声明・意見書

成年年齢を18歳に引き下げる民法改正について,消費者被害防止の観点等から反対する意見書

第1 意見の趣旨
成年年齢を20歳から18歳に引き下げる民法改正に反対する。かかる民法改正を行うのであれば,まずは若年者の消費者被害防止・救済のための施策を実施し,その効果が十分に浸透し,もって国民に成年年齢の引下げに一定の理解を得ることが大前提である。

第2 意見の理由

  1.  民法の成年年齢の引下げに関する議論の経緯
    (1) わが国の民法は成年年齢を20歳と定めているところ,2007年(平成19年)5月に成立した日本国憲法の改正手続に関する法律の附則第3条第1項は,「国は,この法律が施行されるまでの間に,年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう,選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法,成年年齢を定める民法そのほかの法令の規定について検討を加え,必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と定めた。

    (2) この附則に従い,法制審議会は,2008年(平成20年)2月に開催された第155回会議において,法務大臣から民法上の成年年齢の引下げの当否に関する諮問(諮問第84号)を受け,審議会内に民法成年年齢部会を設置して調査審議を行った。
     同部会は,調査審議の結果,「民法の成年年齢の引下げについての最終報告書」(以下「最終報告書」という。)を取りまとめ,法制審議会は,2009年(平成21年)10月に開催された第160回会議において,最終報告書に基づき,民法の成年年齢を18歳に引き下げるのが適当である旨の「民法の成年年齢の引下げについての意見」を採択し,法務大臣に答申した。
  2.  成年年齢を引き下げた場合の強い弊害
     政府は,前記の答申を踏まえて,成年年齢の引下げに関する民法改正法案を検討している。そもそも,成年年齢を引き下げなければならないまでの立法事実が存しているのか大いに疑問であるが,かかる議論をさて措くとしても,現状で成年年齢を引き下げたとき,以下のような強い弊害が想定される。かかる民法改正を行う状況にないことは,明らかである。

    (1) 未成年者取消権の喪失による消費者被害拡大のおそれがあること
     未成年者は,親権者の同意なく単独で行った法律行為について,取り消すことができる(民法第5条第2項)。未成年者取消権は,社会経験に乏しく判断能力も未熟な未成年者が,不当ないし不利な契約を締結してしまった場合の重要な救済手段である。さらに,この取消権は,未成年者に対して違法・不当な契約を締結しようとする者に対する抑止力としても機能している。そうである以上,この適用範囲を安易に狭めるべきでないことは当然である。
     この点,独立行政法人国民生活センターによる2016年(平成28年)10月27日付の報道発表資料によれば,ここ数年における20歳から22歳までの一年齢平均相談件数が,18歳から19歳の約1.5倍となっており,特に被害が拡大・深刻化しやすいマルチ取引については10倍以上を示している。このような相談件数からしても,未成年取消権が,18歳,19歳という年齢層の消費者被害防止に寄与していることを読み取ることができる。
     さらに,文部科学省が実施した「平成28年度学校基本調査(確定値)」によると,高等学校卒業者の大学・短期大学・専門学校への進学率は71.1%に達している。すなわち,18歳,19歳の大半が,確固たる経済的基盤を有していないといえるが,当該年齢層が法改正により未成年取消権を行使できなくなれば,消費者被害が急増し,多数の多重債務者や貧困者が生み出されること等が強く懸念される。最終報告書は,成年年齢の引下げの趣旨を「若年者の自立」に求めているが,この施策は,むしろ若年者の自立を阻害する結果を招来する畏れさえある。

    (2) 若年者の被害救済策が講じられていないこと
     実際,最終報告書も,それ自身において,民法の成年年齢を引き下げた場合に若年者の消費者被害が拡大することを懸念し,「消費者保護施策の更なる充実を図る必要がある」と述べている。そのうえで,たとえば,取引の類型や若年者の特性に応じて事業者に重い説明義務を課したり,業者による取引の勧誘を制限したりする,とか,若年者の判断力不足に乗じて取引が行われた場合には,契約を取り消すことができるようにする,などといった施策を取り上げている。これを受けて法制審議会で採択された「民法の成年年齢の引下げについての意見」(以下「法制審議会意見」という。)においても,「現時点で引下げを行うと,消費者被害の拡大など様々な問題が生じるおそれがあるため,引下げの法整備を行うには,若年者の自立を促すような施策や消費者被害の拡大のおそれ等の問題点の解決に資する施策が実現されることが必要である」とし,成年年齢の引下げ前に,消費者保護に関する十分な施策が講じられ,実現されるべきことが求められている。
     しかし,若年者の自立を促す施策としての消費者教育は極めて不十分である。また,最終報告書で紹介されたような消費者被害拡大のおそれ等の問題点の解決に資する施策に至っては,全くと言っていいほど実施されていないのが現状である。このような状況下において,なお成年年齢引下げを強行することは,最終報告書や法制審議会意見をも否定することとなり,そもそも許容されるものではない。

    (3) 成年年齢の引下げに対する国民の理解が得られていないこと
     内閣府が2013年(平成25年)10月に実施した「民法の成年年齢に関する世論調査」では,18歳,19歳の若年者が契約を一人ですることができるとすることについて「反対」と回答した者の割合が79.4%に達しており,「賛成」とした18.6%を大きく上回っている。改正の影響を最も受ける18歳,19歳の若年者に限っても,成年年齢の引下げに反対するものが64.8%にも及んでいる。
     また,2016年(平成28年)11月8日に法務省から公表された成年年齢の引下げの施行方法に関するパブリックコメントにおいても,施行に伴う支障があるとの意見が大多数を占めている。
     かかる調査結果等に照らせば,成年年齢の引下げに対する国民的理解が得られているといえる状態にはない。

    (4) 消費者被害以外にも種々の悪影響が想定されること
     たとえば,成年年齢引下げによって,高校3年生で成年に達する場合が非常に多くなる。その場合,親権の行使はできなくなり,学校側としても,親権者を通じての生徒指導ができなくなるおそれがある。離婚の際の養育費についても,成年に達した時を支払終期としている家庭裁判所の実務が維持されたときには,養育費の支払終期が早まるおそれがある。このとき,稼働や自立に至らない18歳,19歳の若年者の生活が打撃を受け,その子に対する教育等について,経済的な悪影響がもたらされることも懸念される。労働基準法第58条が定める未成年者に不利な労働契約の解除権も,18歳,19歳の若年者が行使できなくなってしまうおそれも考えられる。
     このように,民法の成年年齢の引下げは,消費者被害拡大のほかにも,様々な場面での懸念が大きい。これらの諸問題についても,十分な解決策は全く打ち出されていない。
  3. 結語
     わが国において成年年齢引下げを検討するのであれば,これによってもたらされる種々の問題点,なかでも弊害が直截的・具体的である消費者被害については,その防止や救済の具体的施策が実施され,その効果を十分に浸透させることが大前提である。そうでないと,真に国民の理解を得ることはできない。しかし,かかる具体的施策の検討や実施については,甚だ不十分であるというほかない。当会は,成年年齢を引き下げる民法改正について,強く反対するものである。

2018年(平成30年)1月12日
札幌弁護士会
会長 大川 哲也

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