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1 本年5月30日から6月21日にかけ、最高裁判所の各小法廷は、東京都や広島県の公立学校教諭らが、各教育委員会の卒業式や入学式における国歌斉唱の際に起立・斉唱を命ずる校長の職務命令に従わなかったことを理由とする戒告処分や定年後の再雇用拒否等の処分取消しや国家賠償を求めた4事件の判決において、上記職務命令は憲法19条に違反しないと判示した。
一連の最高裁判決の多数意見は、上記職務命令が、自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対する敬意の表明には応じがたいと考える者の思想及び良心の自由を「間接的に」制約するものであることを認めつつも、上記起立・斉唱行為は式典における「慣例上の儀礼的な所作」であるから、これを命じる職務命令は上告人の有する歴史観や世界観を否定することにはならないとした上、公立学校教諭の地方公務員としての地位の性質とその職務の公共性等の一般的理由を挙げて、このような「間接的」制約の必要性と合理性を認めている。
2 しかしながら、「日の丸」や「君が代」に対する敬意の表明には応じがたいと考える者にとって、かかる起立・斉唱を職務命令によって強制されることは、単なる「慣例上の儀礼的な所作」で片付けられる問題ではなく、思想及び良心の自由の核心部分に対する制約にほかならない。この点は、田原睦夫裁判官も同旨の反対意見を述べているところである。
そもそも、国旗国歌法は、同法によっても国民に対して国歌斉唱時の起立斉唱を画一的に義務づけるものではないという、ときの内閣官房長官の国会答弁がなされた上で可決成立したものであった。
したがって、教職員に対し、起立・斉唱を職務命令によって強制することは、まさに思想及び良心の自由を侵害するものであり、憲法19条に反するというほかない。
3 よしんば仮に、起立・斉唱の強制を思想そのものに対する規制ではなく外部的行為の規制であるとして論じるとしても、これが個人の思想及び良心に反する行為を強要するものであって人格の根幹たる精神的自由権の制約につながるものである以上、厳格な基準により違憲審査に付されるべきことには変わりがない。この点に関し、宮川光治裁判官が反対意見で「およそ精神的自由権に関する問題を、一般人(多数者)の視点からのみ考えることは相当でない」として、「そういった人達の心情や行動を一般的でないからといって、過少評価することは相当ではない」と指摘したことは重要である。
4 以上のとおり、一連の最高裁判決は、憲法上、人格の根幹をなし最大限に尊重されるべき精神的自由権に対する制約を、公共性や秩序確保の名の下にあまりにも緩やかに認めるものであって、人権保障の砦たるべき最高裁判所の役割を果たしていないと言わざるを得ない。
5 ところで、かかる最高裁判決が出たことにより、教育行政が教職員に対し、これまでにも増して、学校行事等での君が代斉唱時における起立・斉唱を職務命令として強要することが懸念される。現に、大阪府議会においては、6月3日、公立学校の教職員に対して起立・斉唱行為を義務づける全国初の条例を制定し、同府知事は、その職務命令に違反した者への懲戒免職を含む処分基準を定める条例案を提出する意向を表明している。
しかしながら、一連の判決は、教育行政が教職員に対して国歌斉唱時の起立・斉唱を強要することを無条件で容認する趣旨ではない。それは、多数意見においても、不利益処分が裁量権の濫用に該当する場合があるとか、あるべき教育現場が損なわれることのないよう教育行政担当者に寛容の精神の下に可能な限りの工夫と慎重な配慮を求めるといった補足意見が付されていることからも明らかである。
ここ北海道においても、2009年(平成21年)以降、教育委員会は、教職員の服務規律等の確保という観点から、その内容の1つとして「入学式・卒業式における国旗・国歌の適切な実施」を強調し、その翌年には、教職員への実態調査、道民からの通報制度の実施に踏み切った。
これに対し、当会は、本年2月19日、北海道弁護士会連合会との共催で緊急シンポジウム「憲法から北海道の教育現場を考える」を開催し、その問題点を指摘したところである。
教職員に対する国歌斉唱時の起立・斉唱の強制は、教職員自身の思想・良心の自由を侵害するのみならず、児童生徒にも心理的な強制力を加え、その思想・良心の自由の侵害にもつながるものである。ひいては、本来人間の内面的価値に関する文化的営みとして多数決原理に支配されてはならない教育のあり方を歪めることにもなりかねない。
当会は、教育行政に対し、一連の最高裁判決を錦の御旗にして教職員に対する国歌斉唱時の起立・斉唱の強制を行なうことなく、かつ、起立・斉唱を拒んだ者への懲戒処分等の不利益取り扱いを行なうことのないよう、強く要請する。
2011年6月29日
札幌弁護士会 会長 山﨑 博
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