佐賀県警科捜研職員によるDNA型鑑定の不正行為を強く非難し、不正行為の詳細の公表と第三者機関による徹底的な調査を求める会長声明
- 本年9月8日、佐賀県警察本部科学捜査研究所の技術職員が、7年以上にわたり、DNA型鑑定の結果をねつ造したり、数値を改ざんする等の不正行為(以下「本件不正行為」という。)を繰り返していたことが明らかになった。
佐賀県警によれば、この技術職員が担当した632件の鑑定のうち130件で不正行為が確認され、うち16件は、殺人未遂や不同意性交等の事件で証拠として提出されたということである。
佐賀県警は、実際には鑑定を実施していないにもかかわらず、鑑定を実施したと虚偽の報告をした9件と、ガーゼ片などの鑑定試料の余りを廃棄・紛失し、新品のガーゼなどとすり替えて返還した4件につき、虚偽有印公文書作成・同行使、証拠隠滅等の疑いで、当該技術職員を書類送検した。 - 虚偽の証拠を作出することは、憲法で保障された適正手続(憲法31条)を蔑ろにし、事案の真相の解明を妨げることになり、到底許されるものではない。
我が国において、DNA型鑑定を含む科学的証拠は、高い証拠価値を持つものとして重要視されている。特にDNA型鑑定は、被疑者・被告人と犯人の同一性などを立証するものとして、捜査や公判の帰趨を左右することも少なくない。DNA型鑑定が適正に実施されることは、無実の者が誤って処罰されることを防止するとともに、真犯人を発見して適正な処罰を実現するためにも重要である。
科学技術の専門家が作成した書面は、一般に高度の客観性・特信性が認められることを前提として、伝聞例外規定(刑事訴訟法321条4項)が準用され、弁護人の同意がなくても証拠として採用されてきた。本件不正行為は、法が前提とする専門家に対する信頼を揺るがすものであり、ひいては科学的証拠一般に対する信頼をも根本から覆しかねない、決してあってはならない非違行為である。
仮に、本件不正行為による鑑定結果が公判に証拠として提出されなかったとしても、これに基づく令状請求や被疑者に対する取調べが行われ、被疑者の身体拘束や終局処分の判断に影響を与えた可能性は決して否定できない。
本件不正行為は、我が国の刑事司法を歪めるものとして、極めて強い非難に値する。 - 報道によれば、佐賀県警は、保存されていた試料の再鑑定や、佐賀地検及び佐賀地裁の協力を得て調査を行い、本件不正行為のすべてにつき、捜査・公判への影響はないと判断したと説明している。
捜査機関は、これまで科捜研による鑑定がなされた事案において、弁護人が再鑑定のために試料の提供を求めても、多くの事案で「鑑定で全て費消済みである」などとして拒否してきたにもかかわらず、本件不正行為にかかる事案においては、試料が保存されていて再鑑定が実施できた旨説明しているのであり、このような説明は、あまりに都合が良すぎると言わざるを得ず、到底信用することができない。そもそも保存されていたとされる鑑定試料が真に当該事案の鑑定試料であったのか、保管状況が適切であったのかなど、再鑑定が適正に実施されたのかについても疑義がある。
また、佐賀地検及び佐賀地裁の協力を得て調査を行ったという説明についても、具体的にいかなる協力を得て、どのような調査を行ったのかが全く明らかにされていないし、事件の当事者である元被疑者・元被告人やその弁護人であった者、さらに被害者等の関係者に対して調査等が行われたという形跡もない。
したがって、本件不正行為のすべてにつき捜査・公判への影響はなかったという説明については、全く信用することができない。 - 科捜研の技術職員による本件不正行為が、7年以上にわたって看過されてきたのは、佐賀県警のチェック体制が全く機能していなかったためであり、これは佐賀県警の組織全体の問題である。
佐賀県警及び佐賀県公安委員会は、本件に関する第三者機関による調査は必要がないとの認識を示していたが、佐賀県議会は、本年10月2日、佐賀県警に対し、第三者による調査を求める決議を全会一致で可決した。
しかしながら、佐賀県警の福田英之本部長は、本決議の採択後も、新たな調査機関を設けることは考えていない旨を表明した。
本件に関しては、警察庁の特別監察が開始されたことが報じられているが、特別監察は警察組織による内部調査に過ぎず、第三者性、公平性、中立性は期待できない。しかも、報道によれば、特別監察は佐賀県警の調査結果の検証に留まり、第三者による調査の必要性については、「第三者性のある国家公安委員会の指導を受けながら調査を進め」るとされており、捜査機関から独立した第三者機関による実態解明には程遠いと言わざるを得ない。
同種行為の再発防止、我が国の刑事司法への信頼を回復するためにも、本件不正行為に関し、捜査機関から独立した科学鑑定の専門家や弁護士、刑事法学者らにより構成される機関による徹底した調査がなされることが必要である。 - 以上より、当会は、本件不正行為を強く非難するとともに、佐賀県警及び佐賀県公安委員会に対し、本件不正行為に係る詳細な事実関係の公表と、捜査機関から独立した第三者機関を設置し、本件不正行為の詳細な事実関係及び不正が行われた原因や背景事情、捜査・公判への影響の有無について徹底的な調査を行うことを強く求めるものである。
以 上
2025年10月14日
札幌弁護士会
会長 岸 田 洋 輔