国際刑事裁判所の独立性・公平性を損なう動きに反対し、法の支配の貫徹を求める会長声明
- 国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)は、国際社会全体の関心事であるもっとも重大な犯罪、すなわち集団殺害犯罪、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪に問われる個人を、国際法に基づいて訴追・処罰するための、歴史上初の常設の国際刑事裁判機関である。国際刑事裁判所は、1998年7月17日、ローマで開かれた国際連合全権大使会議で採択された「国際刑事裁判所に関するローマ規程」(以下「ローマ規程」という。)によって、オランダのハーグに設立された。2025年4月現在、締約国は125カ国である。
日本は、2007年10月にICCに加盟し、その加盟以来、ICCに対して、裁判官を含む職員の輩出、人材発掘・育成に取り組み、裁判を含む機関の運営等に積極的に関与するなど、様々な貢献をしてきた。具体的には、日本はICCへの最大の分担金拠出国であり、2024年現在、分担金全体の約15パーセントを負担している。また、これまで3名のICC判事を送り出し、現在のICC所長は日本人の赤根智子判事である。 - そのICCの独立性と公平性を害する国家の動きが、最近顕著となっている。
2023年3月、ICCは、ロシアがウクライナの占領地域から多数の子どもをロシア国内に移送したことは国際法上の戦争犯罪にあたるとしてプーチン大統領らへの逮捕状を発付した。これに対し、ロシア政府は、ICCのカリム・カーン主任検察官や赤根判事らを指名手配した。
また2024年11月21日、ICCは、パレスチナ・ガザ地区での戦闘をめぐり、民間人を飢餓に陥らせたなどの戦争犯罪及び人道に対する犯罪の容疑でイスラエルのネタニヤフ首相らへの逮捕状を発付した。これに対し、2025年2月6日、トランプ米国大統領が、ICC関係者の資産凍結、米国への入国禁止、ICC関係者との資金授受の禁止等を内容とする大統領令に署名し、これと同時に、カーン主任検察官を制裁対象者と指定した。 - ICC関係者に対するこのような制裁は、国際法に基づいて設立された司法機関の独立性に対する不当な干渉であり、ICCそのものの存続を脅かす重大な行為である。加えて、ジェノサイド等の最も深刻な国際犯罪の処罰や被害者の保護を困難にし、国際社会の平和と安全の維持を著しく後退させるおそれがある。
米国の大統領令に対しては、赤根判事が、2025年2月7日に声明を発表し、「大統領令はICCの独立性と公平性を損なうもので、深い遺憾の意を表明する。裁判所の機能を政治化しようとするいかなる試みも断固として拒否する」と述べ、非難した。また、ICC加盟国のうち79の国・地域も、同日、「最も重大な犯罪の不処罰のリスクを高め、国際秩序と安全保障の促進に不可欠な国際法の支配を揺るがす恐れがある」と米国の大統領令を批判する共同声明を発表した。ところが、赤根判事の出身国である日本は、この共同声明に加わっていない。
日本は、外交政策の柱の一つとして、国際社会における法の支配の強化を掲げ、ICCに対して人材面・財政面を含め様々な貢献を実施してきた。日本が、米大統領令を批判する共同声明に加わっていないことは、このような国際社会における法の支配を最も重視してきた日本の基本的姿勢にそぐわないもので、看過することはできない。 - 当会は、ICCと同様に、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律専門家団体として、国際社会において法の支配を担うICCの独立を強く支持し、国際社会における法の支配を揺るがし、司法機関の独立性及び公平性を損なうことになるICC及びその関係者に対する干渉、妨害などの不当な圧力に強く反対するものである。
また日本国憲法は、その前文で国際協調主義を宣明しており、98条2項において条約の誠実遵守義務を定めている。したがって、ローマ規程が保障するICCの裁判官の独立性及び公正性を維持するために、国際社会に対して積極的に働きかけをすることは、ローマ規程の締約国である日本の責務でもある。
そのため、当会は、日本政府に対し、ICCの独立性と公平性を損なう活動や制裁に対して明確に反対する立場を表明することを求めるとともに、ICCが存続の危機に立たされている今こそ、ICCの機能強化のための人的・物的支援のさらなる拡充をすることを求めるものである。
以上
2025年6月9日
札幌弁護士会
会長 岸田 洋輔