東京高検検事長の勤務延長に関する閣議決定の速やかな撤回を求め、内閣による検察官の人事への介入を許すことになる検察庁法の改正に反対する会長声明
政府は、2020年1月31日の閣議決定により、同年2月7日に63歳となり定年 退官する予定であった東京高等検察庁黒川弘務検事長について、6か月勤務を延長する旨を閣議決定した(以下「本閣議決定」という)。
しかし、検察官の定年は、1947年に施行された検察庁法22条において検事総長 以外の検察官は63歳と定められており、本閣議決定が同法に反することは明白である。
そもそも検察庁法における定年退職の定めは、帝国議会貴族院における審議過程において例外を許容する弾力性のある制度案が否定された上で成立しており、当初から例外の余地はないものとされていた。また、国家公務員全体に定年及び勤務延長の制度が導 入された1981年においても、当時の人事院局長が国会において、検察官の定年を定 めた検察庁法22条は、国家公務員法81条の2の例外である「法律に別段の定めのある場合」に該当すると答弁しており、国家公務員法81条の3に規定される勤務延長の制度は、検察官には適用されないことが確認されており、当然のことながら前例は1件たりとも存在しない。
検察官は、行政機関でありながら、内閣総理大臣を初めとする国務大臣や国会議員で あっても、必要があれば捜査し、訴追しうる強大な権限を有する点で、他の行政機関とは異なる準司法権的地位にある。検察庁法22条は、かかる検察官の特殊性に鑑み(検 察庁法32条の2)、時の政権による検察官の人事への恣意的な介入を排除するべく⼀律の定年を定めたものである。同条は、人事への介入を排除することにより検察官の中立性・独立性を堅持しようとするものであって、憲法の基本原理である行政と司法との権力分立に基礎を置くものである。
また、法律による行政の原理の下、内閣は、全国民の代表者で構成される立法府である国会で定められた法律に従って行政を執行する立場にある。それゆえ、国会の審議ではなく閣議によって、立法者意思に反する法律解釈をし、事実上の法改正をすることは許されない。これは、国会と行政の権力分立に基礎を置くものである。
本閣議決定による検事長の定年延長は、検察官の中立性・独立性を担保しようとする検察庁法22条に明確に反し違法であるだけでなく、法律による行政の原理にも反するものであり、ひいては司法・立法・行政の独立と抑制を図る三権分立に反するものである。
さらに、本閣議決定後、政府は、検察官の勤務延長を認めるよう検察庁法を改正すべく検討しているが、同改正がなされたからといって、先行する違法行為が適法となるものではない。しかも、同改正案は、ときの内閣の意向で次長検事や検事長の勤務を延長することができ、法務大臣の意向で検事正及び上席検事についても同様とし、すなわち、時の政権による検察官の人事への介入を許すものであるから、検察官の中立性及び独立性は到底維持することができなくなる。
このような法改正は、権力分立の観点から到底許されるものではない。ましてや、近時、国務大臣や国会議員が関係する贈収賄罪、公職選挙法違反、政治資金規正法違反などの疑惑と捜査が次々に生じている中、訴追権限を独占する検察官の人事に対し、権力者である内閣が介入することは、これらの疑惑に対する捜査や訴追の判断に影響を与え、ひいては司法全体に対する国民の信頼を根底から揺るがしかねず、弊害の極めて大きなものである。
当会は、日本国憲法下の権力分立を守る観点から、閣議決定による事実上の法改正を 到底看過することができず、検察官の中立性と独立性を守り、司法に対する国民の信頼を維持するために、検察庁法22条に反する東京高検黒川弘務検事長の勤務延長に関する閣議決定をただちに撤回するよう求めるとともに、内閣による検察官の人事への介入を許すことになる検察庁法改正に強く反対するものである。
2020年(令和2年)5月1日
札幌弁護士会
会長 砂子 章彦