声明・意見書

重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律の成立に強く抗議し廃止を求める会長声明

  1.  本年5月10日、重要経済安全保障情報の保護及び活用に関する法律(以下、「本法律」という。)が参議院で可決成立した。本法律は、主に以下のような内容を定めている。
    ・重要経済基盤保護情報(①外部から行われる行為から重要経済基盤(重要なインフラや物資のサプライチェーン)を保護するための措置・計画・研究、②この措置に関し収集した外国の政府または国際機関からの情報、③重要経済基盤の脆弱性や革新的な技術などの重要な情報、④これらの情報の収集整理又はその能力)のうち漏えいすると日本の安全保障に支障を与えるおそれのある情報を「重要経済安保情報」に指定すること(第3条、第2条)
    ・内閣総理大臣による調査により漏えいのおそれがないと評価(適性評価、セキュリティクリアランス)された者だけが重要経済安保情報を取り扱えるとすること(第11条、第12条)
    ・重要経済安保情報を漏えいした者と不正に取得した第三者を、最高5年の拘禁刑に処すこと(第3条、第22条以下)
  2.  政府の説明によれば、経済安全保障上の重要な情報のうち、漏えいすると「著しい支障」が出るおそれのある情報は「特定秘密の保護に関する法律」(以下、「特定秘密保護法」という。)にいう「特定秘密」に該当し、それに至らない「支障」相当のものが「重要経済安保情報」に該当するとのことである。そうすると、本法律は、「特定秘密」には至らない「経済安全保障上の重要な情報」を新たに「重要経済安保情報」として秘密指定の対象とするものといえる。また、本法律は、秘密指定の対象となる情報を、特定秘密保護法のように外交・防衛・テロ・スパイ活動に限定していない。
     以上から、本法律は、秘密指定の対象となる情報の範囲を、特定秘密保護法からさらに大幅に拡大するものと評価できる。
     当会は、特定秘密保護法について、罪刑法定主義に反すること、秘密指定の恣意性を排除できないこと、秘密指定等を監督する第三者機関が確保されていないこと、適性評価によってプライバシーが侵害されること、報道の自由への委縮となることなどを理由として、その制定及び施行に反対し、現在でも廃止を求めている(2014年8月22日付「特定秘密の保護に関する法律施行令(案)に対する意見書」等)。
     本法律は、かかる特定秘密保護法よりさらに深刻な問題点を包含するものであり、その制定に強く抗議する。
  3.  すなわち、秘密指定の対象となる「重要経済基盤保護情報」も、指定の要件である「安全保障に支障を与えるおそれ」もいずれもあいまい不明確であり、秘密指定の恣意性を排除できない。加えて、米国などと異なり、秘密指定が適正になされているかをチェックするための政府から独立した第三者機関も置かれていない。そうであるにもかかわらず、その漏えい行為等が刑事処罰の対象となるのであるから、罪刑法定主義(憲法31条)に反する。
     また、「重要経済安保情報」の取得行為や漏えい行為については、これを教唆・ほう助した場合のみならず、共謀・煽動した場合であっても拘禁刑が科されることから、政府が秘匿する情報を明らかにしようと努めるマスコミ・ジャーナリストなどの取材の自由・報道の自由(憲法21条参照)に対する委縮効果が生じ、ひいては国民の知る権利(憲法21条)が制限されてしまう。
     そして、先端的な学問や研究の分野に秘密指定がなされると国家統制が強化され、学問の自由(憲法23条)が侵害される。
     さらに、適性評価の対象となるのは、重要なインフラや物資のサプライチェーンに関わる多数の民間事業者、先端的・重要なデュアルユース技術の研究開発に関与する大学・研究機関・民間事業者の研究者・技術者など、広範な民間人が想定される。これらの者に関して、犯罪歴・精神疾患歴・薬物影響事項などのセンシティブ情報だけでなく、経済的信用状況・日常的な活動状況、果ては飲酒の節度まで調査することになっており、プライバシー(憲法13条参照)を侵害する程度が甚だしい。
     なお、適性評価の調査に際しては調査対象者の同意が要件とされているが、不同意とすることは失職を含む業務上の不利益につながりうるため現実的にはおよそ想定しがたく、同意によってはプライバシー侵害を正当化できない。
  4.  当会は、2024年4月28日に市民集会「あなたも適性評価の対象に!?経済安保情報保護法案を廃案に!」を開催したところ、会場参加、オンライン参加あわせて200名以上の参加を得、この問題に対する市民の関心の高さが改めて明らかとなったが、同集会でも上記問題点が繰り返し指摘された。
     本法律は、衆参両院で可決されたが、衆議院では22項目にわたる附帯決議が付された。そのうち少なくとも10項目は、本法律の運用等にあたって国民の基本的人権を侵害することがないようにとの留意事項である。これら多数の附帯決議が付されたこと自体、本法律には人権保障上の問題点が数多く存在することを示している。そして、国会及び行政が附帯決議を順守すべきことは当然としても、附帯決議は条文そのものではないため、法的拘束力はなく、政治的効果があるのみである。そのため、人権侵害という上記問題点を確実に解消できるものではない。
  5.  このように、本法律は、特定秘密保護法と同様の問題点を有するだけでなく、民主主義の根幹となる憲法上の重要な権利、特に自由権をことごとく侵害し、国家による市民の統制をますます強めるものであり、その問題点の多さや重大さに鑑みれば、附帯決議や一部法改正ではその問題点を解消することはできない。
     なお、外国企業や外国政府との間で共同研究・共同開発等をするためにセキュリティクリアランスが必要という指摘があるものの、多くの市民の憲法上の重要な権利を侵害することを正当化するものではない。
  6.  よって、当会は、基本的人権を擁護し、民主主義を尊重する立場から、本法律の成立に強く抗議し、廃止を求める。
  7. 2024年7月25日  
    札幌弁護士会 会長 松田竜

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