東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効について特別の立法措置を求める会長声明
- はじめに
2011年(平成23年)3月11日に東京電力福島第一原子力発電所(以下「本件原発」という)における事故(以下「本件原発事故」という)が発生してから、既に2年2か月が経過した。
本件原発事故により発生した被害は、極めて深刻かつ広範であり、現在もその被害は日々新たに発生し続けている状況にある。
しかるに、本件原発事故に関する被害者らの損害賠償請求権については民法第724条前段が適用され,「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効により請求権が失われると解釈される余地がある。
しかしながら、本件原発事故による被害者らが、短期消滅時効の適用によってその権利救済の途が閉ざされることは、絶対にあってはならない。 -
本件原発事故の特殊性について
本件原発事故を原因とする政府の避難指示によって、約15万人もの住民が避難を余儀なくされた。放射性物質による健康被害が懸念される地域にとどまった住民も、日々被曝の危険にさらされ、多大な精神的苦痛を被っている。
また、避難指示等が出されていない地域も含めて、本件原発事故により飛散した放射性物質による健康被害のリスクを回避するために、少なからぬ住民が他地域に避難した。北海道においても、2013年(平成25年)5月9日現在、北海道庁が把握しているだけで2861名の避難者が避難生活を継続している。こういった避難者の多くは、経済的困窮や地域コミュニティとの隔絶、家族との分断等といった様々な事態に直面しながら、今もなお、避難先の地において避難生活を継続している。
さらに、本件原発事故を原因として発生した風評被害も大きく、現に、北海道内の観光業者等の事業者にも深刻な被害を受けている者が少なからず存する。
このような本件原発事故の深刻性、広範性、継続性といった特殊性に照らせば、本件原発事故による被害者らには、自らの被害を把握し、その被害回復の方策を十分に吟味、検討した上で被害に見合った賠償を受ける途が十分に確保されなければならない。 - 特例法案の問題点
この点、政府は、本件原発事故の損害賠償請求権についての時効特例法案(以下「本件特例法案」という。)を国会に提出し、5月21日、右法案は衆議院で可決された。その内容は、原子力損害賠償紛争解決センターへの和解仲介申立に時効中断効を付与し、和解が成立しなかった場合でも和解打ち切り後1か月は裁判所に提訴する猶予を与えるというものである。
しかしながら、本件事故が原因で全国に避難している被害者の数は、現在でも約10万人にのぼると言われているが、2012年(平成24年)年12月末時点で同センターに和解仲介手続の申立をした被害者は、わずか1万3030名に過ぎない。また、北海道内への避難者についても、同センターに和解仲介手続の申立を行った人数は、当会が把握している限りでは、44世帯144名に過ぎない。
風評被害に関する和解仲介手続の申立も、被害の主張・立証に困難な面が多く、遅々として進んでいないのが実情である。
このように、同センターへ和解仲介手続の申立を行った被害者が実際の被害者のうちごく一部に限られていることからすると、本件特例法案は、実質的に被害者救済に結びつくものとは到底いえない。
何よりも、本件原発事故による被害は、今もなお継続して拡大しているのである。 - 結論
政府は、本件特例法案のように不十分な立法措置にとどまらず、本件原発事故に関する被害者らの損害賠償請求権について、まずは民法第724条前段を適用しないこととする特別の立法措置をすみやかに行うべきである。
2013年5月27日
札幌弁護士会 会長 中村 隆