声明・意見書

生活扶助基準の引下げを違法とした2025年6月27日の最高裁判所判決を受けての厚生労働省の対応策を批判し、生活保護の利用者及び元利用者への全面的な補償措置等を改めて求める声明

  1.  2025年6月27日、最高裁判所第三小法廷は、2013年8月から3回に分けて実施された生活扶助基準の引下げ(以下「本引下げ」という。)に係る生活保護費減額処分の取消し等を求めた訴訟の上告審において、厚生労働大臣による本引下げの違法性を認め、生活保護費の減額処分の全部を取り消す判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。
     本引下げは、「ゆがみ調整」及び「デフレ調整」の二点を理由として、生活保護利用世帯の生活扶助基準額を平均6.5%、最大10%引き下げたものであった。本判決は、このうちデフレ調整が違法であったと判断して、本引下げに係る各原告らの生活保護費の減額処分の全部を取り消したものである。
  2.  本判決を受けて、厚生労働省内に社会保障審議会生活保護基準部会最高裁判決への対応に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)が設置され、本判決を受けた対応が検討・審議されていたところ、2025年11月18日、専門委員会より報告書(以下「本報告書」という。)が公表された。厚生労働省は、本報告書の公表を受け、同月21日、本判決への対応策として「社会保障審議会 生活保護基準部会 最高裁判決への対応に関する専門委員会報告書等を踏まえた対応の方向性」(以下「本対応策」という。)を公表した。
     本対応策は、原告らを含むすべての生活保護利用世帯に対し、①本判決で違法とされなかった「ゆがみ調整」を再実施し、②本判決で違法とされた「デフレ調整(-4.78%)」に代え、低所得者の消費実態との比較による新たな「高さ調整」(水準調整)を「-2.49%」行い、③訴訟に参加した原告らについてのみ「特別給付金」として、②の高さ調整(水準調整)による減額相当分を追加給付するというものである。
     しかしながら、以下に述べるように、本対応策は、本判決の趣旨に背き、本件に関する一連の訴訟(いわゆる「いのちのとりで裁判」)の趣旨・性格及び生活保護の平等な適用に反するものである。
  3.  ⑴ まず、①本判決は、デフレ調整のみを違法とし、ゆがみ調整については違法と判断していないものの、結論として生活保護費の減額処分「全体」を取り消している。
     それにもかかわらず、ゆがみ調整を再度行うという本対応策は、処分全体を取り消した本判決の趣旨を無視することに他ならないし、宇賀裁判官が反対意見において「『最低限度の生活の需要を満たす』ことができない状態を9年以上にわたり強いられてきた」と指摘した、長きにわたる原告らの精神的損害に対する配慮を著しく欠く、極めて冷淡な対応であると言わざるを得ない。
     ⑵ また、②本報告書は、高さ調整(水準調整)を再度実施する根拠として、専門委員会において、当時の経済情勢の下での生活扶助基準の水準と一般国民の生活水準との間に不均衡があったと認められたこと等を挙げている。
     しかしながら、この点は、被告らが本判決の訴訟審理においてデフレ調整が適法である根拠として主張してきたものであるから、再度減額の根拠として用いることは、本判決の判断を蔑ろにするものであり、決して許されない。
     実際、専門委員会においても、行政法を専門とする委員等からは、「前訴で主張し又は主張しえた理由に基づく再減額改定は反復禁止効、紛争の一回的解決の要請等に反し許されない」旨が繰り返し指摘されている。
     このように、新たな高さ調整(水準調整)の再実施は、訴訟の蒸し返しであるから決して許されないものである。
     ⑶ さらに、本対応策は、③特別給付金の支給対象者を本件に関する一連の訴訟に参加した原告らに限定し、原告らとそれ以外の生活保護利用者とで異なる対応を行うこととしている。
     しかしながら、本訴訟を含む一連の訴訟は、専門委員会の一部の委員も指摘していたように、「代表訴訟」的性格を有するものであるから、原告であったか否かによって区別することは、心身の状態や障害の有無・程度、弁護団の体制等の関係等で、訴訟の原告とまではなれなかった生活保護利用者を差別的に取り扱うものといえる。同じ境遇にあった生活保護利用者について、救済・補償の場面で差異を設けることは、法の下の平等(憲法14条1項)や生活保護法8条2項に反し、許されない。
  4.  当会は、これまで、本引下げの撤回等を求める声明を複数回にわたって発出してきたほか、本判決に対しても2025年7月15日付で会長声明を発出し、本判決を高く評価すると共に、生活保護利用者及び元利用者への謝罪や補償、違法な引下げがなされた原因の調査、検証の実施並びに今後の生活保護基準の改定の適正化を求めた。
     しかしながら、現時点でも、国はこれらの対応をほとんど行っていない上、今般、公表された本対応策についても、全面的な補償措置とは到底評価することができない内容に留まっている。
  5.  以上より、当会は、国・厚生労働大臣に対し、本対応策を撤回し、生活保護の利用者及び元利用者への謝罪及び完全かつ全面的な補償措置を直ちに実施することを改めて求めるとともに、違法な生活保護基準の引下げが再び行われることのないよう、本引下げがなされた具体的な事実経過や原因等の調査、検証及び今後の生活保護基準の改定の適正化を改めて強く求める。
  6.    以 上
     

     2025年12月12日
    札幌弁護士会
    会長  岸 田 洋 輔

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