しないままに学術会議が推薦した会員候補の一部を任命しなかったことも記憶に新しい。
     現在のところ5国立大学法人が政令で特定国立大学法人に指定される見込みであるが、特定国立大学法人以外の国立大学法人も、文部科学大臣の承認を受けて運営方針会議を設置することができるとされており、政府による干渉の範囲が拡大することも懸念される。
  5.  また、改正国立大学法人法は、国立大学法人等が長期借入金や債券発行ができる費用の範囲を拡大し、現行法上も可能な土地の取得、施設の設置又は整備、設備の設置に加え、先端的な教育研究の用に供する知的基盤の開発又は整備についても可能とする。
     この点、かねてから大学予算は削減され続けており、2004(平成16)年度から10年間に渡り運営費交付金が毎年1%削減され、大学運営に多大な影響を与えている。このような国立大学法人化以降の運営費交付金の削減は、研究や教育にも影響を与え、各大学は競争的資金の獲得を目指すようになった。
    こうした状況の下で国立大学法人等の資金調達手段を拡大するという今回の改正は、国立大学法人等を、短期的に研究成果が出やすく事業規模の成長も見込めるようないわば「稼げる」大学に傾斜させることや、学問・研究分野に人的、経済的資源を集中させ長期的な視野に立つ学問・研究を軽視させることにつながりかねない。
     また、このように資金調達手段の拡大と相まってさらに予算削減が進められることになれば、大学は政府の意向を忖度せざるを得ず、ひいては軍事研究への途さえも開きかねない。
     大学における研究教育活動には一定の資金を必要とするが、予算を削減しておきながら大学に自前で調達させるということは大学の自治のあり方として本末転倒である。予算面も含め自由に研究できる環境を国が整備することこそが学問研究を発展させるための最低限の要請である。
     大学は公共財である。国際情勢が混迷し、ますます複雑化し多様化する社会にあって、大学には、目先の研究成果や利益のみにとらわれることなく、長期的な視野に立って幅広い学問分野において知を切り拓き、次世代を育むことが求められる。
  6.  今回の改正国立大学法人法は、政府による大学への干渉を強化し、大学の自治と学問の自由をおびやかすものであって、到底看過できない。当会は、政府に対し、大学の自治と学問の自由を侵害する今般の国立大学法人法改正に厳重に抗議し、これを撤回するとともに、大学の自治を保障し、学問の自由を尊重することを求める。
  7.    2024年(令和6年)3月28日
                       札幌弁護士会
                          会長  清水 智

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