声明・意見書

札幌刑務所室蘭拘置支所の廃止に対する意見書

法務大臣
齋  藤     健  殿

2023年(令和5年)5月29日

意 見 書

札幌弁護士会           
会長 清  水     智

 2023年(令和5年)5月16日、札幌矯正管区から、当会に対し、札幌刑務所室蘭拘置支所(以下「室蘭拘置支所」という。)を2024年(令和6年)4月1日をもって廃止する予定である旨の申し入れ(以下「本件申し入れ」という。)があった点について、当会として、以下のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

  1.  室蘭拘置支所の廃止の予定については、強く抗議し、撤回を求める。

  2.  室蘭拘置支所の老朽化については、早期の建て替えを求める。

第2 意見の理由

  1.  室蘭拘置支所の廃止による弊害が極めて大きいこと

    ⑴ 弁護人との接見交通権が保障されないこと

    ア 最高裁平成11年3月24日大法廷判決は、憲法34条前段が「弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障」する規定であるところ、被疑者と弁護人等との接見交通権を規定する刑訴法39条1項は、「身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであ(る)」から、憲法の保障に由来する規定であることを明確に認めた。
     そして、被疑者・被告人(以下「被告人等」という。)の接見交通権は、その機会が与えられるという抽象的なものでは足りず、必要に応じて随時に実施できる具体的なものでなければならない。

    イ 室蘭拘置支所の廃止により、同支所に収容されるはずであった被告人等は札幌拘置支所に収容される結果、その接見交通権の保障は極めて不十分なものとならざるを得ない。
     すなわち、室蘭拘置支所に収容される被告人等を主として担当する弁護人は、室蘭市を中心とする胆振地域(以下「室蘭地域」という。)に事務所を置く弁護士(以下「室蘭地域の弁護士」という。)である。札幌地方裁判所室蘭支部を起点とすると、札幌拘置支所との距離は120キロメートルを超えており、室蘭地域の弁護士が札幌拘置支所に赴く場合、高速道路を利用しても自動車で片道1時間30分超、特急を利用しても公共交通機関で片道2時間30分程度が必要である(なお、特急は1時間に1本程度しかない。)。そのため、室蘭地域の弁護士が被告人等に接見しようとすると、ほぼ一日を費やすことになるため、他の業務との関係で接見の機会はおのずと制限されることになる。
     また、北海道は冬期間の気候が厳しく、降雪や吹雪によって高速道路が通行止めになったり、公共交通機関が運休したりすることがしばしばである。この場合、室蘭地域の弁護士は、接見に赴くことすらできない。
     そのため、室蘭拘置支所が廃止された場合、被告人等の弁護人等との接見交通権は極めて不十分なものとなる。

    ⑵ 被告人の裁判を受ける権利を実質的に侵害すること

    ア 憲法32条の定める被告人の裁判を受ける権利は、単に被告人等にその機会を与えればよいということではなく、十分な準備を経るなどして防御を尽くすことを実質的に保障するものである。

    イ しかるに、札幌地方裁判所室蘭支部、室蘭簡易裁判所及び伊達簡易裁判所(以下「室蘭地域の裁判所」という。)で刑事裁判を受ける被告人等については、弁護人等の接見交通権が十分に保障されないうえ、社会資源との面会も制限されることは前述のとおりであり、その結果、裁判に向けた準備が不十分なものとならざるを得ない。
     さらに、室蘭地域の裁判所で行われる公判等に出廷するためには1時間30分を超える押送時間が必要になるため、公判の前後における接見も十分に行えない可能性がある。
     したがって、室蘭拘置支所の廃止は、室蘭地域の裁判所で刑事裁判を受ける被告人等の裁判を受ける権利を侵害するものということができる。

    ⑶ 被告人等の更生の機会が奪われる可能性があること

    ア 勾留されている被告人等が裁判や服役を経てスムーズに社会復帰を果たすには、家族・親族のみならず、知人・友人、勤務先関係者、医療福祉関係者等多数の社会資源の協力が不可欠である。
     そして、これらの者の協力の前提として、被告人等と面会してその心情や状況を確認する必要がある。

    イ しかし、室蘭拘置支所に収容される被告人等の大半は室蘭地域に生活の根拠を置く者であるから、その社会資源もまた室蘭地域に居住していたり、事業所を置く者であることが通常である。
     そのため、被告人等が札幌拘置支所に収容されることになると、前述の移動時間に加え、弁護人等以外の一般面会者については面会可能日時に厳しい制限があることからすると、面会に赴くこと自体が極めて困難な状況になる。
     その結果、被告人等のスムーズな社会復帰の妨げになる。

  2.  廃止の理由に合理性が認められないこと

    ⑴ 建替費用の問題について

    ア 札幌矯正管区の説明によると、全国に281庁ある矯正施設の約4割が現行の耐震基準制定前(昭和56年以前)に建築された建物であり、その全てを現状のまま建て替えることは予算上困難であるから、近時の収容動向等を踏まえたうえで、施設の組織改編等を行っていく必要がある、とのことであった。

    イ しかし、被告人等の弁護人等との接見交通権が憲法に由来する権利であることからすれば、これを予算上困難であるという理由で制限することには合理性が全く認められない。
     また、近時の収容動向等や施設の組織改編等の必要性については、被告人等の弁護人等との接見交通権を侵害しない限度において考慮されるべき要素に過ぎない。
     したがって、この説明に合理性は認められない。

    ⑵ 体制的な理由について

    ア 札幌矯正管区の説明によると、組織改編等により効率的な組織運営を図り、再犯防止政策等に重点的に取り組み、矯正行政の更なる充実強化を図る、とのことであった。

    イ しかし、上記説明は全くの論理矛盾である。
     すなわち、再犯防止とは、罪を犯した被告人等が社会復帰を果たし、再犯に至らずに生活できるようにすることにほかならない。そのための政策の第一歩は、被告人等の刑事手続の充実にあることは明白である。そして、刑事手続を経た被告人等の社会復帰等には前述のように社会資源による支援が必要不可欠である。にもかかわらず、被告人等を社会資源から遠ざけ、その面会交流を困難にすることは、再犯防止政策の阻害に他ならない。
     したがって、この説明にも合理性は認められない。

  3.  当会との協議が行われず、かつ、当会の同意もなく定められたこと

    ⑴ 日本弁護士連合会は、2023年(令和5年)2月24日、法務大臣に対し、「拘置支所の廃止等に関する要望書」(以下「日弁連要望書」という。)を発出した。
     これは、近年、拘置支所の廃止や収容停止(以下「廃止等」という。)が相次いでいることを受け、拘置支所の廃止等が弁護人や未決拘禁者の防御権を大きく制約するものだけでなく、未決拘禁者の家族等との面会に大きな制約となり、社会復帰を妨げるものであるため、拘置支所の廃止等による接見への影響の程度、被告人等が被る不利益などを最もよく知る当該管轄地域の弁護士会との協議・同意を求めたものである。

    ⑵ しかし、室蘭拘置支所に関しては、当会との協議もなく、ましてや当会の反対意見を考慮することなく収容停止としたうえ、今般、本件申し入れを行った。
     すなわち、2022年(令和4年)7月4日、札幌矯正管区では、当会に対し、同年11月30日をもって室蘭拘置支所における収容業務を停止する予定であることの説明を行った。これは、単なる説明であり、協議ではない。
     これに対し、当会は、同年8月22日、この方針に強く反対するとともに、室蘭拘置支所については早期に建て替えることなどを求める意見書を発出した。この意見書の発出は、新聞やテレビニュース等でも報道され、多くの市民から賛意が示されている。
     しかるに、札幌矯正管区ではこの意見書に対し、何ら誠実な対応をすることなく、予定どおり同年11月30日をもって室蘭拘置支所の収容業務を停止した。
    しかも、その後、室蘭拘置支所の在り方については何らの協議もないまま推移していたところ、2023年(令和5年)5月16日、本件申し入れに至ったものである。
     この一連の経緯には、日弁連要望書が求めた地元弁護士会の同意はおろか、協議すら行われていないことが明らかである。

  4.  結語
     以上のとおりであるから、当会は、室蘭拘置支所の廃止に対し、強く抗議するとともに、廃止予定を撤回したうえ、老朽化した建物については建て直しを求める次第である。

以上

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