声明・意見書

裁判官訴追委員会に対して適正な判断を求める会長声明

  1.  裁判官訴追委員会は、2019年3月4日、東京高等裁判所裁判官(当時)の岡口基一氏(以下,「岡口氏」といいます。)に対する訴追審査事案について,岡口氏のツイッターへの次の2つの投稿等について、岡口氏を呼び出して事情聴取を行いました。
    ①「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男 そんな男に、無惨にも殺されてしまった17才の女性」(2017年12月)
    ②「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3か月くらい経って、もとの飼い主が名乗り出てきて、『返して下さい』 え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しておきながら・・ 裁判の結果は・・」(2018年5月)
     報道によれば、裁判官訴追委員会は、岡口氏を裁判官弾劾裁判所に訴追するかどうかを2019年6月25日にも最終判断する方針を固めたとされましたが、現在まで結論は出されていません。
  2.  岡口氏のツイッターへの上記投稿のうち、前者については、2018年3月に、東京高等裁判所長官より厳重注意がなされました。後者については、2018年10月、最高裁判所により分限裁判で戒告とする決定がなされました。最高裁大法廷は決定理由で、岡口氏の投稿は、裁判官の職にあることが広く知られている状況の下で、判決が確定した担当外の民事訴訟事件に関し、その内容を十分に検討した形跡を示さず、表面的な情報のみを掲げて、私人である当該訴訟の原告が訴えを提起したことが不当であるとする一方的な評価を不特定多数の閲覧者に公然と伝えるものであり、訴訟提起を揶揄するものともとれる表現振りとあいまって、原告の感情を傷つけるもので、懲戒の対象となる「裁判官の品位を辱める行状」(裁判所法第49条)に当たると判断しています。一方、最高裁は、岡口氏の訴追の請求をしていないとされています。
  3.  裁判官弾劾法第15条第1項は、「何人も、裁判官について弾劾による罷免の事由があると思料するときは、訴追委員会に対し、罷免の訴追をすべきことを求めることができる。」とし、同法第11条第1項は、「訴追委員会は裁判官について、訴追の請求があつたとき又は弾劾による罷免の事由があると思料するときは、その事由を調査しなければならない。」と規定しています。
     裁判官が弾劾により罷免されるのは、次のいずれかに該当する場合です。
    (1)職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき。
    (2)その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき。
  4.  岡口氏に対する訴追請求の事由は、上記2つのツイッターへの投稿です。
     過去に裁判官訴追委員会が罷免の訴追をした事案は、収賄や公務員職権濫用、児童買春、ストーカー行為、盗撮等の犯罪行為に該当する事案であり、訴追を猶予した事案も、職務を放棄したり、事件関係者と酒食を共にした上、疑念をもたれる書信を送付したり、法廷において暴言を吐いたりした事案で、裁判の公正さに疑義を生じさせるほどの不適切な行為をしたものです。
     これに対して、岡口氏の上記投稿は、犯罪行為でも裁判の公正さに疑義を生じさせるなどの行為でもなく、これまで、罷免の訴追をされた事案や訴追猶予とされた事案との整合性の観点や強い身分保障のある裁判官を裁判官の身分を剥奪するという弾劾制度の趣旨に鑑みると、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」(裁判官弾劾法第2条2号)に該当するとは認められません。罷免事由が認められない場合には、不訴追の決定がなされるべきですし、さらに、そのような場合に、裁判官訴追委員会に本人の出頭を要請して聴取を行う必要性はありません。
  5.  ところで、ツイッターは、世界中に利用者がいるSNSであり、岡口氏の本件ツイートの投稿は、個人の表現行為にあたります。表現の自由は、民主主義において最大限の尊重を要する基本的人権であり、この要請は裁判官にも当然に及びます。裁判官の職責に鑑みて、表現の自由についても、合理的な理由に基づく必要やむを得ない限度の制約があり得ますが、上記2つの投稿のようなそれ自体名誉毀損や脅迫等の犯罪行為にあたらない表現行為そのものを理由として、裁判所訴追委員会が、訴追はもとより、訴追猶予の決定であっても、弾劾による罷免の事由があるとの判断を示すことになれば、裁判官の表現の自由に対する萎縮的効果は、極めて大きいと言わざるを得ません。
  6.  以上の理由から、当会は、裁判官訴追委員会に対し、過去の罷免事例を踏まえるとともに、裁判官の市民的自由を萎縮させることがないよう、適正な判断をされるよう求めるものです。

以上

2019年(令和元年)11月6日
札幌弁護士会
会長 樋川 恒一

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