消費者契約法改正についての意見書
第1 意見の趣旨
消費者契約法(以下「法」という。)の改正に向けて,消費者庁から2017年(平成29年)8月21日付で「報告書における消費者契約法の改正に関する規定案」(以下「規定案」という。)が提示された。同規定案は,消費者保護に関する法制度を前進させるものとして一定の評価ができるものであるが,以下の内容が盛り込まれていない点において未だ不十分であると言わざるを得ない。
そこで,同規定案に基づく速やかな法改正を進めるだけでなく,同規定案に盛り込まれなかった以下の内容についても早急に検討して必要な法改正を実現すべきである。
- 合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させるいわゆる「つけ込み型」勧誘の類型について,高齢者,若年成人,障害者等の知識,経験及び判断力の不足を不当に利用して不必要な契約や過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われた場合に当該契約を取り消し得る旨の規定を設けるべきである。
- 消費者に対して消費者契約の内容に関する必要な情報の提供に努めるべき事業者の義務(法第3条第1項)について,考慮すべき要因となる消費者の事情として,「当該消費者契約の目的となるものについての知識及び経験」のほか,「当該消費者の年齢」を含める旨の規定を設けるべきである。
- 約款を使用した消費者契約について,事業者において消費者が契約締結前に契約条項(新民法第548条の2以下の「定型約款」を含む。)をあらかじめ認識できるよう努めなければならない旨の規定を設けるべきである。
第2 意見の理由
2016年(平成28年)5月の一部改正に際して今後の検討課題とされた論点について,同年9月,内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会における審議が再開され,2017年(平成29年)8月4日,「消費者契約法専門調査会報告書」(以下「報告書」という。)が取りまとめられた。
その報告書を踏まえ,内閣府消費者委員会は,同月8日,内閣総理大臣に対し,報告書に沿った法改正等の取組を進めるべきことを答申した上で,更なる付言として,早急に検討すべき喫緊の課題を指摘した(その課題の内容は,前記意見の趣旨1~3と同旨である。)。
その後,消費者庁から,前記規定案が示されたが,内閣府消費者委員会が指摘した喫緊の課題について,同規定案には反映されていなかったものである。
しかし,その指摘された課題の内容は,以下に述べるとおり,「消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与する」(法第1条)という法の目的に照らして不可欠なものである。
- 「つけ込み型」勧誘に関する取消権について(意見の趣旨1)
報告書においては,合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させる類型として,いわゆる霊感商法や恋人商法を念頭においた類型に関し,消費者に取消権を認める規定の新設が提案され,これらは規定案に盛り込まれている。
しかし,規定案や現行法第4条第1項ないし第3項による取消権は,いずれも事業者の行為により消費者を合理的な判断をすることが困難な状況に陥らせた場合に関するものであり,事業者の行為により作出されたものではないが,消費者の合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させた場合には適用されない。
報告書においても,「合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させる類型の被害事例の中には,必ずしも(中略)事業者の行為はみられないものが存在する。特に高齢者等の判断力の不足等を不当に利用し,不必要な契約や過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われる場合も存在しており,これらの事例の救済は,民法上の公序良俗違反による無効等の一般規定に委ねられたままの状態となっている」と指摘されている。その上で,報告書は,消費者に取消権を付与して救済する規定を検討することの必要性を認めつつ,要件の明確化の課題が解消されていないこと等を理由として,その検討を先送りする結論とした。
しかし,高齢者,若年成人,障害者等の知識,経験及び判断力の不足を不当に利用して,不必要な契約や過大な不利益をもたらす契約を締結させる事業者の行為を容認すべきではないことは明らかである。要件の明確化の点についても,不当性,必要性及び過大性(「不当に利用して不必要な契約や過大な不利益をもたらす」)といった要件は,もとより個々の事案における具体的な事情に基づき判断すべき要件であるので,明確化が不十分であるという批判は当たらない。
よって,事業者の行為によって作出されたものであるか否かにかかわらず,合理的な判断をすることができない消費者の事情を利用して前記のような契約を勧誘した場合について,消費者の取消権を認める規定を設けるべきである。 - 消費者に対する情報提供において配慮すべき事項について(意見の趣旨2)
現行法第3条第1項は,事業者が「消費者契約の締結について勧誘するに際しては,消費者の理解を深めるために,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない」と定めているところ,規定案は,本条項につき「当該消費者契約の目的となるものの性質に応じ,当該消費者契約の目的となるものについての知識及び経験についても考慮した上で」上記情報の提供に努めるべきものとする旨を提案している。
しかし,消費者契約の内容について必要な情報の提供に努めるべき事業者の義務について,考慮すべき要因となる消費者の事情を,「消費者契約の目的となるものについての知識及び経験」に限定する理由はない。
特に,高齢者や若年者は,その年齢に照らして類型的に消費者契約の締結に関し合理的な判断をすることができないおそれが高いと考えられる。例えば,北海道立消費生活センターの平成28年度消費生活相談報告書によれば,「パソコンやスマートフォン,携帯電話のサイトを介したワンクリック請求等の不当請求や架空請求,インターネット通信サービスなどの『運輸・通信サービス』については,20歳未満をはじめとする幅広い年代から多くの相談が寄せられており,なかでも20歳未満においては,寄せられた相談件数133件のうち71件53.4%を占めて」おり,「60歳代から70歳以上の相談は、1,989件(相談受付全体の27.0%)で,前年度より177件増加し」,「『特殊販売』(通信販売,電話勧誘販売,訪問販売,マルチ・マルチまがい取引,訪問購入,その他無店舗,ネガティブ・オプション)による販売形態では,通信販売を除き,70歳以上の方の相談が最も多く寄せられてい」る。このような現状に照らしても,消費者の年齢を考慮すべき要因とすることには消費者被害の防止という観点から一定の合理性を認めることができる。
よって,消費者に対する情報提供において考慮すべき要因となる消費者の事情として「当該消費者の年齢」を加えるべきである。 - 消費者契約における約款の事前開示について(意見の趣旨3)
契約が当事者間における意思の合致であることからすれば,約款を使用した消費者契約において,当該約款が消費者契約の内容となるためには,原則として契約条項が契約締結時までに消費者に開示されることが必要というべきである。
この点,新民法第548条の2は,定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。)における定型約款(定型取引において,契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。)が契約内容となる要件を定め,同法第548条の3は,定型約款準備者は,定型取引合意の前又はその後相当の期間内に相手方から請求があった場合には,遅滞なく,相当な方法で当該定型約款の内容を示さなければならない旨を規定しているが,事前開示を一般的に義務づけるものとはなっていない。
そうすると,約款を使用した消費者契約について,その規律を民法に委ねるだけでは,消費者が契約締結前に契約条項を認識できない事態が常態化しかねない。
よって,約款を使用した消費者契約について,事業者において消費者が契約締結前に契約条項を認識できるよう事前開示に努めるべきことを明文で規定すべきである。
2018年(平成30年)1月12日
札幌弁護士会
会長 大川 哲也