特定秘密の保護に関する法律案の制定に反対する会長声明
政府は2013年10月25日,「特定秘密の保護に関する法律案(以下本法案という。)」を閣議決定し,同法案を本臨時国会に提出した。
しかしながら本法案には,重要な点に限っても,以下に述べるように種々の問題点が存在する。
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本法案は,行政機関の長が指定する「特定秘密」を漏らした者等を処罰することを内容としている。
しかし,ここにいう「特定秘密」の範囲はその法文上広範であるうえ不明確であり,しかも「特定秘密」の指定は,行政機関の長ないし内閣の判断により延長できることとなっている。そのため,行政機関の長による恣意的な判断によって幅広い情報が「特定秘密」として指定される可能性があり,その結果,本来公開されるべき情報が長期間にわたって統制,隠蔽されるおそれが極めて大きい。
国民主権の下での民主主義社会は,国民が国政に関する重要な情報に接することができて初めて,健全に成立する。本法案には,行政機関の長による恣意的な判断を防止する制度的担保は一切なく,本法案によって,国民は国政に関する重要な情報から遠ざけられることになりかねない。 - 本法案は,故意又は過失による「特定秘密」の漏えい行為や「特定秘密」の取得行為を処罰するだけでなく,これらの未遂や共謀,独立教唆又は扇動をも処罰する点において,処罰範囲が極めて広範である。このことは,「特定秘密」の範囲自体が広範・不明確であることと相まって,民主主義社会にとって重要である,国政に関する情報について国民がアクセスすることや公務員がこれを外部に発する行為を萎縮させる可能性が大きい。
のみならず「特定秘密」の漏えい行為の教唆を独立して処罰することは,報道機関による取材行為を刑罰による威嚇によって過度に萎縮させ,取材の自由・報道の自由を実質的に失わしめることになる。
なるほど本法案では報道・取材の自由への配慮する旨の規定があり,また「専ら公益を図る目的を有し,かつ,法令違反又は著しく不当な方法」によるものと認められない取材行為については,正当な業務による行為とする旨の規定が存在する。
しかしながら,報道・取材の自由への配慮規定は,単なる訓示規定に過ぎないうえ,どのような場合に「公益を図る目的」であり「著しく不当な方法」であるかは,事前に予測することができないという意味で抽象的かつ不明確な文言といわざるを得ず,本法案の取材・報道への萎縮効果を払拭するものではない。
取材・報道の自由が失われると,国民の知る権利の保障は確保し得ない。本法案は民主主義の前提である国民の知る権利を侵害するものである。 - 本法案は,「特定秘密」の取扱をするものに対し,行政機関の長による「適性評価」を実施することとしており,この「適性評価」の対象者は公務員のみならず,「特定秘密」の提供を受ける民間事業者等も含まれるところ,「適性評価」のための調査内容は,「特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項」「犯罪及び懲戒の経歴に関する事項」「薬物の濫用及び影響に関する事項」「精神疾患に関する事項」「飲酒についての節度に関する事項」「信用状態その他経済的な状況に関する事項」と広範に及んでいる。
これら事項の中には,高度のプライバシーといえる情報が含まれており,その調査自体が国民のプライバシーの権利を必要以上に侵害するおそれがあるうえ,これを行う行政機関の恣意的判断によっては,「適性評価」のための調査を理由とした,個人の政治活動や思想,信条にまで踏み込む調査がなされる危険性さえ孕んでいる。 - 本法案では,国会ないし国会議員に対しても,「特定秘密」の提供が限定的にしかできないことになっている。このことは国会を行政機関より下位に置くことに等しく,国会の最高機関性を否定するものである。
また,刑事手続における「特定秘密」の提供も限定的であって,「特定秘密」の漏えい罪等の公判において,弁護人にとって,「特定秘密」の内容を知ることが弁護活動のために不可欠な場合であっても,その内容を知り得ない可能性すら想定できる。このことは,当該事件の被告人の裁判を受ける権利を直接的に侵害するものである。
本法案は,以上のような問題点に加え,政府が本法案の提出に先立って行ったパブリックコメントの期間が極めて短かったこと,またそのパブリックコメントの約77%が法案に反対しているにも関わらず,その抜本的な修正を行わず,かつ,国会での審議においても十分な時間を費やさないなど,国民的議論を経ないまま拙速に立法作業が行われているのであって,その制定手続も暴挙であると言わざるを得ない。
当会は,2012年3月23日,「秘密保全法制定に反対する会長声明」を公表し,秘密保全法の制定は,憲法上の原理,憲法によって保障される諸権利を侵害するものであることを指摘し,その制定に強く反対することを明らかにした。
本法案においても,当会が懸念したこれら憲法上の原理ないし権利を侵害する危険性はいささかも払拭されておらず,むしろそれが具体化しているとさえいえるものである。
当会は,憲法上の原理を蔑ろにし,憲法によって保障された国民の基本的人権を侵害する本法案の制定に,強く反対する。
本法案は直ちに廃案とされるべきである。
2013年11月21日
札幌弁護士会会長 中村 隆