声明・意見書

生活保護法63条に基づく返還債権を、差押えや生活保護費からの天引きなどにより徴収することを可能にし、非免責債権化する生活保護法改正案に反対する会長声明

  1.  2018年(平成30年)2月9日、厚生労働省は、「生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案」の一部として、生活保護法の改正案を国会に提出しました。 この改正案において新設されている生活保護法(以下「法」といいます。)77条の2によれば、法63条に基づく返還債権(以下「63条返還債権」といいます。)が「国税徴収の例により徴収することができる」こととなり、滞納処分としての差押等が可能となるとともに、破産・免責手続において免責決定を受けても、「租税等の請求権」として返済義務を免れないとも解されます(破産法97条4号、253条1項1号。非免責債権化)。また、法78条の2の改正案によれば、63条返還債権について、生活保護受給者からの申出による保護費からの天引徴収が可能となります。
     これらは、生活保護受給者に対する63条返還債権の徴収を強化するものです。
  2.  滞納処分としての差押えや天引徴収を行うことは生活保護受給者にとって過酷な結果を招くのみならず、生存権侵害の重大な危険を孕みます。
     すなわち、63条返還債権は、例えば遊休資産などの換金困難な資産が保護利用後に現金化されるなどして、その間受けていた生活保護費を返還する場合のように、返済が容易な場合のみならず、生活保護費の過誤払いを返還する場合などを広く含みます。後者の場合、生活保護受給者は、通常、知らずに受け取った生活保護費を生活や自立のために費消する等して返済原資を失い、返還のための積立ても期待できないにもかかわらず、強引に求められた承諾に基づく天引徴収や、滞納処分による差押えを受ける可能性があることになり、過酷な結果を招きます。
     また法は、63条返還債権の金額の決定について実施機関の裁量を認めていますが、過大に受け取られた生活保護費が生活保護受給者の自立に資する形で使用されているにもかかわらず、これを考慮せずに返還額を決定している実施機関もあり、このような返還額の決定が違法とされる例が散見される現状にあります(直近の例では東京地方裁判所平成29年2月1日判決など)。
     こうした決定は、そもそも憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を侵害する違法なものですが、さらに差押えや天引きを可能とする制度の新設を認めれば、受給者が誤った決定に対して法的救済を求めることが容易ではないことと相まって、違法な徴収が事実上、あるいは法的な強制力をもって継続されることになります。
  3.  さらに、63条返還債権の非免責債権化を認めることも、破産法の理念や生活保護法の趣旨とは相容れません。
     破産法は、債務者について広く経済生活の再生の機会を確保することをも目的としており(破産法1条)、非免責債権は限定して列挙されています。また、破産法成立時における衆議院法務委員会の附帯決議が非免責債権の拡大については慎重な立場に立っていることからも、非免責債権を新たに創設するには合理的な理由が必要です。
     しかしながら、63条返還債権は、破産法で既に規定されている非免責債権の性質と整合せず、法77条の2の改正に合理的な理由を見出すことはできません。
     63条返還債権は、不当利得の性質を持つものであり、落ち度のない誠実な受給者にも返還義務が課せられるものです。同債権は、破産法上非免責債権とされている「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」(破産法253条1項3号)とは全く性質を異にするものです。それにもかかわらず、63条債権に免責の効果が与えられないとすることは、誠実な受給者にも免責の効果を認めないことになり、経済的再生の機会を確保するという破産法の趣旨に反するばかりか、生活保護法の目的である「自立を助長する」(法1条)こととも大きな矛盾を生じさせることになります。
     さらに、63条返還債権に免責を認めなければ、天引徴収や強制的な徴収が破産した後にも継続されてしまうことになり、生活保護受給者の生存権の侵害を長期間許すことになってしまいます。
  4.  以上のとおり、63条返還債権を「国税徴収の例により徴収することができる」ものとする法77条の2及び生活保護費からの天引徴収を可能とする法78条の2の各改正案は、生活保護受給者の生存権を侵害する重大な危険を孕み、自立の助長を目的とする生活保護法の趣旨にも反するとともに、破産法の趣旨及び破産免責制度の根幹に反するものです。
     したがって、当会は、63条返還債権を「国税徴収の例により徴収することができる」とする法77条の2及び保護費からの天引徴収を可能にする法78条の2を改正する生活保護法改正案について強く反対します。

2018年(平成30年)4月27日
札幌弁護士会
会長 八木 宏樹

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