日本国国章損壊罪の制定に反対する会長声明
- 自由民主党と日本維新の会は、2025(令和7)年10月20日付連立政権合意書において、令和8年通常国会で「日本国国章損壊罪」を制定することを掲げた。また、同月27日には、参政党が同罪を設ける刑法改正案を参議院に提出し、各党に対して改正案への協力を呼び掛けた。これらの日本国国章損壊罪は、刑法92条の外国国章損壊罪と平仄を合わせ、「日本国に対して侮辱を加える目的で、日本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損」する行為に刑罰を科すものとされている。
しかし、かかる日本国国章損壊罪の制定は、憲法19条の保障する思想及び良心の自由及び憲法21条の保障する表現の自由に対する重大な侵害となることに加え、憲法31条の罪刑法定主義にも反するものであり、違憲である。 - 日本国国章損壊罪の制定を求める立場からは、立法理由として、①外国国章損壊罪との不均衡を是正する、②国家の存立基盤や国家作用といった国家法益を保護する、③国民が抱く愛国心や帰属意識といった社会法益を保護するといった理由が挙げられている。しかし、以下に示すとおり、いずれの立法理由も同罪の制定を正当化するものとはいえない。
まず、①外国の国章を損壊する行為は外国国章損壊罪(刑法92条)により刑事罰の対象とされているが、日本国の国章を損壊する行為はその対象となっていないため、両者の不均衡を是正することが必要であるなどと説明されている。しかし、外国国章の損壊行為が処罰される理由は、日本と外国との円滑な外交という外交上の保護法益を侵害するためと説明されているが、日本国の国章を損壊する行為にはそのような保護法益が当てはまらないのであるから、そもそも不均衡との評価をすべきではなく、是正の必要もない。
次に、②国旗や国章の損壊行為により自国の名誉や威信が脅かされ、国家の存立基盤や国家作用といった国家法益が害されるという説明がなされることもある。しかし、仮に「日本国に侮辱を加える目的」をもってなされたとしても、国旗や国章の損壊行為それ自体によって、国家の存立基盤や国家作用が危機に瀕するといった事態が生じるとはおよそ想定し難い。現状においても、官公署や他人が使用する国旗や国章を損壊する行為は器物損壊罪や公務執行妨害罪の処罰対象となり得るのであり、その意味で既に十分な対処がなされている。それにもかかわらず、日本国国章損壊罪が新たに制定されれば、従前は処罰対象とならなかった私的な行為さえ、同罪の処罰対象となりかねず、処罰範囲が広きに過ぎることとなる。
さらに、③国旗や国章によって象徴される、国家に対して多くの国民が抱く愛国心や帰属意識といった社会法益を守ることが必要であると説明されることがある。しかし、一人ひとりの国民が愛国心等を持つか否か、あるいはどのような愛国心等を持つかは、思想・良心の自由として憲法19条により保障されており、それは基本的人権の一つとして十分に尊重されなければならない。したがって、日本国国章損壊罪を制定し、国旗や国章に象徴される愛国心等に特別な保護を与えることは、行政府にとって望ましい思想・価値観を国民に対して強制することに繋がるものであり、憲法19条に違反するといえる。
このように、いずれの立法理由にも理由がない。 - 国旗や国章を損壊する行為が政治的な思想や意見の表明、時の権力を批判する手段として行われる場合も想定されるが、そのような行為が刑罰をもって制限されることになれば、それはまさしく憲法21条が保障する表現の自由そのものに対する侵害となり、ひいては国民の表現活動を委縮させ、表現の自由やその根底にある思想・良心の自由に対する重大な侵害ともなる。
加えて、国旗や国章が表現活動に利用されるケースは、政治的表現の場にとどまらない。例えば、芸術活動や商業公告、スポーツ応援の場においても、国旗や国章が用いられるケース(批評、風刺、パロディ、デザイン上の加工等)は多々あり得る。これらの場面においても、国旗や国章の損壊行為が罰せられることになれば、表現の自由や思想・良心の自由に対する侵害はさらに深刻なものとなる。
もとより、日本国国旗として定められた日の丸には、アジア・太平洋戦争の終結に至るまで軍国主義の象徴として用いられたという歴史的経緯がある。そのような歴史的経緯を持つ日の丸をあえて日本国国旗として定めた以上、日の丸に対する批判的表現活動には特に寛容でなければならない。 - 以上のように日本国国章損壊罪は違憲であるが、罪刑法定主義の観点からも問題がある。すなわち、刑罰法規は、国民があらかじめ自らの行為が処罰対象となるかを予測できる程度に明確でなければならず(憲法31条・罪刑法定主義)、とりわけ表現行為に刑罰をもって介入する場合には、明確性が強く要請されるところ、前記の改正法案では、外国国章損壊罪に倣い、損壊の対象物が「日本の国旗その他の国章」とされている。確かに、日本国の国旗については国旗国歌法に基づき定められているが、日本国の国章は法律によって定められておらず、何が国章に当たるかが不明確である。
加えて、「日本国に対して侮辱を加える目的」という主観的要件は、その認定が評価に大きく依存し得るため、「多数者にとって好ましくない」意見や思想の弾圧に恣意的に運用されるおそれがある。
さらに、「損壊」「除去」「汚損」といった行為態様も、表現上の加工(切り貼り、変形、着色、デザイン化、演出上の一時的変更等)との境界が明確とはいえないため、国旗や国章を用いた批評、風刺、パロディ、デザイン上の加工等による表現活動への委縮効果を生じさせる。
以上のとおり、日本国国章損壊罪はその処罰範囲が不明確といえ、明確性の原則に反し、罪刑法定主義にも違反する(憲法21条、31条)。 - 諸外国では国旗や国章の損壊行為を処罰する例もあるが、日本国憲法と同じく表現の自由の価値に重きを置くアメリカ合衆国憲法の下、合衆国連邦最高裁は、「国旗冒涜を罰することは、この象徴的存在をかくも崇敬され、また尊敬に値するものとせしめている自由を弱体化させる」、「合衆国国旗を燃やす行為は合衆国憲法修正第1条の言論の自由として保障され、政府は表現が不快であるとかそれを支持し得ないからといって禁止することはできない」とし、州法による国旗損壊行為への処罰を違憲とした(1989年・テキサス州対ジョンソン裁判)。この合衆国連邦最高裁判決と同様に、我が国においても国旗や国章の損壊を伴う表現行為は憲法21条によって保障され、これを処罰することは違憲というべきである。
- よって、当会は、日本国国章損壊罪の制定に強く反対する。
以 上
2026年1月29日
札幌弁護士会
会長 岸 田 洋 輔













