憲法記念日にあたっての会長声明
本日、憲法記念日を迎えました。日本国憲法が施行されて74周年になります。
日本国憲法は、一人ひとりがかけがえのない存在であるという「個人の尊厳」を最も重要な価値とし、それを保ち発展させるために、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を人類普遍の原理としています。これは将来にわたり護り続けていくべき尊い理念です。そしてこの理念は、今私たちが直面している新型コロナウイルス感染拡大という状況においても何ら変わることはなく、むしろこのような時にこそ、この憲法の価値や基本理念が存分に発揮されるときです。
感染拡大を防止し、人々の生命・身体を守るための措置は必要です。しかし他方でそれは、人々の行動や生活、経済活動を大きく制限することを伴う場合があります。政府や自治体においては、規制や自粛を要請する必要性と、それによって生じる国民・市民の生活への影響を慎重に検討した上で、憲法の基本的人権の尊重の精神に則った対応をとることが求められます。
まず大きな問題となっていることとして、経済活動の制限があります。外出の自粛要請や営業時間の短縮要請等によって、経済活動が縮小した結果、企業の収益が落ち込み、特に飲食店などの経営が悪化しています。現に北海道内の飲食店も大きな影響を受けています。労働者の収入も激減したり、職を失ったりするなど、既に多くの人々の生活に多大な影響が出ています。憲法29条3項は財産権を制限するには「正当な補償」が必要であると定め、憲法25条は社会保障の向上・増進を定めており、これら規定の趣旨にかなった補償や対策が急務となっています。
このような中、本年2月に新型インフルエンザ等対策特措法が改正され、都道府県知事による営業時間の変更等の要請・命令に応じない事業者には過料を科すことできるとされました。しかし、個々の営業の実態を考慮せずに一律の規制をし、あるいは、営業上の補償を十分に行わないまま制裁を行ったならば、それは過度の人権制約であると言わざるを得ず、現状においては過料の制裁を科すことに疑義があります。
また、子どもたちにかかわる問題として、昨年3月にとられた、全国の学校の一斉休校の措置があります。これは子どもの学習権制約であるとともに、子どもの日常生活にも多大な影響を及ぼすものでした。特に、閉鎖的な環境の下で、子どもも保護者も強いストレス下におかれ、元々虐待リスクが高かった家庭の子どもの被害が深刻化しているとの報道もありました。このような影響があるにもかかわらず、一斉休校の実施にあたっては、子どもたち、家庭、学校への十分な説明も準備もされておらず、行き場のなくなった子どもたちに対する支援は民間機関等の活動に頼らざるを得ない状況でした。そもそも、昨年の一斉休校の実施においては、一斉休校の必要性やそれによる影響について検討が十分になされておらず、休校措置の是非については子どもたちの学習する権利の重要性などを踏まえ、休校の必要性と、それによる影響を慎重に検討した上で決めるべきです。
さらに、差別に関連する問題として、本年2月の感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)の改正を指摘しなければなりません。この法改正は、入院措置に応じない新型コロナウイルス感染者に過料を科すことを可能とするものですが、たとえ行政罰であっても安易な制裁を認めたならば、感染者に対する差別や偏見が助長され、深刻な人権侵害を招くおそれがあります。そもそも感染症法は、前文にて過去のハンセン病の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在した事実を重く受け止め、これを今後の教訓として生かすとともに、感染症の患者の人権に配慮しつつ良質で適切な医療を提供することを謳っており、今回の法改正は、このような感染症法の理念に反するものです。しかも、単に入院等を拒否するだけで「犯罪者」扱いされるおそれがあるとなれば、感染者は感染した事実や感染した疑いのあることを隠すことにもなりかねず、現状において過料の制裁を発動することは、かえって感染拡大を招くおそれさえ懸念されます。
当会では、昨年11月に「コロナによる差別を許さない」会長声明を発出し、医療従事者やその家族への差別があること、感染者への差別があることなどを指摘し、差別のない社会を実現する決意を表明しました。このような差別のほかにも、「自粛警察」と呼ばれる、感染拡大防止名目での他者への攻撃や、人格や自主性を損ねるような行為が問題化しています。また、ドメスティックバイオレンスや家庭内での虐待の増加などの問題も生じています。現在我々は、過去に経験のない危機に遭遇していますが、本声明は、そのような中でも、他者への配慮、人権尊重の精神を私たち一人ひとりが失わないようにすることを改めて呼びかけるものです。
以上に挙げたものはほんの一例であり、現代社会の様々な場面で新型コロナウイルスに関わる問題が発生しています。当会は、新型コロナウイルス感染への対応及び医療に尽力、協力している方々に対して敬意を表するとともに、憲法記念日である本日、あらためて日本国憲法の定める価値や基本理念を確認し、これに基づいて現在の難局を乗り越えることを心から訴えるものです。
2021年(令和3年)5月3日
札幌弁護士会会長 坂口 唯彦