声明・意見書

最低賃金額の早期の大幅引上げ及び全国一律最低賃金制度の実施並びに中小零細企業への実効的な支援等を求める会長声明

  1.  近年、最低賃金額は、ほぼ毎年のように引き上げられてきました。北海道の最低賃金額も、昨年の引上げにより時間額1010円となりました。この金額は、一昨年からは50円引き上げられた金額であるものの、全国加重平均である時間額1055円を大きく下回っています。仮にこの最低賃金額を前提にフルタイム(1日8時間、週40時間、月平均173.8時間)で働いたとしても、各種控除前の名目給与金額にすると月収17万5538円、年収210万円程度にしかなりません。また、仮に労働者の平均的な所定労働時間(月平均154時間)で働く場合には、各種控除前の名目給与金額で月収15万5540円、年収186万6480円にしかなりません。
     いずれの場合も、いわゆるワーキングプアと呼ばれる給与水準(年収200万円以下)をわずかに超えるか、それに満たない程度の給与額にしか過ぎず、単身者にとってさえ、生活に十分な金額ということはできません。まして、世帯を築き、子どもを育てていくためには、この程度の給与水準ではおよそ足りないことは明白です。このような低水準の最低賃金額では、労働者が自身の賃金のみで生活を維持することは困難であり、安定した生活を送ることはできません。
  2.  実際に、北海道内の労働組合が2024年に実施した最低生計費試算調査の結果においても、札幌市において25歳の単身者が健康で文化的な人間らしい生活を送る上で必要な費用は、男性で月額26万2307円、女性で同25万6259円とされています(いずれも税・社会保険料込み)。
     そして、この金額(男性の金額)から時間額を算出すると、労働時間が月173.8時間(フルタイム)の場合には1時間あたり1509円、月154時間の場合には1時間あたり1703円となります。つまり、これらの金額が最低賃金として必要とされる給与額ということになります。
     なお、政府においても、2024年11月22日、「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」を閣議決定し、この中で「2020年代に全国平均1500円という高い目標の達成に向け、たゆまぬ努力を継続する」として、2020年代に最低賃金を全国加重平均で1500円に引き上げるという目標を掲げているところであり、上記の各金額はこの閣議決定と平仄の合う給与額といえます。
  3.  加えて、日本国内においては、2022年頃からの物価の高騰が現在も続いています。具体的には、2024年度平均の消費者物価指数(「生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数」)が、2020年を100として107.7、前年度比で2.3%も上昇し、各費目の指数でも、生活に必要不可欠な「食料」が120.0、前年度比5.0%の上昇、「光熱・水道」も114.9、前年度比7.8%の上昇といった形で現れています。
     このような先の見えない物価の高騰から労働者の生活を守り、経済を活性化させるためにも、労働者の最低賃金額を大きく引き上げることが重要です。
  4.  また、日本国内における最低賃金の地域間格差は依然として大きく、それらの格差が是正されていないことも重大な問題です。実際に、現在の地域別最低賃金額は、最も高い東京都で時間額1163円であるのに対し、最も低い秋田県では時間額951円であり、212円もの開きがあります。
     最近の調査結果によれば、地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費は、都道府県間においてほとんど差がないことが明らかになっています。それにもかかわらず、最低賃金に地域間格差を設け続ける合理的な理由はなく、全国一律の最低賃金制度が早期に実現されるべきといえます。
     この点、厚生労働省の中央最低賃金審議会は、現在、地域別最低賃金の改定について、全都道府県をその経済実態に応じてABCの3ランクに分け、そのランクに応じた引上げ金額の目安を厚生労働大臣に対して答申しています。
     しかしながら、かかる目安制度の下では、最低賃金額の低いCランクの地域の引上額を、現状では相対的には最低賃金額の高いAランクの地域の引上額より大幅に上回るものとするなど、抜本的な方策が採られない限り、地域間格差の迅速な解消は望めません。
     中央最低賃金審議会及び政府は、現行の目安制度を採り続ける限り、最低賃金の地域間格差を解消することはできないという現実を直視し、目安制度に代わる抜本的改善策として、最低賃金の全国一律制実現に向けた具体的な施策を速やかに実施するべきです。
  5.  他方で、最低賃金の大幅引上げと全国一律最低賃金制度をともに実現するためには、中小零細企業に対する実効的な支援策を充実させることも不可欠です。
     この点、最低賃金の引上げに伴う中小零細企業への支援策について、現在、国は、「業務改善助成金」制度による支援を実施しています。しかしながら、同制度は、「生産性向上に資する設備投資等」を直接の助成対象としており、そもそも申請可能な企業が限られる等、最低賃金の引上げに対する直接的かつ十分な支援とはいえません。
     そのため、我が国の経済を支えている中小零細企業が、最低賃金を引き上げても円滑に事業運営を継続できるような施策が採られなければなりません。例えば、中小零細企業に対する社会保険料の事業主負担部分や消費税等の各種公租公課の減免、申請が容易な新たな補助金・助成金の創設・支給を行うこと、現行の「業務改善助成金」をさらに使いやすい制度に改善すること、原材料費等の価格上昇を取引に正しく反映させることを可能にするよう法規制をすること、中小零細企業とその取引先企業等との間で公正な取引が行われるよう充分な支援策を講じること等の施策が必要です。
     こうした中小零細企業への実効的な支援策と最低賃金額の引上げは、セットで実現されなければならないものというべきです。これまで実施されてきた最低賃金の引上げは、中小零細企業への直接的かつ実効的な支援策を欠いたまま行われてきたものであり、その意味においても不十分な施策であったと言わざるを得ません。政府は、最低賃金の引上げとともに、直ちに中小零細企業への直接的かつ実効的な支援策を実施するべきです。
  6.  以上より、当会は、日本国憲法第25条の生存権の理念等に照らし、最低賃金法の目的である「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」(最低賃金法第1条)を実現するため、政府、中央最低賃金審議会、北海道地方最低賃金審議会及び北海道労働局長に対し、最低賃金額の地域間格差を解消し、北海道を含めた全国の最低賃金額について、その時間額が早期に1500円以上となることを目指してさらなる大幅な引上げを行うことを求めます。また、政府に対しては、中小零細企業への実効的かつ充分な支援策を直ちに実施するとともに、早急に全国一律最低賃金制度の実現に向けた具体的な取り組みを開始するよう求めます。
  7.    2025年5月27日 
            
    札幌弁護士会     
    会長  岸田 洋輔

その他のページ