声明・意見書

緊急事態条項(国家緊急権)を憲法上創設することに反対する会長声明

 現在、国会による憲法改正の発議が現実になろうとしている。
 昨年11月からは、具体的な改正条項を検討するために衆参両院の憲法審査会で実質的な討議が行われており、とりわけ与野党の複数の会派から緊急事態条項(国家緊急権)創設の必要性が語られている。
 ここにいう緊急事態条項とは、戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害等、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序(人権保障と権力分立)を一時停止して非常措置をとる権限、いわゆる国家緊急権を、行政権力に認めるものである。
 このような条項の創設について、当会は断固反対する。なぜなら、緊急事態条項(国家緊急権)は、基本的人権の尊重に対する大きな脅威となる危険性が非常に高いばかりでなく、そもそもその必要性も認められないからである。

 まず、緊急事態条項(国家緊急権)は、行政権力その他の国家権力を制約して人権保障を実現しようとしている立憲主義体制を根底から覆すものであり、権力の濫用を生む危険がある。だからこそ、日本国憲法は、敢えて緊急事態条項(国家緊急権)を設けていないのである(帝国憲法改正案委員会における金森国務大臣の答弁)。
 歴史的に見ても、ドイツにおけるナチスの独裁は、緊急事態条項(国家緊急権)を利用して多数の国会議員を逮捕し、国会を機能停止に陥らせて全権委任法を制定、首相(ヒトラー)に権力を集中させるという方法で確立されたものであった。また、日本においては関東大震災時に「戒厳」の下で国民意識が誘導され、社会主義者や朝鮮人の大量虐殺が行われたこと等、緊急事態条項(国家緊急権)は、計り知れない危険性をはらんでいる。

 他方で、緊急事態条項(国家緊急権)は災害対策のためやテロ対策のために必要だとの主張がある。
 しかし、すでに日本の災害対策法制は精緻に整備されており、憲法に緊急事態条項(国家緊急権)を設ける必要はない。すなわち、非常災害が発生して国に重大な影響を及ぼすような場合、内閣総理大臣が災害緊急事態を布告し、生活必需物資等の授受の制限、価格統制を決定できるほか、必要に応じて地方公共団体等への指示ができるなど、内閣総理大臣への権限集中の規定がある。また、防衛大臣が災害時に部隊を派遣できる規定や、都道府県知事や市町村長の強制権など、国民・住民の権利を一定範囲で制限する規定も設けられている。必要論者からは、東日本大震災の際に緊急事態条項(国家緊急権)がなかったために適切な対応ができなかったとの主張もあるが、それは上記の法制度があるにもかかわらず日頃の十分な準備を怠り、適切に運用できなかったからであって、憲法に緊急事態条項(国家緊急権)がなかったからではない。

 また、テロは、政治的目的を持った特定の犯罪であるから、平時における警察機構による対処をすべきであり、実際、1995年(平成7年)に地下鉄サリン事件が起きた際にも、平時の警察活動、司法手続によって適切に対応することができた。

 このように、緊急事態条項(国家緊急権)は、濫用の危険が大きく、立憲主義を破壊して基本的人権の多大な侵害を引き起こす危険性を有しているばかりでなく、その必要性も認められないものであるから、当会は、緊急事態条項(国家緊急権)を憲法に創設することに、強く反対する。

2017年(平成29年)1月24日
札幌弁護士会
会長 愛須 一史

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