声明・意見書

送り付け商法(ネガティブ・オプション)の全面的な禁止を求める意見書

                           

2021年(令和3年)1月15日
                              札幌弁護士会
                                    会長 砂子 章彦

第1 意見の趣旨
 国は,販売業者が消費者から注文を受けていない商品を送り付けて対価の支払や諾否の連絡を要求する等の行為(以下,「送り付け商法(ネガティブ・オプション)」という。)を全面的に禁止し,一方的に物品を送り付けられる者の不安や困惑,あるいは誤認による代金支払等の被害を防止すべく,特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)59条1項を以下のとおり改正すべきである。
 販売業者が,売買を申し込んだ者や契約した者(以下「申込者等」という。)以外の者に対して承諾なく商品を送付し,あるいは申込者等に対してその売買契約に係る商品以外の商品を承諾なく送付し,その対価を要求すること及びその商品に係る売買契約の諾否の回答又はその商品の返還を求める等の連絡をとることを禁止し,行政処分の対象とする。
 販売業者が,売買の申込や契約をしていない者に承諾なく商品を送付した場合,送付を受けた名宛人は,その商品の対価の支払義務,保管・返還義務及び損害賠償義務等一切の義務を負わず自由に処分等ができること,及び,仮にそれが販売業者の誤発送によって生じた場合,その立証責任は販売業者にあること,販売業者は自己の費用をもって,その商品が現に存する限度で返還を請求できるにすぎない旨を,いずれも法に明記する。

 

第2 意見の理由

1 被害の現状
 いわゆる「送り付け商法(ネガティブ・オプション)」とは,商品購入の申込みや契約締結をしていない相手方(消費者)に対し,販売業者が一方的に商品を送り付けるものであり,送付と同時に対価の支払を要求し,あるいは送付を受けた者に一定期間内の連絡を要求し,連絡が無ければ購入を承諾したものとみなして対価の支払を要求する,といった手法が代表的である。
 独立行政法人国民生活センターの集計によれば,高齢者を狙った健康食品の送り付け商法(ネガティブ・オプション)の被害が多発した2013年には,全国の消費生活センター等に寄せられた相談件数は7,298件に上り,高齢化社会における深刻な社会問題となった。その後も相談件数は全体として年間3,000件前後で推移しており,2019年度の集計では3,083件,このうち70歳以上の高齢者からの相談は全体の23.9%を占めている1
 さらに,昨今の新型コロナウイルス感染症の感染拡大という状況下,注文した覚えのないマスクや消毒液等を一方的に送り付けられる事例が続発し,全国各地の消費生活センターに多くの相談が寄せられた。これを受け,消費者庁は,代金請求や諾否の連絡要求といった典型的な送り付け商法(ネガティブ・オプション)の手法を伴わない事例も含め,新型コロナウイルス感染症に便乗した商品の送り付けに関する注意喚起を行っている2

1 独立行政法人国民生活センター「消費生活年報2020」12~14頁
2 消費者庁「新型コロナウイルス感染症に便乗した身に覚えのない商品の送り付けにご注意ください」(2020年4月)

2 特定商取引法及び預託法の制度の在り方に関する検討委員会の報告
 消費者庁が2020年2月に設置した「特定商取引法及び預託法の制度の在り方に関する検討委員会」(以下「検討委員会」という。)は,「いわゆるネガティブ・オプションについては,消費者が送付された商品の代金支払義務を負っていないことの周知を強化すべきである。さらに,こうした「送り付け商法」は,何ら正常な事業活動とはみなされないものであることに鑑み,販売業者による消費者への一方的な商品の送り付けについては,諸外国の法制も参考に制度的な措置を講じる必要がある。」と指摘している3

3 消費者庁 特定商取引法及び預託法の制度の在り方に関する検討委員会「報告書」(2020年8月19日)10頁

3 特商法59条1項の規定と問題点
(1)現行法の規定

 現在の特商法59条1項では,商品の送付を受けた者が販売業者に商品の引取りを請求した場合はその日から7日,請求しない場合は当該商品の送付があった日から14日を経過するまでに,送付を受けた者が売買契約の申込みを承諾せず,販売業者も引取りをしないときは,販売業者は,送付を受けた者に対して当該商品の返還を請求することができないと規定されるのみであって,検討委員会が「何ら正常な事業活動とはみなされない」と指摘する送り付け商法(ネガティブ・オプション)を法律上禁止しておらず,行政処分の対象にはなっていない。
(2)現行法の問題点
 しかし,一方的に商品を送付された者が,7日又は14日が経過するまでは処分することもできず,「自己の財産に対するのと同一の注意をもって」(民法659条)当該商品を保管すべき合理的理由は見出せない。
最近では外国から種子やサングラスが届くなど,売買契約の申込みを伴わない不審物の送付事例も多数報告されているところ,そのような場合にも14日が経過するまでは処分も躊躇され,せめて7日に期間を短縮するためには販売業者に引取りを請求しなければならないというのは,送付を受けた者に過度の負担を強いるものである。そもそも「何ら正常な事業活動とはみなされない」手法をとる販売業者に対して連絡すれば,かえって悪質商法の執拗な勧誘に晒される危険性も否定できない。
 また,現行法は,期限後における販売業者の返還請求権を否定するのみであるから,仮に,注文していない商品を送付された者が,自分が注文した別の商品と勘違いしたまま使用あるいは消費したり,さらには誤って毀損した場合でも,売買契約の申込みを承諾する行為として評価される可能性や(民法527条),当該商品の所有者である販売業者から使用利益を請求される可能性も否定できないのである。
(3)誤認による支払の危険性
 そして現実に,高齢化が急速に進む現代社会において送り付け商法(ネガティブ・オプション)の手法がとられると,代金引換で商品が送り付けられた際に,判断能力の減退した独居高齢者がそのまま支払ってしまうケースや,同居の家族がいる場合であっても,名宛人が注文したものと勘違いして代わりに支払ってしまうケースなどもあり得るため,今後ますます被害の増加が懸念される。

4 欧米諸国の法規制
 検討委員会が「諸外国の法制も参考に制度的な措置を講じる必要がある」と指摘していることを踏まえ,欧米諸国の例を検討するに,EUの不公正取引行為指令においては,「攻撃的取引行為」に送り付け商法(ネガティブ・オプション)の手法を列挙して禁止し,各加盟国において法制化されているほか,イギリスでも,送り付けられた消費者は当該物品を「無条件の贈与品(an unconditional gift)」とみなして使用,収益又は処分することができる旨の規定を置いている。
 アメリカでは,米国連邦取引委員会法(FTC法)が送り付け商法(ネガティブ・オプション)の手法を不公正な競争方法及び不公正な取引方法としており,47の州において規制がなされ,受取人は商品を自由に処分できるとしている。また,カナダでも10州のうち9州において,物品の送り付けや役務の押し付けに関する法規制が存在している4

4 「諸外国における送り付け商法等の規制と日本法への示唆」(現代消費者法48号88頁以下,薬袋真司,浅野永希,カライスコス・アントニオス)

5 送り付け商法(ネガティブ・オプション)を全面的に禁止すべきこと(意見の趣旨1)。
 検討委員会が指摘するとおり,送り付け商法(ネガティブ・オプション)は,「何ら正常な事業活動とはみなされないもの」である。仮に,現行法のまま放置すれば,高齢化社会の進展による被害の増加,さらには新型コロナウイルス感染拡大状況の下,不審物を突然送り付けられた者の不安,処分しても良いのかどうか分からない困惑,誤認による代金の支払い,悪質な業者による欺罔行為や不当な損害賠償請求のおそれなど,多様な消費者被害に繋がる危険性は到底看過し得ない社会問題となる。
よって,送り付け商法(ネガティブ・オプション)は全面的に禁止し,その規制の実効性を確保するために行政処分の対象とすることが必要である。

6 名宛人において自由に処分等ができるようにすべきこと(意見の趣旨2)。
 ここで,販売業者が脱法行為として,商品送付後ただちに対価を請求したり連絡を要求したりするのではなく,一定期間を置いてから請求・要求するケースも容易に想定できるが,このような場合に,送り付け商法(ネガティブ・オプション)の要件が揃い違法性が明らかになるまではその商品を処分できないというのであれば,現行法の問題点を何ら改善することができない。
 そこで,売買の申込も契約もないまま販売業者が承諾なく商品を送付した場合でも,送り付け商法(ネガティブ・オプション)の成立を待たずに,送付を受けた名宛人は,その商品の対価の支払義務,保管・返還義務及び損害賠償義務等一切の義務を負わないこととし,廃棄等の処分,返品,使用収益等,自由にできるようにすべきである。
 このように規定すれば,検討委員会が参考にすべきと提案する「諸外国の法制」において,承諾なく送り付けられた商品は,受け取った側が「gift」として自由に処分できる旨規定されていることとも整合する。

7 誤発送について(意見の趣旨2)
 なお,販売業者が,送り付け商法(ネガティブ・オプション)としてではなく,過失により名宛人を間違えて発送した場合(人違い)や送付する商品を間違えた場合(商品違い)の誤発送は,販売業者の責任において処理すべき問題である。これらの場合,商品が送付された名宛人からは送り付け商法(ネガティブ・オプション)と区別がつかないため,その商品を使用,費消,廃棄等する可能性が高いが,その後,送り付け商法(ネガティブ・オプション)ではないとして,販売業者から商品の返還請求や損害賠償請求を受けるという危険性も考えられる。そこで,送り付け商法(ネガティブ・オプション)によって一方的に商品を送り付けられた者の不安や困惑,誤認による支払い等の被害を防止し,送り付け商法(ネガティブ・オプション)の全面禁止の実効性を担保するために,誤発送であったことの立証責任は当然ながら販売業者にあることを明確にし,送付を受けた名宛人に対しては,当該販売業者の費用によって,その商品が現に存する限度で返還請求し得るにすぎないことを,法に明記すべきである。

                                            

以上

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