声明・意見書

特定商取引法及び特定商品預託法における書面交付義務の電子化に反対する意見書

令和3年2月10日
札幌弁護士会
会長 砂子 章彦

第1 意見の趣旨

  1. 1 特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)及び特定商品の預託等取引に関する法律(以下「預託法」という。)が規定する書面交付義務について電子化を認め、消費者保護を後退させることとなる法改正には強く反対する。
  2. 2 超高齢化社会や来年に迫っている成年年齢の引下げを踏まえ、今後、増加が予測される高齢者や若年者の消費者被害の防止及び救済のため、現状においてもトラブルが多発している特定商取引法の取引分野及び特定商品等の預託等取引においては、規制緩和ではなく規制強化を求める。

 

第2 意見の理由

  1. 1 突然かつ拙速な電子化の方向性
     昨年11月9日に開催された規制改革推進会議第3回成長戦略ワーキング・グループにおいて、特商法が書面交付義務を規定しているためにオンライン英会話コーチの契約(特定継続的役務提供契約)がオンラインで完結しないという事例をもとに書面の電子交付を可能とすべきことが提起されたところ、本年1月14日の内閣府消費者委員会において、消費者庁は、特商法上の書面交付義務全般について電子化を認める方向性を唐突に打ち出した。これは、「オンライン英会話コーチの取引がオンラインで完結しない」という問題意識をはるかに超え、事業者が対面で消費者を勧誘して契約させる訪問販売や店舗における契約であっても、契約内容を明らかにする書面をその場で交付せず、わざわざ電子データで別途交付、あるいは事業者のサイトで閲覧させる等の方法を認めようというものである。
     消費者被害の増加に伴い規制の強化を重ねてきた特商法において、このような大規模な規制緩和は初めてのことである。業界側でさえ予測していなかった急展開に、本年1月20日に開催された内閣府消費者委員会のヒアリングに訪問販売業界の代表として出席した日本訪問販売協会専務理事は「青天のへきれき」と表現し、「実際に電子交付ということはできない」と考えていたため、電子交付による被害の発生や対応について検討したこともない旨を述べているほどである1
     当会としては、電子化の必要性や有用性すなわち立法の根拠事実もなく、消費者保護を後退させることとなる大規模な規制緩和に強く反対するものである。
  2. 1 消費者委員会本会議(第336回)議事録18頁

  3. 2 特商法の特徴
     特商法は、全ての商取引ではなく、消費者トラブルが特に生じやすい取引類型の特徴に応じた規制を詳細に定めており、交付すべき書面の記載事項と交付時期も個別に検討されている。よって、書面交付義務の電子化を認める際にも、それぞれの書面の記載内容と交付時期、現実に交付されることによって防止・救済される消費者被害の実態、電子交付という手段の必要性や利便性とこれによる弊害等について慎重に検討する必要がある。
     また、特商法上の事業者には参入規制がなく、正体不明の悪質事業者や詐欺まがいの悪質商法が混在し、消費者トラブルが多発している。その中で、厳格かつ詳細に規定された各書面は、消費者被害を防止し、救済するために非常に重要な機能を有している。
  4. 3 書面交付義務の果たす機能
    • (1) 契約内容の確認機能・警告機能
       契約書面は、まず当事者の合意内容を一覧できる「確認機能」があるところ、特商法上の書面交付義務が定められている取引は、いずれも事業者の勧誘に晒されて契約締結に至るため、本当にその契約を締結してもよいかという警告を与える「警告機能」も重要となる。
       しかし、これが電子化されると、消費者は、たとえばスマートフォンでは10cm弱×10cm強の小さな画面を覗き込み、スクロールを繰り返して膨大な情報量を少しずつ拡大して読み進めなければならなくなってしまう。昨今被害が急増して社会問題となっている詐欺まがいの定期購入契約も、小さな画面上に「初回無料」「モニター」等の有利な誘引文句ばかりが目立ち、「実は定期購入契約である」「支払総額は高額となる」という不利な契約内容は気付きにくくされているために発生する消費者トラブルである。
       さらに訪問販売のような対面取引においても、契約内容をタブレットなどの電子画面で確認させることを認めれば、不意打ち性・密室性の高い中で事業者の勧誘に晒される者、特に高齢者にとっては、その場で契約内容を正確に理解することが非常に難しくなる。
    • (2) 重要な権利の告知機能
       特商法上の契約書面では、赤字・赤枠・8ポイント以上の活字によって、クーリング・オフ条項を記載するよう義務付けられているため、特商法の予備知識のない消費者でも、一覧性のある書面に記載されたクーリング・オフ条項が自然と目に入り、誰でも容易に認識できる仕組み、すなわち「告知機能」が担保されている。しかし、スマートフォンの画面上では活字の大きさ(8ポイント以上)も確保できず、また、パソコンでも膨大な情報量に埋没するため、告知機能が著しく阻害される。
    • (3) 契約内容の保存機能
       書面の電子交付の方法としても、添付ファイルはウイルスの危険性が周知されているため閲覧が躊躇され、スマートフォンの破損や紛失、水没の危険性もある。事業者のサイトにマイページ等を設定してデータを保存しておく方法もあるが、これでは事業者が内容を改変することも容易であり、また、サイト自体を変更・閉鎖されると、トラブル発生時点で消費者がアクセスできなくなる危険性も高い。
  5. 4 「消費者の承諾」による新たな争点
     消費者庁は、書面の電子化は「消費者の承諾」を条件とし、消費者が電子データによる交付を承諾している場合にまで否定すべき理由はないとする。
     しかし、そもそも特商法上の取引類型は、不意打ち勧誘や儲け話による利益誘導により、消費者が特殊な心理的状況下に置かれた状態で契約締結に至るものであるから、判断能力が低下した高齢者はもちろん、一般的な消費者であっても適切な判断や意思表示を期待できない場合が多い。
     消費者庁及び経済産業省も、平成23年1月20日に開催された高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 情報通信技術利活用のための規制・制度改革に関する専門調査会(第5回)において、「特定商取引法が対象としている訪問販売・電話勧誘販売は、通常の商取引と異なり、自ら求めない突然の勧誘を受ける消費者が、受動的な立場に置かれ、契約締結の意思形成においても、販売業者の言葉に左右される面が強いことから、消費者側が自ら主体的に電磁的交付に係る明示的な意思表示を行い得るものか疑義がある」「不意打ち的に勧誘を受ける高齢者を含む消費者が、電磁的交付について積極的な承諾の意思表示を行う取引形態になっているとは考えにくい」「電磁的交付においては、送受信時期を偽ることや、受信機器の故障などにより、書面受領の時期をめぐる消費者トラブルを惹起する危険性もあると考える。」等と回答している2のであって、通信技術の面では平成23年当時より当然に進歩しているものの、事業者が送受信時期を偽ることや、受信機器の故障などにより、書面受領の時期をめぐる消費者トラブルを惹起する危険性は今も変わっていないはずである。
     書面交付義務の電子化を認めれば、「消費者の承諾の有効性」「受信の有無や時期」「通信障害の立証責任」等、新たな争点を増やすだけである。
  6. 2 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 情報通信技術利活用のための規制・制度改革に関する専門調査会(第5回)参考資料1「各府省に対する書面調査結果」

  7. 5 高齢者被害が増大するおそれ
     高齢者の判断力・交渉力不足に付け入る悪質な手口は後を絶たず、その被害を発見し救済に繋げる重要な役割を果たすのは、消費者安全確保地域協議会や各種の見守りネットワークであり、家族やヘルパー等介護職員が高齢者宅で契約書面等を偶然発見し、消費生活センターの相談に繋げるケースも少なくない。
     しかし、書面交付義務が電子化されると、このような発見の機会を失わせることとなる。また、本人が電子機器の操作を上手くできず内容の確認ができないまま、事業者の勧誘とは異なる契約に気づかないという消費者被害の潜在化が懸念される。そして、高齢者が被害を自覚して相談に至っても、どのような勧誘を受け、どのような契約を締結させられたのか、相談に対応する職員らが契約書面を直に確認できなければ、特に電子化対応の遅れた地方の相談現場等では、判断能力や記憶力の低下した高齢者から得られる情報は非常に少ない。
     そもそも高齢者の被害が多い訪問販売は対面取引であるから、契約書面はその場で交付し、内容を確認させることに困難はなく、電話勧誘販売も契約書面は商品と同梱すれば済む。消費者庁は「消費者の承諾」を条件とする旨説明するが、電子機器の操作に慣れ親しんでいない高齢者において、現実の書面交付に代えて電子交付とする利便性はなく、むしろ、電子交付によりる不利益を知らないまま承諾させられる被害が多発する事態が容易に推測される。
  8. 6 成年年齢引下げによる若年者被害
     オンライン上の取引やマルチ取引に関する相談では、既に若年者層の被害が多発している実態があるところ、令和4年4月1日に施行時期が迫っている成年年齢引下げに伴う施策として、若年者の消費者被害の防止、救済を図るための必要な法整備を行うことが課題となっている3
     にもかかわらず、書面交付義務の電子化を拙速に認めれば、オンラインの利便性に慣れ親しんでいる若年者は、書面交付による消費者保護の諸機能を享受できないまま安易に電子交付を承諾してしまい、結果として、自らの権利を守ってくれる被害防止・救済の手段を知らずに放棄することとなり、今後ますます若年者の消費者被害が増大する危険性がある。
  9. 3 参議院法務委員会平成30年6月12日付附帯決議

  10. 7 預託法の書面交付義務の電子化
     預託法については、消費者庁の特定商取引法及び預託法の制度の在り方に関する検討委員会が昨年8月に取りまとめた報告に基づき、直ちに規制強化を徹底すべきものであるところ、何ら議論もないまま、特商法の改正と併せて預託法も電子化を許容するというのは、上記規制強化に逆行するものと批判せざるを得ない。
  11. 8 拙速な電子化への反対と特商法と預託法の規制強化の必要性
     以上のとおり、特商法及び預託法の書面交付義務において電子化を認めることは、消費者保護機能の著しい低下・喪失をもたらし、高齢者を含む多数の潜在的被害者を生むことが懸念され、消費者保護を役割とする消費者庁がこのような規制緩和を自ら推進するなど到底看過できない問題である。
     デジタル社会の推進とこれに伴う法改正においては、特商法や預託法が規制する各取引類型の特徴と、これに応じた被害防止策と救済方法を慎重に検討すべきであり、電子化を認める前に、まずはデジタル社会における被害防止の諸規定を整備し、それでもなお生じる消費者トラブルを予測し、有効に対処し得る体制を構築しておくべきである。
     当会としては、現在も急速に進行している超高齢化社会や来年に迫っている成年年齢の引下げを踏まえ、今後、特に増加が予測される高齢者や若年者の被害防止及び救済のため、特商法と預託法の規制緩和ではなく、規制強化をあらためて求めるものである。

以上

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