声明・意見書

連鎖販売取引における若年者等の被害を防止するための規制強化を求める意見書

2021年(令和3年)1月15日
札幌弁護士会
会長 砂子 章彦

第1 意見の趣旨
国は、連鎖販売取引における若年者のトラブルが増加している状況や2022年4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられることなどを踏まえ、同取引による若年者等の被害を防止するため、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)について、以下のとおり改正を行うべきである。

 

  1. 1 22歳以下の者との間で連鎖販売取引を行うことを禁止すること。また、これに違反した場合、行政処分の対象とするとともに、20歳(2022年4月1日に予定されている成年年齢引下げ後は18歳)から22歳までの加入者については、当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすること。
  2. 2 金融商品まがいの取引、商品預託取引、投資用DVD・ソフト、仮想通貨投資等の利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引を行うことを禁止すること。また、これに違反した場合、行政処分の対象とするとともに、加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすること。
  3. 3 特定負担の支払方法につき借入金、クレジット等の与信(返済までの期間が2か月を超えない場合を含む。)を利用する連鎖販売取引の勧誘を行うことを禁止すること。また、これに違反した場合、行政処分の対象にするとともに、加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすること。
  4. 4 前記1項から3項までにおいて提案する取消権の対象となる各違反行為を、適格消費者団体の差止請求権の対象に追加すること。

 

第2 意見の理由

  1. 1 トラブルの現状
    • (1) マルチ取引の相談件数
       マルチ取引とは、物品・役務等を契約した者が、次は自分が買い手を探し、買い手が増えるごとにマージンが入る取引形態をいう。特商法33条1項は、マルチ取引のうち、①物品・役務等を販売する事業で、②その再販売や受託販売、あっせん等を行う新たな会員を勧誘し組織に加入させれば収入が得られると誘引し(特定利益)、③組織への加入には商品代金や登録料等の負担(特定負担)が伴うものを「連鎖販売取引」と定義して、同法の規制対象としている。
       全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)によれば、連鎖販売取引等のマルチ取引に関する相談件数は、2016年度11、367件、2017年度11、966件、2018年度10、581件、2019年度11、616件であり、毎年1万件強が続いている(国民生活センター「PIO-NETにみる2019年度の消費生活相談の概要」7頁)。
       そして、近年は20歳代の若年者からのマルチ取引に関する相談が増加しており、2018年度において、商品に関する同取引の相談件数5、036件のうち20歳代からの相談は1、945件(38.6%)、役務に関する同取引の相談件数5、490件のうち20歳代からの相談は2、288件(41.7%)を占めている(国民生活センター「友だちから誘われても断れますか?若者に広がる『モノなしマルチ商法』に注意!」(2019年7月25日)6頁・表2)。
       北海道においても同様の傾向が見られ、北海道立消費生活センターにおける2019年度の「マルチ・マルチまがい取引」の相談件数でも、20歳代以下からの相談が、全相談件数62件中の20件(約32%)を占めている(北海道立消費生活センター「令和元年度消費生活相談報告書」8頁)。
    • (2) いわゆる「モノなしマルチ商法」の増加と被害回復の困難さ
       近年のマルチ取引は、かつてのような健康食品や化粧品などといった物品の販売よりも、各種の投資取引、アフィリエイト等の副業、暗号資産(仮想通貨)等の利益収受型の物品・役務等を対象とする、いわゆる「モノなしマルチ商法」が増加しており、インターネットやSNSの利用も背景となって、特に若年者を中心に拡大している。
       しかも、「モノなしマルチ商法」のトラブルにおいては、事業者の主体や組織等の実態や取引の仕組みが不明である、連絡先が分からない、連絡手段がメール等に限られるなど、被害回復のための事業者との交渉自体にも困難が伴う場合が少なくない。
    • (3) 若年者の心理的要因と成年年齢の引下げに伴う問題性
       若年者が消費者被害に遭いやすい心理的要因として、①希少性をアピールされるなどして商品やサービスの価値に対する評価が高い場合には、その価値を見誤ってしまうことがあること、②勧誘者への評価が高く、信用しきっていれば、相手が言うことを疑いにくく、商品やサービスの内容自体をしっかり考えることができないこと、③説明が納得できるものと思い込み、内容を誤って理解してしまう場合もあると考えられることなどが指摘されており、これらは、若年者がマルチ取引の被害に陥りやすいことを裏付けるものと言える(消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会報告書」(2018年8月)108頁)。
       そして、2022年4月1日には、成年年齢が現行の20歳から18歳に引き下げられることが決定している。現在のところ、未成年者取消権(民法5条2項)によって保護されている20歳未満のマルチ取引に関する相談件数はそれほど多くないが、成年年齢の引下げ後には、20歳代の若年者に急増しているようなマルチ取引のトラブルが社会経験の一層未熟な18歳及び19歳の若年成人に拡大することが懸念される。
    • (4) 若年者等のマルチ取引被害を防止する対策の必要性
       以上のように、マルチ取引に関するトラブルが一向に減少せず、若年者の被害が増加している状況や、「モノなしマルチ」など被害回復が困難なケースが増えていること、2022年4月から成年年齢が18歳に引き下げられることなどの状況に鑑みると、早急に特商法を改正して、以下に述べるような規制強化による対策を講じることが必要である。
  2. 2 22歳以下の者との間の連鎖販売取引の禁止と民事効(意見の趣旨1)
     PIO-NETの相談データによると、未成年者取消権によって保護されている未成年者に比べ、成年年齢(現在は20歳)に達して間もない若年成人からの相談件数は格段に多く、その契約金額も高額になる傾向がある。また、契約する商品・サービスについても、「サイドビジネス」や「マルチ取引」に関するものが上位となっており、社会経験が乏しい若年者を狙い撃ちする悪質な事業者の存在も指摘されている(国民生活センター「成人になると巻き込まれやすくなる消費者トラブル-きっぱり断ることも勇気!-」(2016年10月27日)1頁など)。北海道立消費生活センターの相談データでも、2019年度における「マルチ・マルチまがい」の相談件数は、「20歳未満」では3件であるところ、「20歳代」では17件、「30歳代」では7件、「40歳代」では4件となっており、「20歳代」の件数の多さが目立っている(北海道立消費生活センター・前掲書8頁)。
     また、日本の高等学校卒業者に占める大学、短期大学及び専門学校への進学率は約71.1%に及んでおり(文部科学省「令和元年度学校基本調査(確定値)の公表について」(2019年12月25日)4頁)、この年齢層には、学生など成人ではあっても就業していない若年者が多く存在し、社会経験が乏しいままマルチ取引に誘い込まれて多額の債務を抱える事例も多数報告されている。しかも、新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという特性を持つマルチ取引において、新規加入者がその取引の仕組みやリスクについて正確かつ十分な説明を行うことは期待できず、むしろ、「必ず儲かる」などの不実告知や断定的判断の提供、長時間の説得などといった不当な勧誘が行われやすい。
     特商法38条1項4号に基づく指示対象行為として、同法施行規則31条1項5号(2020年4月1日施行)は、従来「未成年者その他の者の判断力の不足に乗じ、連鎖販売業に係る連鎖販売契約を締結させること」と規定していた文言の前半部分を、「若年者、高齢者その他の者の判断力の不足に乗じ」と改正し、成年年齢の引下げによって新たに成人となる18歳及び19歳のほかに、20歳代でも社会経験に乏しい者も若年者として保護の対象となり得るよう措置をした。しかし、「若年者」というだけでは範囲が不明確であり、また、主務大臣による指示の対象行為とするだけでは、若年者保護として十分とは言えない。
     この点に関し、内閣府消費者委員会は、大学・専門学校への進学率等を考慮した上で、18歳から22歳を念頭に「若年成人」という概念を設定し、「若年成人」の消費者被害の防止・救済の観点から望ましい対応策を提案している(内閣府消費者委員会「成年年齢引下げ対応検討ワーキング・グループ報告書」(2017年1月)7頁)。したがって、成人ではあっても学生である者や就労しているがその年数が浅い者など社会的経験が乏しい世代であり、マルチ取引によるトラブルも現に多く発生していることからすれば、少なくとも22歳以下の者との間においては、連鎖販売取引を行うこと自体を適合性原則に違反する具体的な類型として禁止すべきである。
     さらに、規制の実効性と被害救済の観点から、この禁止に違反した場合、特商法38条以下に基づく行政処分の対象とするとともに、社会生活上の経験不足に乗じた幻惑的な取引の勧誘により困惑状態で契約締結に至る類型(消費者契約法4条3項3号以下参照)に準じて、20歳(2022年4月1日に予定されている成年年齢引下げ後は18歳)から22歳までの加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。
  3. 3 利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引の禁止と民事効(意見の趣旨2)
     健康磁気治療器等の販売預託取引を展開して破綻したジャパンライフ事件(2018年3月破産手続開始決定)や、テレビ電話用アプリケーションの販売預託取引を展開したWILL事件(2019年7月業務停止命令)は、連鎖販売取引の仕組みを用いた勧誘活動により大規模被害に発展した。若年者を対象とする連鎖販売取引では、投資用DVDや投資用ソフトの販売など高い収入が得られると称する物品・役務を販売するケースが多く見られる。
     金融商品まがいの取引、現物まがいの商品預託取引、投資関連の情報商材等の利益収受を目的とする物品・役務の取引においては、これらを勧誘する者がその仕組みやリスクについて正確かつ十分な説明を行う義務を負うべきであるところ、新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという仕組みの連鎖販売取引において、新規加入者がかかる説明義務を適切に果たし得るとは考え難い。また、連鎖販売取引においては、親しい者からの勧誘や、「必ず儲かる」などの不実告知や断定的判断の提供といった不当な勧誘が行われやすいため、冷静な投資判断を妨げるおそれも大きい。
     このように、利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引は、販売目的物と販売システムによる二重の利益が収受し得るとする仕組みの性質上、そもそも適正なリスク告知がなされることが想定困難であり、構造的に見て誤認を招く販売方法である。実際にも、利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引により深刻な被害を多数発生させている状況に鑑みれば、その取引を行うこと自体を禁止すべきである。
     さらに、規制の実効性と被害救済の観点から、この禁止に違反した取引を行った場合、特商法38条以下に基づく行政処分の対象とするとともに、加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。
  4. 4 借入金、クレジット等による連鎖販売取引の勧誘の禁止と民事効(意見の趣旨3)
    若年者は、一般的にマルチ取引に回すことができるような余裕資金を有していない場合が少なくないところ、マルチ取引の勧誘に対して「お金がない」などと言って断ろうとしても、「すぐに元が取れる」などと言われて消費者金融や学生ローンから借入れをさせて購入代金を支払わせるケース、クレジットで購入させられるケースなどが見受けられる(国民生活センター「友だちから誘われても断れますか?若者に広がる『モノなしマルチ商法』に注意!」(2019年7月25日)3頁など)。
     手持ちの資金がない者に対して、儲け話で射幸心をあおり、借入金やクレジット等によるマルチ取引へと誘引する行為は、期待した利益が得られない場合において被勧誘者が多額の負債を抱えるなどのリスクが大きく、借入金の返済やクレジット利用代金の支払に窮した被勧誘者が利益を得るために友人や親族などに対して無理な勧誘を行い、そうした周囲との人間関係が破壊されてしまうといった悲惨な結果にもつながりかねない。したがって、特定負担の支払方法に借入金、クレジット等の与信を利用する連鎖販売取引に伴う契約を勧誘する行為は、若年者に対するものに限らず、特商法34条に規定する禁止行為に新たに加えることなどによって禁止すべきである。なお、ここでいう「与信」とは、手持ちの資金がない者を儲け話で射幸心をあおり、借入金やクレジット等によるマルチ取引へと誘引する行為を禁止する趣旨から、割賦販売法が適用されない返済までの期間が2か月を超えない支払方法(同法2条3項1号及び同条4項参照)なども含め、負債が発生するような資金調達手段による取引全てを対象とすべきである。
     そして、これに違反した場合、特商法38条以下に基づく行政処分の対象とするとともに、借入金等によって特定負担を支払って契約しても返済額を上回る利益が確実に得られるかのような断定的判断の提供がなされることが強く推認される点で、構造的に誤認を招く販売方法であることや、規制の実効性と被害救済の観点から、加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。
  5. 5 適格消費者団体の差止請求権の拡充(意見の趣旨4)
     適格消費者団体の差止請求権は、消費者庁や都道府県による法執行の補完的機能を担っているものであるが、都道府県の行政処分の効力が当該都道府県に限定されるのに対し、適格消費者団体の差止請求は全国的に効果を及ぼし得る。したがって、全国的に発生するマルチ取引による被害を防止するためにも、特商法58条の21に規定する適格消費者団体の差止請求権の対象が拡充されるべきであり、意見の趣旨1項から3項までにおいて提案している取消権の対象となる各行為が現に行われ又は行われるおそれがあるときは、適格消費者団体において差止請求ができるものとすべきである。

以上

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