刑事法廷内における入退廷時に被疑者または被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める会長声明
- 現在、刑事裁判において被疑者・被告人(以下、「被告人等」という)は、手錠・腰縄が施された姿のまま入廷しており、裁判官や弁護人のみならず被告人等の配偶者、両親などの家族、友人らの傍聴人にも手錠・腰縄姿を見られることが通常の運用となっている。
この運用は、被告人等の逃走防止等を理由に、我が国の刑事手続において長らく当然のように行われてきた。
しかし、このような刑事裁判の運用は、被告人等の個人の尊厳、無罪推定の原則をおろそかにし、国際人権規約にも反する違憲・違法な行為であって到底許されない。 - 市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)では、被告人等について「法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」(14条2項)とされ、自由権規約の実施を監督するために設置された自由権規約人権委員会は、「一般的意見32」において、無罪と推定される権利の一つとして「被告人は通常、審理の間に手錠をされたり檻に入れられたり、それ以外にも、危険な犯罪者であることを示唆する形で出廷させられたりしてはならない」(Ⅳ無罪の推定30)と定めている。
また、被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラルール)では、拘束具は「被拘禁者が司法ないし行政当局に出頭する場合には外されるという条件のもと、移送時の逃走に対する予防措置として」使用する場合のみ許されるとされている(規則47、2、(a))。
したがって国際人権規約等によれば、少なくとも、出廷する際に手錠・腰縄を使用することは禁じられている。
無罪推定の原則からすれば、判断者である裁判官に手錠・腰縄姿の被告人を見せないことが重要といえる。 - 日弁連の調査によれば、イングランド、アイルランド、ドイツ等では、被告人等が手錠・腰縄をされることなく法廷に出入りしている。
またEU議会およびEU理事会は、2016年3月、EU指令2016年343号を採択し、手錠のような身体拘束具が、被告人等が有罪であるとの印象を与えることを前提に、「法廷又は公衆の面前において、身体拘束具を使用することによって、被疑者・被告人が有罪であると受け取られないようにするための適当な措置をとる」(同指令5条、前文20項)ことを加盟国に要請している。
韓国は、歴史的経緯から日本の刑事訴訟法と同様の規定を有しているが、同国においては、公判廷での身体不拘束原則を保障するため、法廷に直結する形で待機室が設置されており、被告人は、この待機室で手錠を解錠後法廷に入室し、退廷後に待機室で施錠されることになっている。
このように諸外国においては、被告人等に保障された人権や無罪推定原則の観点から、被告人等を法廷の中において拘束具を用いて拘束することは、原則として行われていない。 - 大阪地方裁判所は、令和元年5月27日判決において、「法廷において傍聴 人に手錠等を施された姿を見られたくないとの被告人の利益ないし期待についても法的保護に値する」とし、それは「憲法13条の趣旨に照らして法的保護に値する人格的利益である」と判示している。
また、最高裁判所は、平成17年11月10日判決において、刑事事件の法廷において身体の拘束を受けている状態の被告人の容ぼう、容姿を描いたイラスト画を写真週刊誌に掲載して公表した行為が不法行為に該当すると判断した。同判決の中では、被告人等の手錠・腰縄姿のイラスト画で公表する行為は被告人を侮辱し、また名誉感情を侵害し、被告人の人格的利益を侵害する行為であると指摘されている。
それにもかかわらず、日本の刑事司法手続においては、今なお被告人等が手錠・腰縄をされたまま法廷に入室し、訴訟当事者や傍聴人等の目にさらされることが許されている。この取り扱いは、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、「刑事被収容者処遇法」という)の刑務官は、被収容者を護送する場合や被収容者が「逃走する」おそれがある場合には、捕縄または手錠を使用することができるとする規定(同法78条1項1号)を根拠としているからに他ならない。
すなわち、被収容者である被告人等は、被収容者であることを唯一の理由に、具体的な逃走のおそれがない場合であっても、常に逃走のおそれがある者とされているのである。
具体的な逃亡のおそれがないにもかかわらず、法廷に入室した後も被告人等に手錠・腰縄を使用するという運用は、先に指摘したように自由権規約およびマンデラルール等の国際法に反し、世界の国々の比べても人権への配慮に欠けている。 - ここで注目すべきは、衆議院も参議院も、平成18年に刑事被収容者処遇法法案に関する付帯決議の中で、政府に対して格段の配慮を求めていることである。
衆議院は、「未決拘禁者の処遇に当たっては、有罪判決が確定したものでないことを踏まえ、必要のない制約が行われることがないよう十分に留意するとともに、その防御権を尊重すること」(附帯決議一)とし、参議院は、「拘禁されている被告人が法廷に出廷する際には、逃走等の防止に留意しつつ、ネクタイ、ベルト、靴の着用等服装に配慮すること及び捕縄・手錠を使用しないことについて検討すること」(同一一)とする附帯決議をした。
しかし、刑事被収容者処遇法の成立後16年が経過した今日においても、被告人等は、訴訟当事者及び傍聴人の前に手錠・腰縄姿のまま出廷させられているのであって、政府は、いまだに衆・参両議院の附帯決議を検討しようともしていない。 - 当会は、被告人等の尊厳を守り、また被告人等の無罪と推定される権利を実質的に保障するため、政府に対し、早急に刑事被収容者処遇法を改正し、被告人等が法廷に入室する前に手錠を解錠し、被告人等に腰縄を施さない処置をとることを求めるとともに、最高裁判所及び法務省に対し、被告人等に刑事法廷内で手錠及び腰縄が使用されている現行の運用を改めるための具体的方策等を速やかに検討することを求める。
2022(令和4)年3月25日
札幌弁護士会
会長 坂口 唯彦