永住者の在留資格取消制度の拡大に反対する会長声明
政府は、2024(令和6)年3月15日、「永住者の在留資格をもつて在留する者」(以下「永住者」という。)について、従前の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)上の在留資格取消事由に加え、同法に規定する義務を遵守しない場合や、故意に公租公課の支払いをしない場合、さらに、より軽い刑に処せられた場合でも在留資格の取消しを可能にする同法の改正案(以下「本法案」という。)を閣議決定した。そして、本法案は同年5月21日に衆議院で可決され、現在、参議院で審議されている。
本法案は、現行の技能実習制度に替わり、新たに育成就労制度が創設されることにより「永住に繋がる特定技能制度による外国人の受入れ数が増加することが予想されることから、永住許可制度の適正化を行う」との方針に基づくものである。しかし、永住者の在留資格取消事由が大幅に拡大されることによって、永住者の法的地位が著しく不安定なものとなり、永住者とその家族が日本で築き上げた安定した生活基盤を根底から崩す可能性があり、看過できない重大な問題を孕んでいる。
すなわち、本法案は、故意に公租公課の支払をしない場合に在留資格の取り消しを認めているところ、失業、病気、高齢化等による収入の減少等で税金や社会保険料を滞納することは外国人に限らず、日本人にも起こり得る。このような場合、永住者に対しても、日本人の場合と同様に、延滞税の徴収や差押え等の措置を講じることが可能であり、かつそれで十分である。それを超えて在留資格まで剥奪することは、永住者にとって差別的かつ過度の不利益を課すものである。
また、本法案は、永住者について、新たに一定の刑罰法令違反により拘禁刑に処せられたことを在留資格取消事由に加えているが、その結果、これまで永住者については強制退去事由とはされていなかった1年以下の拘禁刑(執行猶予付きを含む。)に該当する刑罰法令違反の場合にも在留資格が取り消され得ることとなった。しかし、極めて短期間の拘禁刑の場合に永住者の資格を取り消すのは、所定の刑罰を超える不利益を課すことになりかねず、永住者に二重の制裁を与えることに他ならない。特に、執行猶予判決の場合に永住者の資格を取り消すのは、その者の生活基盤を奪うことになり、社会内での反省と更生に期待する執行猶予判決の制度趣旨に反するものである。
さらに、本法案は、入管法に規定する義務を遵守しない場合も対象とするが、このような義務には、在留カードの携帯義務(入管法第23条第2項)も含まれる。同義務違反への刑事罰としては20万円以下の罰金が定められている(入管法第75条の3)ところ、このような義務を外国人に対してだけ刑事罰をもって強制すること自体に問題性があるにもかかわらず、さらに、在留資格の取消しをも可能にすることは、目的達成のための手段として明らかに過剰であり、比例原則に反するものである。
そもそも、本法案の前提となる「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」の最終報告書には、永住者の在留資格取消事由の拡大についての提言は含まれていない。本法案による在留資格取消事由の拡大は、有識者会議等の専門家による議論を踏まえたものではなく、その必要性、妥当性が認められるための議論が不足している。特に、永住者は、原則として引き続き10年以上在留し、「素行が善良であること」、「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」及び「その者の永住が日本国の利益に合すると認められる」という諸外国と比較して厳しい要件を満たしており、日本に生活基盤があり、日本への定着性が極めて高い人々である。それにもかかわらず、外国人の受入れを広げる代わりに、排除できる可能性も広げることでバランスを図ったと言わんばかりの本法案は、永住者という重みのある在留資格に対する配慮を欠き、安易に過ぎるという批判は免れない。
このように、本法案による永住者の在留資格取消事由の拡大により、現在日本で暮らす約88万人(昨年6月時点)の永住者の法的地位が格段に不安定なものとなることは明白である。また、本法案は、日本人にはない負担を外国人にだけことさらに加重することから、外国人に対する差別や偏見を助長しかねず、日本に根付き暮らそうという外国人の人権を軽視するものと評価せざるを得ない。
以上の理由から、当会は、本法案による永住者の在留資格取消事由の拡大に強く反対するとともに、政府に対し、本法案を撤回し、改めて、真の意味での共生に向けた施策の立案、実施を求めるものである。
2024年6月13日
札幌弁護士会
会長 松田 竜