声明・意見書

菊池事件の再審請求を求める会長声明

  1.  熊本地方裁判所は、本年2月26日にいわゆる「菊池事件」に関する国家賠償請求訴訟判決(以下、「本件判決」)を言い渡した。
     同訴訟は、ハンセン病病歴者である原告らが、昭和27年に熊本県菊池郡(当時)で発生した殺人事件(いわゆる菊池事件)について、検察官が再審請求をしなかったことが違法であると主張して、国に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を求めた訴訟である。菊池事件では、被告人がハンセン病患者であることを理由にハンセン病療養所等の施設内に設置された「特別法廷」で審理が行われ、被告人が全面否認したものの死刑が確定し、昭和37年9月14日に死刑が執行された。
     本件判決は、同事件の審理がハンセン病患者であることを理由に合理性を欠く差別をしたとして憲法14条1項に違反し、また同事件における開廷場所指定及び審理を総体として見ると、ハンセン病に対する偏見差別に基づき被告人の人格権を侵害したものとして憲法13条にも違反し、さらに公開の原則を定めた憲法37条1項及び82条1項に違反する疑いがあると判示した。
  2.  「特別法廷」の問題性について、最高裁判所は2016年(平成28年)4月25日、「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」を公表している。この報告では、裁判所外での開廷の必要性の認定判断の運用が遅くとも昭和35年以降、裁判所法に違反するものであったと認めた。しかし、憲法に違反するかどうかには言及せず、しかも特別法廷で審理された個別事件の訴訟手続の適法性については調査の対象外としていて、不十分な内容であった。
     本件判決は、菊池事件における特別法廷での審理が憲法に違反すると明言しており、その点で最高裁判所の報告から踏み込んだ画期的な内容であると評価できる。
  3.  他方、本件判決は、刑事手続に憲法違反がある場合には明文の規定がなくとも再審により救済すべき場合があり得るとしながらも、菊池事件の審理が憲法に違反していたとしてもそれが直ちに刑事裁判における事実認定に影響を及ぼす手続違反ということはできないなどの理由から結論として菊池事件において再審事由があると認めることは困難とした。
     また、平成24年11月7日に検察官が再審請求をするように要請を受けた当時刑事手続上の憲法違反が再審事由に当たるとする見解が大勢を占める状況にはなかったなどの理由から、検察官が再審請求をしなかったとしても著しく合理性を欠くとは認められず、国家賠償法上違法とは言えないとし、かつ被告人の遺族ではないハンセン病回復者ら原告に権利又は法律上保護される利益が認められないとして、原告らの請求を棄却した。
     しかしながら、ハンセン病回復者及びその家族に対する偏見・差別は社会に今なお根深く残っており、その差別のために被告人の遺族は自らの名を明らかにして再審請求することができないでいる。被告人の遺族が再審請求に踏み出すことができず、ハンセン病回復者らによる再審請求が否定された現状では、検察官が再審請求しない限り、憲法違反があると認定された刑事訴訟手続による死刑判決が放置されることになるのであり、この点では本件判決も不十分と言わなければならない。
  4.  当会は、菊池事件に関して、2013年(平成25年)7月11日に会長声明を公表し、その手続の憲法違反を指摘し、検察庁に対して再審請求を行うように求めてきた。
     当会も一員である北海道弁護士会連合会は2018年(平成30年)2月26日に理事長声明を公表し、特別法廷での人権侵害を防止是正できず、ハンセン病に基づく差別を助長したことへの反省と謝罪を行い、最高裁判所に対して特別法廷の憲法違反についてさらなる検証等を、最高検察庁に対しては菊池事件の再審請求を行うことを求めてきた。
  5.  当会は、本件判決を踏まえ、検察庁に対し、菊池事件について再審請求を行うことを、よりいっそう強く求める。検察庁法において検察官は「裁判所に法の正当な適用を請求し」、「公益の代表者」として必要な権限を行使することが明記されている。その職責に照らし、菊池事件について再審請求をすべき地位にあることを強く自覚すべきである。
     また、当会は、「特別法廷」の手続に弁護士が関与していたにもかかわらず、ハンセン病患者の差別的取り扱いを放置してきたことに対し、法曹の一員として、その責任を改めて重く受け止め、深い反省のもと再発防止に向けて最大限努力するとともに、ハンセン病問題の解決に今後も全力で取り組んでいくことを表明する。

以上

2020年(令和2年)3月30日
札幌弁護士会
会長 樋川 恒一

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