法制審議会の刑事再審手続に関する要綱(骨子)に強く反対し、えん罪被害者の救済のための再審法改正の実現を求める会長声明
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はじめに
法制審議会(再審部会)は、2026年(令和8年)2月12日、「刑事再審手続に関する要綱(骨子)」(以下「要綱(骨子)」という。)を採択し、法務大臣に答申した。
再審制度は、国家刑罰権の行使によって生じたえん罪という重大な人権侵害を是正するための最後の救済手段である。近年、袴田事件や福井女子中学生殺人事件など、再審により無罪判決が確定するえん罪事件が相次いでいるが、無罪判決の確定までには膨大な労力と年月を要しており、その大きな原因は、再審法の不備にある。
そのため、「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」は、2025年(令和7年)6月18日、衆議院に「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」(以下「議連法案」という。)を提出し、法制審議会でもこれを踏まえた審議が行われてきた。
しかしながら、採択された要綱(骨子)の内容は、再審法改正の本来の目的に明らかに反し、えん罪被害者の救済を迅速かつ容易にするどころか、却って困難にしかねない内容を含んでいる。
要綱(骨子)の主な問題点は、以下のとおりである。
⑴ 調査手続の創設
まず、要綱(骨子)は、「再審の請求についての調査手続」を新たに設け、再審の請求を受けた裁判所が当該請求について調査した結果、「再審の請求の理由がないことが明らかであると認めるとき」は、事実の取調べや証拠の提出命令を行うことなく再審請求を棄却するとしている。
しかし、この「調査手続」の創設は、えん罪被害の救済を入口段階で遮断するものであり、到底容認することはできない。
⑵ 証拠開示の制限
次に、要綱(骨子)は、検察官が裁判所に証拠を提出するものとし、証拠開示の対象も「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠」であって、請求との関連性や必要性の程度、さらに開示がなされた場合の弊害の内容及び程度等を考慮し、裁判所が「相当と認める」ものに限定している。
しかし、任意の開示であれば、弁護人は検察官から直接、証拠の開示を受けることができるのに、法律上の開示であれば、直接開示を受けられないとすることは不合理である。
また、無罪につながる証拠の多くが捜査機関の手元にあるなかで、再審請求人や弁護人がその存否を知ることは容易でなく、広く開示が認められた中で再審請求人や弁護人が検討や選別を行い、これにより初めて再審請求の理由に関連するものとして、裁判所に証拠として提出されていくという現実がある。
実際、袴田事件も福井女子中学生殺人事件も湖東病院事件も、裁判所の訴訟指揮によって広く開示された証拠が決め手となって再審開始決定、そして再審公判での無罪判決が出されているし、2026年(令和8年)2月24日に最高裁が検察官の特別抗告を棄却して再審開始決定が確定した日野町事件においても、第2次再審請求で開示された、被害品である金庫の発見場所や被害者の遺体発見場所への引当捜査に関する写真のネガ、アリバイ捜査に関する捜査資料等が新証拠として決定的な役割を果たした。
要綱(骨子)の定める証拠開示手続は、開示される証拠の範囲を不当に限定するものであるうえ、裁判官による職権での証拠開示命令制度も規定されていないため、現行の運用からも後退し、証拠開示の範囲が極端に狭まり、無罪につながる証拠の発見が極めて困難となるおそれがある。そのため、この点の改正も相当ではない。
⑶ 目的外使用への罰則
要綱(骨子)では、弁護人が検察官から提出を受けた証拠を再審請求の準備等の目的以外の目的で利用することにつき罰則をもって禁止している。
しかし、禁止される行為の範囲が明確ではないことから、開示された証拠を多角的に検討するために支援者に提供する行為など、再審請求又はその準備に必要な活動であったとしても、これを躊躇してしまうことが懸念される。それは再審請求人や弁護人の活動を萎縮させることにつながり、えん罪被害者の救済がさらに困難になるといえるため、この点の改正も相当ではない。
⑷ 検察官の不服申立て
要綱(骨子)は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止(廃止)していない。過去のえん罪事件から明らかなとおり、再審開始決定に対する検察官の不服申立てそれ自体が、再審請求人にとって、特に手続の長期化の面などで多大な負担となっているし、えん罪被害者の迅速な救済を妨げている。
検察官は、再審請求手続の当事者ではないにもかかわらず、再審開始決定に対し、ほぼ全ての事件で不服申立てを行っているのである。しかも、福井女子中学生殺人事件の第1次再審請求では、検察官は自らの主張と矛盾する重要な証拠を隠したまま不服申立てを行い、その結果、再審開始決定が取り消されるという事態も実際に生じている。
袴田事件や福井女子中学生殺人事件等の過去のえん罪事件を見ても、再審開始決定に対する検察官の不服申立てがなければ、速やかに再審公判が開始されていた。また、日野町事件では、検察官による即時抗告及び特別抗告がいずれも棄却されており、これは検察官の不服申立てが、再審開始決定の確定を単に7年7カ月以上遅らせたこと以外、何ら意味を持たなかったことを如実に示す実例であるといえる。
再審開始決定の確定後には再審公判が開かれる。検察官は、再審公判において確定判決の正当性を主張することができるのであるから、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止したとしても何ら不都合はない。
以上のとおり、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止(廃止)しなかった要綱(骨子)は、えん罪被害者の速やかな救済を著しく阻害するものであり、到底容認することはできない。 -
このように、要綱(骨子)は、看過しがたい重大な問題点を孕んでおり、えん罪被害者の速やかな救済という再審法改正の目的とは程遠いものとなっている。
当会は、本年1月16日付けで「法制審議会刑事法(再審関係)部会の審議のあり方に抗議し、議員立法による再審法改正の実現を求める会長声明」を公表し、法務省事務当局が意見集約の方向性を示唆する内容で、恣意的に論点の整理・抽出を行い、それに沿った方向に法制審の審議を誘導しようとしていることに対して深刻な懸念を表明していた。今回の要綱(骨子)は、その懸念が顕在化してしまったといえ、当会は、要綱(骨子)に強く反対する。
一方、議連法案は、再審請求手続における検察官保管証拠等の開示を広く認めるとともに、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する内容等となっており、これはえん罪被害者の速やかな救済に資するものといえ、高く評価することができる。 -
よって、当会は、深刻な問題点を含む要綱(骨子)に強く反対するとともに、国に対し、議連法案を踏まえた、えん罪被害者の救済のための再審法改正を実現するよう求める。
令和8年3月26日
札幌弁護士会
会長 岸田洋輔













