岡口基一裁判官について罷免しないことを求める会長声明
本年6月16日、仙台高等裁判所判事である岡口基一裁判官が、裁判所訴追委員会により裁判官弾劾裁判所に罷免訴追された。
同裁判官は、インターネット上で自身が関与しない判決に対する私見を発信したところ、①性犯罪に関する投稿(被害者について言及したもの)では所属した高等裁判所長官から厳重注意処分、その後、②飼い犬の所有権を巡る投稿では最高裁判所から2018年10月に分限裁判による戒告処分、さらに③ ①の厳重注意処分後に行った遺族や最高裁判所、所属庁への批判的投稿では最高裁判所から2020年8月に二度目の戒告処分をそれぞれ受けた。同裁判官に対する今回の訴追事由は、上記①ないし③を含むものである。
もとより、同裁判官が行った上記①や③の投稿は、性犯罪被害者やその遺族に配慮を欠くものがあり、またそのことで最高裁判所や所属庁を批判した点は、自身の行為に対する反省に欠けるともいえ、判決に対する批評自体も裁判官としての職務との関連性を否定しえない。同裁判官が行った上記①や③の投稿は、不適切なものと考える。
もっとも、今回、裁判官訴追委員会が岡口基一裁判官に行った罷免の訴追は、裁判所内部の規律保持を目的とする分限処分とは性格を異にする。裁判官弾劾裁判所が罷免の判決を宣告した場合、その裁判官は失職し、法曹資格を失うという重大な結果が生じることになるからである。
ところで、憲法は、「すべての裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定め(憲法76条3項)、人権保障の最後の砦である裁判官の独立を憲法上の制度として保障し、例外的に裁判官の身分を失わせることが許されるのは、国会に設置された弾劾裁判所による罷免の判決のみであると定め、その身分保障を十全ならしめようとしている。これは、憲法が立法府、行政府の干渉から裁判官の独立を守るために他の公務員に見られない強度の身分保障を、制度として求めていることに基づく。これを受け、裁判官弾劾法2条は、「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき」又は「その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」に限り罷免することができるものとしたのである。この様な憲法の要請を踏まえると、弾劾裁判所が罷免の判決を宣告しようとする場合には、訴追を受けた裁判官の言動に裁判官の身分保障を奪うことが正当化される程の重大性があるのか、すなわち当該裁判官が真に職務上の義務に著しく違反等したか、裁判官としての威信を著しく失うべき非行をしたかについて、慎重に判断することが求められる。
当会は、2019年11月に裁判官訴追委員会に対して適正な判断を求める会長声明を発出し、裁判官訴追委員会に対し、同裁判官を訴追することのないよう適正な判断を求めていたところ、今回の訴追では、さらに別の訴追事由が加わった(上記③関連の投稿等)。もっとも、これまで罷免の訴追をされた事案や訴追猶予とされた事案との整合性の観点等からすると、同裁判官が行った投稿等が前記「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」にまで該当するということはできない。すなわち、これまで訴追された事案は、収賄や公務員職権濫用、児童買春、ストーカー行為、盗撮等の犯罪行為に該当するものであり、訴追を猶予した事案も、職務を放棄したり、事件関係者と酒食を共にした上、疑念をもたれる書信を送付したり、法廷において暴言を吐いたりしたもので、裁判の公正さに疑義を生じさせるほどの不適切な行為が対象となっているところ、これら事案と岡口基一裁判官に対する訴追事由とを比較すると、同裁判官の投稿等は前記訴追事案に比肩するような犯罪行為に該当するものではなく、直接裁判の公正を害するようなものでもない。
同裁判官が行った投稿等の内容に問題があるにせよ、本件の訴追事由によって罷免されるということになれば、上記訴追事案及び訴追猶予事案との比較においても行為と結果の均衡を失することとなり、弾劾裁判所の権限行使に予測可能性がなくなる結果、他の裁判官の意見発信を不用意に萎縮させてしまう危険がある。
以上の理由から、当会は、裁判官弾劾裁判所に対し、同裁判官を罷免しない判決をすることを求める。
以上
2021年(令和3年)10月28日
札幌弁護士会
会長 坂口 唯彦