声明・意見書

労働時間規制の緩和に反対する会長声明

  1.  2015年4月3日,労働基準法等の一部を改正する法律案(以下「本法律案」という。)が閣議決定され,第189回通常国会に提出された。本法律案の主たる内容は,(1)特定高度専門業務・成果型労働制を新設し,(2)企画業務型裁量労働制の適用対象を一定の営業職等に拡大することである。
  2.  (1)は,「高度の専門的知識等を必要とし,その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務」に従事する労働者であり,「労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を1年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額の3倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額」以上である労働者を,時間外割増賃金制度の適用除外とするものである。
     しかし,2014年11月1日に過労死等防止対策推進法が施行されたことにも如実に表われているとおり,時間外割増賃金制度が長時間労働に対する一応の抑制手段となっている現行法下ですら,長時間労働による労働者の健康被害が後を絶たないのであるから,時間外割増賃金制度の適用除外を安易に拡大することは,決して許されるべきではない。
     本法律案は,対象業務及び年収のみを要件としているが,高度な知識を要する業務に従事していて,年収が高いからといって,自律的な時間管理が可能であるとはいえず,過大な業務量や期限内の業務遂行を強いられれば,長時間労働を行わざるを得ないことは明白である。したがって,これらの要件は,長時間労働の歯止めとしては機能し難く,時間外割増賃金制度の適用除外を正当化するものとはなりえない。
     また,これらの要件については,具体的な要件が省令に委任されていることから,今後,適用対象が法律によらずに際限なく拡大する危険性がある。加えて,労働政策審議会労働条件分科会の2015年2月13日付け「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」における「幅広い労働者が対象となることが望ましい」との使用者代表委員の意見や,労働者派遣法の規制緩和の推移等に鑑みると,ひとたび規制緩和がなされれば,その範囲がなし崩し的に拡大する危険性が高い。
     さらに,本法律案においては,賃金が労働時間に見合った形で算定されないことは明確である一方,「成果型労働制」という名称とは裏腹に,賃金が成果に見合った適切な形で算定されるべきことは何ら担保されていない。そのため,労働者は,労働時間と成果のいずれによっても適切な評価を受けることができず,使用者の命じるままに,過酷な長時間労働を強いられることになりかねない。
     したがって,(1)は,現行法下でも深刻な問題となっている長時間労働をさらに悪化させる危険がある。
  3.  (2)は,企画業務型裁量労働制について,①「当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」であって,②「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画,立案,調査及び分析を行い,かつ,これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務」等を新たに適用対象とするものである。
     しかし,①については,現行法でも要件とされているところ,「具体的な指示」という要件自体が抽象的・相対的であり,どの程度の指示であれば「具体的な指示」に該当するのか判然としないという問題がある。さらに,②のように適用対象を拡大することによって,定義が一層広汎かつ不明確となり,例えば,民間企業の営業職においては,程度の差こそあれ,顧客に対する何らかの調査や勧誘を業務とすることが通常であるから,②のように対象業務を広汎に規定することは,結局,あらゆる営業職を時間外割増賃金制度の適用除外とし,過酷な長時間労働を拡大させる危険を内包している。
     したがって,(2)は,要件について緩やかな運用がなされることにより,適用対象が際限なく拡大され,さらなる長時間労働を招く危険性が高いといえる。
  4.  前述のように,本法律案は,(1)及び(2)のいずれについても,これまで以上に長時間労働を招く危険性をはらんだものといえるが,さらに問題なのは,本法律案において,長時間労働を抑制する実効的な手段が何ら規定されていないことである。
     本法律案は,「労働者ごとに始業から24時間を経過するまでに厚生労働省令で定める時間以上の継続した休息時間を確保し,かつ,(労働基準法)第37条第4項に規定する時刻の間において労働させる回数を1箇月について厚生労働省令で定める回数以内とすること」等の措置の中から1つを選択して実施することを使用者に義務付けている。しかし,かかる措置は,一定時間以上の労働を絶対的に禁止するような労働時間の上限規制ではなく,使用者としては,労働者に対し,次の始業までの「休息時間」(「休日」ではない)さえ付与すれば,連日のように労働を命じることが可能となるのであるから,労働者の健康を確保するための規制としては極めて緩やかであって,長時間労働を抑制する実効的な手段とは到底いえない。
  5.  以上のとおり,本法律案は,長時間労働を抑制する実効的な手段を何ら伴わず,さらなる長時間労働を招く危険性をはらんでいる。したがって,当会は,長時間労働の拡大により労働者の生命,健康を脅かす本法律案に対し,強く反対するものである。

以上

2015年(平成27年)6月11日
札幌弁護士会
会長  太田 賢二

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