声明・意見書

裁判手続等のIT化について、憲法の原則をふまえ、社会的・経済的弱者や司法過疎地を
切り捨てることなく、充分な検討を求める意見書

第1 意見の趣旨

  1.  今般進められている裁判手続等のIT化に向けた検討を拙速に行うことなく、ITシステムを利用・活用できる環境にない市民の裁判を受ける権利や司法アクセスを害することの無いよう、また、裁判所や弁護士が大都市に集中して司法過疎が拡大することの無いよう、充分な検討を行うことを求める。

第2 意見の理由

  1. 基本的方向性と裁判を受ける権利の保障について
    • (1) 内閣官房に設置された裁判手続等のIT化検討会による「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ‐『3つのe』の実現に向けて」(以下「本取りまとめ」という)が掲げている、迅速かつ充実した裁判を実現すること、及びそのためにIT化を推進する方策について検討する、との方向性自体は、より利用し易い裁判制度の実現を図る観点から見て望ましいことである。
    • (2) もっとも、裁判手続等のIT化については、いわゆる社会的・経済的弱者による裁判制度の利用をかえって困難にし、その結果、裁判を受ける権利が侵害される可能性が危惧される。
       特に、本取りまとめの要旨2(1)においては、「裁判手続等のIT化は、紛争解決インフラの国際競争力強化、裁判に関わる事務負担の合理化、費用対効果等の総合的観点からも推進すべき」とされているところ、その意味するところが、国際競争に関わり費用対効果を重視する企業の利益を重視し、市民に使い勝手の良い裁判という観点を考えないものだとすれば、かかる観点から裁判手続等のIT化を進めることには大いに疑問がある。
       すなわち、本取りまとめは、IT化推進の前提として、裁判当事者がインターネットをはじめとするオンライン環境を確保することが容易であるという立場に立っているのであるが、裁判を利用する市民の中には、ITシステムを利用・活用できる環境が整っていない人達や、必ずしも利用・活用する能力を有していない人達が多々居るにも拘わらず、当然にITに習熟している、あるいは弁護士会がIT面の支援に責任を持つべきであるかのような前提に立った検討の仕方には問題がある。
       一部の者の利益のために人権保障の最後の砦ともいわれる裁判所制度が改変されることはあってはならないことは当然であって、広く社会的・経済的弱者の権利にも充分に配慮した制度設計をすることが必要不可欠である。
    • (3) 実際の裁判手続も大きく変容することが予想される。「e法廷」とは、口頭弁論、争点整理、人証調べ、判決言渡等の民事訴訟手続の全体を通じて、当事者の一方あるいは双方によるテレビ会議やウェブ会議の活用を大幅に拡大する、というものである。しかし、現在の技術水準の程度のテレビ会議・ウェブ会議のシステムを前提にする限り、裁判官と当事者・代理人が、直接会うことと同じレベルで接して感得することは到底期待し難い。あたかも現実に会って訴訟活動を遂行しているのと同様の効果が期待できるVR等の技術を活用するならばともかく、現状の技術水準でe法廷を推進することは、裁判の本質を不当に変質・劣化させかねず、妥当ではない。
    • (4) また、テレビ会議・ウェブ会議のシステムの導入によって、裁判の傍聴が画像を通してしか見ることができなくなるのであれば、裁判の公開原則との関係で問題がある。
       裁判の公開は憲法上の要請であり、訴訟の進行を直接、市民が傍聴し、監視できる制度にすることは必須である。こうした憲法上の大原則に反するような制度設計は許されない。
  2. 東京などの大都市への一極集中を招き、司法過疎を促進しかねないこと
    • (1) 上記「社会的・経済的弱者」には、地理的に法的相談・解決手段へのアクセスに困難を抱える司法過疎地の地域住民も含まれるのであり、裁判のIT化を考えるとき、司法過疎地の地域住民の裁判を受ける権利の保障にも資するものでなければならない。
       しかし、訴訟当事者・代理人の出頭を要しない手続を大幅に拡充すれば、小規模庁、とりわけ支部では、裁判官の常駐はおろか定期的な填補すらも不要とすることを常態化させかねず、ひいては、裁判所機能を、東京をはじめとする大規模庁に集約しかねない。
       地域住民の訴訟手続の利用という観点から、地域に拠点を構えた裁判所が存在し、しかもその機能を充実させていくことが求められているときに、裁判手続等のIT化が、この要請に逆行する結果をもたらすことになるのであれば、本末転倒である。
    • (2) また、訴訟当事者・代理人も出頭を要しない手続が拡充されると、弁護士の東京への一極集中化をもたらしかねず、司法過疎地がますます広範囲になることが危惧され、これもまた妥当な結果とはいえない。
  3. まとめ
     当会は、裁判手続等のIT化の検討に際して、これを拙速に進めることなく、上記のとおりの問題点や予想される弊害を解決し、市民の司法アクセスの向上に資するものにするべく、充分な検討を行うことを求める。

以上

2018年(平成30年)11月2日
札幌弁護士会
会長 八木 宏樹

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