刑事法廷内における入退廷時の被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める意見書
第1 意見の趣旨
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当会は、最高裁判所に対し、被告人が手錠・腰縄により拘束されていない状態で入退廷する運用が原則となるよう、更なる運用の改善を求める。
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当会は、国に対し、入退廷時における前項の運用を明文化する法改正を行うよう求める。
第2 意見の理由
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はじめに
我が国の刑事司法の現場では、被告人の逃亡や自傷他害の危険の防止という名目のもと、入退廷時において被告人に手錠・腰縄を使用することが常態化している。
被告人が手錠・腰縄を施された姿で法廷に入り、開廷までその拘束を解かれないまま多くの衆目にその姿を晒されることは、個人の尊厳に基づく人格権(憲法第13条)を深く傷つけるのみならず、当該人物があたかも危険な人物であり「罪人である」との予断を裁判官及び傍聴人に与えかねないものであり、憲法第31条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)第14条第2項が保障する「無罪推定を受ける権利」を侵害する重大な人権問題である。
2014年(平成26年)に大阪で生じた弁護人の出廷拒否事件を契機として、この問題は法曹三者内での議論が喚起され、日弁連や各地の弁護士会連合会・弁護士会においても改善を求める決議や声明が相次いで出されてきた。
当会においても、2022年(令和4年)3月25日付で「刑事法廷内における入退廷時に被疑者または被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める会長声明」を発出したほか、日弁連は、2023年(令和5年)10月に愛知県で開催した第66回人権擁護大会において、「刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議」を採択した。 -
最高裁判所の通知による運用の変更
こうした中、最高裁判所は、2026年(令和8年)1月26日、法廷内での手錠・腰縄の着脱に関し、法廷の出入口付近に衝立等を設置し、その裏で着脱を行う等の運用に改めるよう全国の裁判所に通知した(以下「本件通知」という。)。
本件通知は、最高裁判所が被告人の手錠・腰縄姿を人権問題として正しく捉えた上、今後、被告人の人格権に十分に配慮した対応を取るという方向性に舵を切ることを明確に示したものであり、これまで現場の裁判官の裁量に委ねられていた法廷内での手錠・腰縄の運用が、大きく変わっていくことになる。
しかしながら、本件通知は、飽くまでも「手錠・腰縄姿を傍聴人から見えないようにすること」に主眼が置かれており、被告人が手錠・腰縄姿で入廷し、判断権者である裁判官はその姿を視認するという、重大な問題が残されている。これまでどおりに裁判の当事者である被告人が手錠・腰縄を施されたまま入廷するという運用が継続するのであれば、本件通知による変更がなされたとしても、未だ憲法及び国際人権法が保障する無罪推定を受ける権利を侵害していると言わざるを得ず、手錠・腰縄問題が終局的に解決されたとはいえない。 -
依然として残された問題点
⑴ 本件通知に基づく運用イメージによれば、原則として、まず裁判官が入廷し、その後に戒護職員及び被告人が入廷して傍聴席からは見えないように設置された衝立等の内側で待機し、裁判官の指示により解錠が行われる手順となっている。すなわち、被告人は、手錠・腰縄を施された姿で法廷に入り、事実認定者であり、かつ、判決を決定する主体たる裁判官は、手錠・腰縄姿の被告人を見たうえで、その解錠を自ら指揮するのである。
⑵ しかし、手錠・腰縄姿は、当該人物が「犯罪者」であるという強力な非言語的かつ客観的なメッセージを発するものである。検察官と対峙する対立当事者である被告人が、手錠・腰縄姿で入廷させられ、裁判官に対して否定的なメッセージの発出を強制されることは、対立当事者として、およそ対等・公平な関係にあるとはいえない。
また、無罪推定の原則は、「予断のない公平な裁判所」(憲法第37条第1項)による裁判を受ける権利を実質化するために存在する。被告人を手錠・腰縄姿のまま入廷させ、予断を最も排除されなければならない裁判官にその姿を見せるという運用を継続することは、憲法上の要請である予断排除の原則や無罪推定の原則に抵触し、「公平な裁判所」を実現しているとは言い難い。
⑶ これに対し、裁判員裁判における取扱いとして当初予定されていた運用は、判断権者である裁判官及び裁判員が入廷する前に、書記官の指示によって被告人の手錠・腰縄をはずし、その後に裁判官及び裁判員が入廷するというものであり(平成21年7月24日付け法務省矯成第3666号)、実際、札幌地裁本庁における裁判員裁判では、このような運用がなされている。
この裁判員裁判での運用と同様に、通常の裁判においても、裁判官の入廷前に被告人の手錠・腰縄をはずすという対応はできるはずである。
⑷ 本件通知に基づく運用イメージは、裁判員裁判と通常の裁判とで被告人の権利保障に差を設けるものであり、合理性を欠いていると言わざるを得ない。 -
はじめに
我が国の刑事司法の現場では、被告人の逃亡や自傷他害の危険の防止という名目のもと、入退廷時において被告人に手錠・腰縄を使用することが常態化している。
被告人が手錠・腰縄を施された姿で法廷に入り、開廷までその拘束を解かれないまま多くの衆目にその姿を晒されることは、個人の尊厳に基づく人格権(憲法第13条)を深く傷つけるのみならず、当該人物があたかも危険な人物であり「罪人である」との予断を裁判官及び傍聴人に与えかねないものであり、憲法第31条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)第14条第2項が保障する「無罪推定を受ける権利」を侵害する重大な人権問題である。
2014年(平成26年)に大阪で生じた弁護人の出廷拒否事件を契機として、この問題は法曹三者内での議論が喚起され、日弁連や各地の弁護士会連合会・弁護士会においても改善を求める決議や声明が相次いで出されてきた。
当会においても、2022年(令和4年)3月25日付で「刑事法廷内における入退廷時に被疑者または被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める会長声明」を発出したほか、日弁連は、2023年(令和5年)10月に愛知県で開催した第66回人権擁護大会において、「刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議」を採択した。 -
国際的な観点から比較して見た我が国の現状と解決の指針
以上の問題点について、既に諸外国では我が国とは異なる取扱いがなされている。
まず、被告人に対する手錠・腰縄等の規制に関する国際的な先例である国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)においては、拘束具の使用は、より制限的でない制御形態では効果がない場合にのみ、必要最小限度の時間に限って許容されるべきとされている。また、EU指令においても、刑事手続指令が制定されており、第5条1項において、「構成国は、法廷または公衆の面前において身体拘束具を使用することによって、被疑者、被告人が有罪と受け取られないことを保障するために適当な措置をとる。」ことを求めている。
そして、これらの規則や指令を受けて、イングランドやアイルランド、ドイツ等の諸外国では、法廷内での手錠・腰縄の使用を厳格に制限し、被告人が身体拘束のない状態で入廷することを認めている。
韓国では、公判廷での身体不拘束原則を保障するために、法廷に直結する形で待機室が設置されており、被告人は、この待機室内で手錠をはずされて入廷し、退廷の際にも、待機室内にて手錠をかけられることになっている。
このような国際的な観点からしても、本件通知による運用イメージは、依然として国際的な人権基準からは立ち遅れた状態にあるといえる。 -
まとめ
⑴ 以上のとおり、本件通知は、最高裁判所がこの問題を人権問題として捉え、被告人の人格権を保護するという方向性に舵を切ったという点では一定の評価と意義を認め得るものではあるが、予断排除や国際的な人権基準という観点からすれば、被告人が手錠・腰縄姿で入廷し、裁判官が被告人の手錠・腰縄姿を視認する点では、依然として不十分である。
したがって、最高裁判所は、本件通知による運用変更によりすべてが解決したとするのではなく、最終的には、被告人が手錠・腰縄により拘束されていない状態で入退廷する運用が原則となるよう、更なる運用の改善を図っていくべきである。
⑵ そして、このような大きな運用変更について、最高裁判所や個々の裁判官の裁量ないし運用に委ねるのみでは、被告人の人権保障が不安定なものとなる。被告人の人権を確実に保障するためには、国が立法という形で統一的に行うことが必要である。そのため、国は、上記⑴の運用を明文化する法改正を行うべきである
以 上
令和8年3月19日
札幌弁護士会
会長 岸田洋輔
添 付 資 料
最高裁令和8年1月26日通知













