声明・意見書

「袴田事件」再審開始決定に関する会長声明

 東京高等裁判所は、令和5年3月13日付けで、袴田巖氏の第二次再審請求事件の差戻し即時抗告審について、検察官の即時抗告を棄却し、再審開始を支持する決定をした。
 本件再審請求事件は、今から56年以上前である1966(昭和41)年6月30日未明、旧清水市(現静岡市清水区)の味噌製造会社専務宅で、一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件の犯人とされ死刑判決を受けた袴田巖氏が無実であることを訴えて再審を求めている事件である。
 本件即時抗告審の争点は、本件事件発生から約1年2か月後に事件現場近くのみそタンク内から発見された5点の衣類が、袴田巌氏の着衣かつ犯行着衣であるか否かという点であった。
 この点、5点の衣類には、赤みを帯びた血痕が付着していたところ、1年以上みそ漬けになった血痕に赤みが残るか否かという点が、実質的に審理され、本決定は、「1年以上みそ漬けされた衣類の血痕の赤みが消失することは、専門的知見によって化学的機序として合理的に推測することができる。」と判断したうえ、「5点の衣類が犯行着衣であり、袴田巌氏の着衣であることに合理的な疑いが生じ、その結果、袴田巌氏を本件の 犯人とした確定判決の認定に合理的疑いが生じることは明らかであ」ると認定した。
 さらに、本決定は、「5点の衣類については、事件から相当期間経過した後に、袴田巌氏以外の第三者が1号タンク(本件みそタンク)内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できず(この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。)」と判断し、5点の衣類が捜査機関によりねつ造された疑いが極めて高い証拠であることまで肯定した。
 本決定の判断は、極めて正当な客観的証拠評価に基づくものであり、袴田巌氏の無実は明らかになったものである。
 袴田巌氏は、本件事件で、1966(昭和41)年8月18日に逮捕され、当初から無実を訴えていたが、1968(昭和43)年9月11日に静岡地方裁判所が死刑判決を下し、1980(昭和55)年11月19日に最高裁判所が袴田巌氏の上告を棄却し、同判決に対する訂正申立てが棄却されたことで死刑判決が確定していた。
 その後、第一次、第二次再審請求を経て、2014(平成26)年3月27日に静岡地方裁判所が再審開始決定を下すと同時に袴田巌氏の死刑及び拘置の執行停止を命じたことによって、袴田巌氏は実に約47年ぶりに釈放されたものである。
 袴田巌氏は、現在87歳の高齢であり、死刑の恐怖にさらされ続けた長期間の身体拘束により心身を病むに至っている。
 検察官は、袴田巌氏が受けた筆舌に尽くしがたい苦難を真摯に直視すべきである。よって、検察官に対しては、本決定に従い特別抗告することなく、速やかに再審公判手続を進めることを求め、そして一日も早く袴田巌氏に対する無罪判決が下されることを強く求める。
 当会は、従前から、政府に対し、直ちに死刑の執行を停止したうえ、速やかに死刑制度を廃止するよう求めてきた。
 本件により、誤判えん罪により死刑が執行される具体的・現実的危険性が、白日の下に晒されたものである。
 誤った判断がなされることにより、無実の市民が命を落とすことは断じて許されるものではない。本件のような誤判えん罪を生ぜしめる危険性があり、誤って執行されたならば取り返しのつかない人権侵害の結果を招く死刑制度を存置することはやはり到底許容することができず、あらためて死刑執行の即時停止と死刑制度の速やかな廃止を強く求めるものである。

2023(令和5)年3月14日
札幌弁護士会
会長 佐藤 昭彦

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