「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、改めて死刑制度の廃止と再審法の速やかな改正を求める会長声明
- 本日、静岡地方裁判所は、「袴田事件」について、袴田巌氏に対し、再審無罪判決を言い渡した。
本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社の専務宅で一家4名が殺害された強盗殺人、放火事件である。当時、同社の従業員であった袴田巌氏は、同年8月18日に同事件の被疑者として逮捕された。袴田巌氏は、長時間の取調べにより、いったんは犯行を自白したものの、公判では自白を翻し、それ以降一貫して無実を主張していたが、最高裁で1980年(昭和55年)12月12日に死刑判決が確定した。
その後、二度にわたる再審請求を経て再審開始決定が確定し、本日、再審公判で無罪判決が言い渡されたものである。
判決は、まず、袴田巌氏の自白について、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得されたものであり、「実質的にねつ造」されたと認定し、自白の任意性を否定した。また、事件発生から1年2か月後にみそタンク内でみそ漬けされた状態で発見され、確定判決において本件の犯行着衣とされた、いわゆる「5点の衣類」についても、捜査機関による「ねつ造」であると認定した。さらに、この「5点の衣類」のうちのズボンの共布とされ、袴田巌氏の実家で見つかったとされる端切れについても捜査機関による「ねつ造」を認定した。
このように今回の判決は、捜査の違法性を明確に認めて厳しく非難しており、袴田巌氏の名誉を回復するものとして高く評価することができる。 - 逮捕当時30歳であった袴田巌氏は、今や88歳となっている。第2次再審請求の請求人であった実姉の袴田ひで子氏も現在91歳である。
袴田巌氏が釈放されたのは、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定した2014年(平成26年)3月27日のことである。逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田巌氏が身体拘束を受けていた期間は48年近くにも及び、そのうちの33年間は死刑囚として死の恐怖に直面しながら過ごしてきたことになる。そのため、拘置の執行停止から10年以上が経過した現在でも、袴田巌氏は拘禁反応の症状が見られるなど、心身に重篤な症状が残っている。
袴田巌氏や袴田ひで子氏は、まさに人生の大半をえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その余りの残酷さは筆舌に尽くしがたい。
そこで、当会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させるよう強く求める。 - 死刑は、人の生命を奪う不可逆的な刑罰である。
日本では、死刑判決が確定した後、再審によって無罪判決が出された事件が過去に4件あり(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)、「袴田事件」の無罪判決が確定すれば5件目となる。
誤った判決に基づき死刑が執行されてしまうと取り返しがつかない。「袴田事件」は、その危険性に改めて警鐘を鳴らすものである。
このような危険性を防ぐには、死刑制度を廃止する以外に道はない。
当会は、2019年(平成31年)2月26日開催の臨時総会において「死刑執行の停止及び死刑制度の廃止を求める決議」を採択し、国に対し、死刑確定者に対する死刑の執行を直ちに停止し、速やかに死刑制度を廃止することを求めているが、今後も引き続き死刑制度の廃止を強く求める。 - 「袴田事件」は、現行の再審制度(再審法)の不備を改めて浮き彫りにした。
本件では、再審公判が開かれるまでに二度にわたる再審請求を経ているが、第1次再審請求は約27年もの長期に及び、第2次再審請求も約15年もの期間を要している。その原因は、現行の刑事訴訟法の再審に関する規定がわずか19か条(435条~453条)しかなく、再審請求審の手続をどのように進めるかという手続規定が定められていないことと、日本国憲法のもとでは、無辜の救済が再審制度の根幹であるにもかかわらず、再審請求審という入口段階において検察官の不服申立てが認められていることにある。
手続規定が整備されていないという問題は、特に証拠開示の場面において顕著である。本件では、再審請求段階で約600点もの証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始決定及び今回の再審無罪判決という判断に大きな影響を与えているが、これらの証拠が開示されたのは、第1次再審請求から約30年もの時間が経ってからのことである。担当した裁判官が異なれば、開示までにより長期間を要したこともあり得るし、そもそも開示を受けられなかった可能性さえある。通常審と異なり、再審請求手続における証拠開示については、刑事訴訟法に規定が全くないことから、証拠開示に関する基準や手続が不明確で、それぞれの裁判体の広範な裁量に基づく訴訟指揮に委ねられてしまっているのが現状である。
また、再審請求審という入口段階で検察官による不服申立てが認められていることにより、本件では再審開始決定が出てから確定するまでに約10年を要した。上記のとおり2014年(平成26年)3月27日に第2次再審請求で再審開始決定がなされたが、検察官の不服申立てを受けた即時抗告審で取り消され、その後、弁護側の特別抗告を受けた最高裁が東京高裁に差し戻し、2023年(令和5年)3月13日、差戻しの即時抗告審で再審開始決定が維持されたという経緯がある。検察官はその後の再審公判の場において有罪立証を行えば良いのであるから、再審請求審という入口段階で再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認める必要などないのである。しかも本件では、検察官は、「5点の衣類」の問題をはじめとする数多くの論点について、再審公判においても改めて再審請求審と同様の論点を蒸し返した上で有罪立証を行って死刑を求刑したのであり、このことも再審公判の手続が長期化した原因となった。
このような問題は他の再審事件でも同様に見られるのであって、まさに制度的・構造的な問題である。「袴田事件」のような悲劇を今後二度と繰り返さないためにも、再審法は速やかに改正されなければならない。
この点、当会は、2023年(令和5年)5月30日開催の定期総会において、「刑事訴訟法の再審法規定の改正を求める決議」を採択しているところであるが、今回の「袴田事件」再審無罪判決を機に、改めて国に対し、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止を含む再審制度(再審法)の全面的な改正を速やかに行うよう求める。
2024(令和6)年9月26日
札幌弁護士会 会長 松田竜