北海道警察に対し、参議院議員選挙の街頭演説において聴衆の一部を実力で排除した行為の違法性を認めた札幌地裁判決を真摯に受け止めること及び適切な職務遂行と表現の自由の尊重を求める会長声明
2022(令和4)年3月25日、札幌地方裁判所は、2019(令和元)年7月15日に、札幌市内で行われた参議院議員選挙の街頭演説において、路上から「安倍辞めろ」、「増税反対」などと声を上げた市民らが、北海道警察の警察官らに肩や腕などをつかまれて移動させられたり、長時間にわたって付きまとわれたりした行為について、警察官らの行為の違法性を認め、表現の自由などの人権侵害に対する北海道の損害賠償責任を認める判決(以下「本判決」といいます)を言い渡しました。本判決は、民主制国家における公共的・政治的事項に関する表現の自由の重要性を指摘した上で、警察官らの行為によって原告らの表現の自由が侵害されたことを認めたものであり、高く評価されるべきです。
本判決は、まず、有形力をもって原告らを排除したり、長時間にわたって付きまとったりした警察官らの行為は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼすおそれのある「危険な事態」(警察官職務執行法4条1項)にあるとか、「犯罪がまさに行われようと」している(同法5条)といった警察官職務執行法に定められる要件を満たさず、国家賠償法1条1項の適用上違法といわざるを得ない、と判示しました。
そして、本判決は、原告らの発言にはいささか上品さを欠くきらいがあるとしつつも、いずれも公共的・政治的事項に関する表現行為であることを認めた上で、警察官らは、原告らの表現行為の内容ないし態様が当該街頭演説の場にそぐわないものと判断して、原告らの表現行為そのものを制限し、また制限しようとしたものと推認され、警察官らの行為は原告らの表現の自由を侵害したものというべきである、との判断を示しました。本判決は、憲法21条1項により保障される表現の自由が、立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、民主主義社会を基礎付ける重要な権利であり、とりわけ公共的・政治的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないことを指摘し、原告らの表現の自由が侵害されたことを認めています。
さらに、本判決は、警察官らが原告らのうち1名に対し長時間にわたって付きまとうなどした行為が、当該原告の移動・行動の自由、名誉権及びプライバシーの権利をも侵害したことを認めました。
民主主義の社会においては、市民が公共的・政治的事項に関わる意見を自由に表明し、それらの意見が自由に交換される中で多数意見が形成される過程を通じて国政が決定されることから、表現の自由は民主主義社会の根幹をなすものです。他方で、少数者の表現の自由が抑圧の対象になりやすいことは、過去の歴史が示しています。
公権力が、法的に許容されない実力の行使によって公共的・政治的事項に関わる表現行為に制約を課すことになれば、表現行為への萎縮効果が生じ、民主主義社会や少数者の表現の自由に対する重大な脅威となりかねません。
したがって、本判決が指摘するとおり、市民の表現の自由、なかでも公共的・政治的事項に関わる表現の自由は、とりわけ重要な憲法上の権利として尊重されるのであり、それが現実に保障されなければならないのです。
北海道弁護士会連合会は、2019(令和元)年9月2日に「参議院選挙中の街頭演説において、北海道警察が参加聴衆の一部を実力で排除した問題についての理事長声明」を、2020(令和2)年2月17日に「参議院議員選挙の街頭演説中の強制排除行為について、北海道警察及び北海道公安委員会に対し、改めて速やかな調査結果の公表等を求める理事長声明」を発出し、北海道警察が憲法や警察法の趣旨に則り適切な職務遂行に努めることなどを求めました。
警察法は、警察の職務の遂行に当たっては「不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」ことを規定しています(同法2条2項)。
当会は、北海道警察に対し、本判決を真摯に受け止め、日本国憲法及び警察法に基づいた適切な職務遂行に努めるとともに、職務遂行に際してとりわけ公共的・政治的事項に関する表現の自由を尊重することを強く求めます。
また、当会は、今後も民主主義社会における表現の自由の重要性に鑑み、少数意見を含めた市民の表現の自由が十分に保障される社会の実現に向けた取組みを継続する所存です。
2022(令和4年)4月1日
札幌弁護士会
会長 佐藤 昭彦