声明・意見書

消費者庁・国民生活センター・消費者委員会の地方移転に反対する意見書

2016年(平成28年)1月13日

内閣総理大臣 まち・ひと・しごと創生本部 本部長 安倍 晋三 殿
地方創生担当大臣 石破 茂 殿
まち・ひと・しごと創生本部政府関係機関移転に関する有識者会議 座長
増田 寛也 殿
消費者担当大臣・行政改革担当大臣 河野 太郎 殿
消費者庁長官 板東 久美子 殿
消費者委員会委員長 河上 正二 殿
国民生活センター理事長 松本 恒雄 殿

札幌弁護士会 会長 太田 賢二

現在、政府の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づき、消費者庁・国民生活センター・消費者委員会を徳島県に移転することが検討されている件に関し、当会としては、以下のとおり反対の意見を述べる。

第1 意見の趣旨

  1. 消費者庁が、消費者行政の司令塔として機能し、消費者被害事故などの緊急事態に迅速に対処し、所管する法制度について企画・立案・実施を迅速かつ円滑に行うためには、担当大臣、関係各省庁及び国会と同一地域に存在することが必要であるから、消費者庁の地方移転には反対である。
  2. 国民生活センターが、全国の消費生活相談窓口のセンター・オブ・センターとして消費者行政を全面的に支援し、消費者保護関連法制度・政策の改善に向けた問題提起や情報提供を効果的に行うためには、消費者庁のみならず関係各省庁との密接な連携が不可欠であるから、地方移転には反対である。
  3. 消費者委員会が、消費者問題について、消費者庁を含む関係省庁に対する意見表明(建議等)や、内閣総理大臣、関係各大臣又は消費者庁長官の諮問に対する調査・審議を迅速かつ円滑に行うためには、担当大臣及び関係各省庁と同一地域に存在することが必要であるから、消費者委員会の地方移転には反対である。

第2 意見の理由

  1. 政府は、「まち・ひと・しごと創生本部」に、政府関係機関移転に関する有識者会議(以下「有識者会議」という。)を設置し、本年3月には基本方針を決定することとしている。
    確かに、政府関係機関をはじめとする東京への一極集中状態が、地価の高騰、若者の東京圏への大量流入と過密化をもたらし、災害時の被害を大規模化し、行政機能の著しい低下や産業の空洞化リスクを生ずるおそれがある一方で、地方においては人口減少や人手不足、地域経済の縮小等を招いている現状は否定できない。そのため、政府関係機関を地方に移転することによって東京一極集中に歯止めを掛け、さらには関連事業者の地方展開を促進し、地域経済の発展・活性化を目指すことは、一般論としては有効な政策として評価できる。
  2. しかし、移転対象となる政府関係機関の選定に際しては、その機関の位置づけや本来果たすべき役割に鑑み、著しい機能低下をもたらすことのないよう慎重な判断が必要であり、有識者会議においては「更なる精査を要する提案に該当しないもの」、すなわち移転対象とすべきではない場合の具体的な考え方として、「官邸と一体となり緊急対応を行う等の政府の危機管理業務を担う機関」や「中央省庁と日常的に一体として業務を行う機関(中央省庁そのものの移転と一体の提案を除く)」に係る提案や、「現在地から移転した場合に機能の維持が極めて困難となる提案」が挙げられている(政府関係機関移転に関する有識者会議(第2回)の資料4参照)。
  3. 消費者庁の機能低下 現在、消費者庁は徳島県から移転の提案を受けているが、以下のとおり、同庁は消費者行政の司令塔としての役割を担い、「官邸と一体となり緊急対応を行う等の政府の危機管理業務を担う機関」かつ「中央省庁と日常的に一体として業務を行う機関」であって、「現在地から移転した場合に機能の維持が極めて困難となる」ため、「更なる精査を要する提案」には該当しない。

     (1)消費者行政の司令塔としての役割
    消費者庁は、2009年(平成21年)9月、それまでの生産者・供給者の立場から作られた行政を国民本位のものに改める「行政のパラダイム(価値規範)転換」を図り、各省庁縦割りの弊害をなくし、消費者行政を統一的・一元的に推進する司令塔として設立されたものである。
    平成27年3月24日に閣議決定された「消費者基本計画」においては、消費者を取り巻く環境が変化し、消費者問題が多様化・複雑化している現状下、これまでにも増して、多くの府省庁等の積極的かつ計画的・一体的な施策の実施が必要となっていることが確認されており(同3頁)、「現在は消費者問題に関する事項の総合調整事務を内閣府が所管しているものの、「内閣官房及び内閣府の業務の見直しについて」(平成27年1月27日閣議決定)に基づき、当該事務を消費者庁に移管する法案を国会に提出する」とされ、実際にも、「内閣の重要政策に関する総合調整等に関する機能の強化のための国家行政組織法等の一部を改正する法律案」が第189回通常国会に提出され、同法案は同国会で成立し、2015年(平成27年)9月11日に公布された。そして「消費者基本計画」では、法改正後は、「消費者基本計画の実施や実施後の検証・評価・監視、計画の見直し等について、消費者庁において総合調整機能を発揮し、消費者行政の司令塔・エンジン役としての役割をより一層強力に果たして、更なる消費者政策の推進を図る」べきものとも明記されている(同10頁)。

     (2)官邸と一体となり緊急対応を行う機関
    消費者庁は、生命・身体や財産にかかわる消費者被害について、正確かつ迅速な情報提供等を通じて被害の発生防止・拡大防止を図り、ひとたび国民の安心・安全を脅かすような事態が生ずれば、ただちに官邸と一体となって緊急対応を行う必要がある。
    消費者基本計画においても、「緊急事態等においては、「消費者安全の確保に関する関係府省緊急時対応基本要項」(平成24年9月28日関係閣僚申し合わせ)で定める手順に基づき、関係府省庁が相互に十分な連絡及び連携を図り、政府一体となって迅速かつ適切に対応し、消費者被害の発生・拡大の防止に努めるとともに、関係行政機関や事業者、医療機関等から寄せられる事故情報については迅速かつ的確に収集・分析を行い、消費者への情報提供等を通じて、生命・身体に係る消費者事故等の発生・拡大を防止する」とされており(14頁)、「消費者事故の情報については、消費者庁に一元的に集約することとされているが、それが実際に機能するためには、全ての行政機関、関係事業者等の協力・連携が不可欠であ」ると明記されている(12頁)。
    消費者問題は国民生活のあらゆる場面に関わる問題であり、その施策は、経済産業省、農林水産省、国土交通省、厚生労働省、総務省、文部科学省、金融庁、警察庁等、さまざまな省庁が所轄する広範な分野に及ぶ。実際にも、消費者庁は、冷凍食品に農薬が混入された際には「消費者安全関係府省庁等会議」を開催し、全国で食品表示・メニュー表示の偽装問題が相次いだ際には「食品表示等問題関係府省庁等会議」を開催し、それぞれ対応策を検討・決定してきたものであり、特に後者では、経済産業省(デパート)、農林水産省(レストラン)、国土交通省(ホテル)、厚生労働省(旅館)として所轄が分散する『縦割り行政』をまとめる司令塔の役割を果たしてきた。
    今後も、防災問題や鳥インフルエンザ対策等で政府の緊急会議が開催される際には、消費者庁もただちに駆けつけ、官邸と一体となって緊急対応策を検討・実施しなければならない。

     (3)中央省庁と日常的に一体として業務を行う機関
    消費者政策を企画し実施するためには、必要に応じて関連諸法を迅速かつ頻繁に改正することが重要であるところ、前記のとおり、消費者問題は国民生活のあらゆる場面に関わっているため、法改正においては、それぞれの所轄省庁と綿密な打ち合わせを重ね、法相互の調整を図る必要があり、また、法案立案作業過程においては内閣法制局と頻繁な協議を重ね、実際の法改正審議となれば衆参議院で開催される特別委員会への出席、各政党で行われる調査会、勉強会への出席等の国会対応が不可欠である。
    このように、消費者庁は、消費者行政の司令塔として、多数の関係各省庁と密接に連携し、計画的・一体的な施策を実施するための調整を重ねる役割を担っているのであって、まさに、有識者会議が移転対象とすべきではないと考える「中央省庁と日常的に一体として業務を行う機関」である。

     (4)現在地から移転した場合の著しい機能低下
    消費者庁は、行政における各省庁縦割りの弊害をなくし、消費者行政を統一的・一元的に推進する司令塔として設立されたものであるところ、他の政府関係機関が東京に集中している現状において、消費者庁が地方に移転して中央省庁と日常的に一体として業務を行うことができなくなれば、司令塔としての機能が著しく低下することは明らかである。テレビ会議や電話、メール等を活用しても、単なる事務連絡を超える連携や調整には限界があり、緊急事態発生時においても官邸と一体となって緊急対応を行うことはできない。
    このように、消費者庁を関係省庁と切り離し、地方に移転させることは設立の趣旨に反し、本来的機能を著しく低下させることは明らかであって、我が国の消費者行政が大きく後退することは避けられない。
  4. 国民生活センターの機能低下
    消費者庁が所管する国民生活センターは、全国の消費生活相談情報であ るPIO-NET情報を集約し、その被害情報を分析し、全国の消費者や地方自治体等行政組織にも情報を発信し、必要に応じて迅速な注意喚起を行うとともに、研修等を通じて全国の消費生活センター・消費生活相談員らを支援し、また、商品テストを実施し、その結果に基づき情報を集約・分析し、消費者に対しては注意を喚起し、関係省庁等には情報を提供し、必要に応じて事業者を指導し、さらに、ADRにおいては事業者と消費者の出席を求め、和解の仲介手続きを行うなど、消費者行政を全面的に支援する機能を担っている。
    そして、消費者庁のみならず、経済産業省をはじめとする各省庁も、消費者問題に関連する法の新設や改正を審議する際には国民生活センターに相談情報の分析を依頼しており、法を執行する際には警察庁とも連携を図り、常に最新の情報と問題意識を共有しつつ、これを施策に生かしてきたものである。このように、国民生活センターは、単なるデータベースによる情報収集と分析だけを業務としているのではなく、関係各省庁と日常的に連携することで、法の新設・改正、執行の各場面において重要な役割を果たし消費者行政の推進に寄与してきたものであり、これを為し得るだけの専門的な人材を多数確保できる場所と条件が必要不可欠である。
    仮に、関係各省庁が東京に集中する現状において、国民生活センターが消費者庁とともに地方に移転することになれば、相互の密接な連携や意見交換、情報共有が著しく困難となるうえに、人材確保等の面からも、その機能低下と消費者行政の後退は明らかである。
  5. 消費者委員会の機能低下
    消費者委員会は、各種の消費者問題について、自ら調査・審議を行い、消費者庁を含む関係省庁に対して意見表明(建議等)を行うほか、内閣総理大臣、関係各大臣又は消費者庁長官からの諮問に対して調査・審議を実施する機関である。消費者委員会は非常勤の委員10名で構成されているところ、各委員は、月に数回程度の本委員会に出席するだけでなく、その準備のため、委員同士の意見交換や事務局との個別の打ち合わせ、各分野の専門家等からの意見聴取などを重ねており、さらには、本委員会のみならず多数の部会や専門調査会、ワーキング・グループも必要に応じて随時開催するなど精力的に活動し、これまでにも多くの建議、提言、意見を提出してきた。その対象は、消費者庁と同様に、消費者問題に係る広範かつ多数の専門分野にわたっており、調査・審議を迅速かつ円滑に行うためには、多数に及ぶ関係各省庁と同一地域に存在することが必要である。したがって、消費者委員会を関係省庁と切り離して地方に移転させることも、その設立の趣旨に反し、機能を著しく低下させることが明らかであるから、消費者委員会の地方移転には反対である。
  6. 以上のとおり、「まち・ひと・しごと創生本部」に提案された、消費者庁及び国民生活センターを徳島県に移転するという方針について、当会は、司令塔としての消費者庁を設立した趣旨を没却し、内閣府による「消費者基本計画」に反し、消費者行政を大きく後退させるものであるから、ここに反対の意見を述べる。

以上

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