2013年からの生活保護基準の引下げに基づく処分を違法として取り消した 札幌高裁判決を受けて生活保護基準引下げの撤回等を求める会長声明
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- 2025年3月18日、札幌高等裁判所第3民事部(齋藤清文裁判長)は、北海道内在住の生活保護利用者(以下「控訴人ら」といいます。)が、2013年から3回に分けて行われた生活扶助基準の引下げ(以下「本件引下げ」といいます。)を理由とする保護変更決定処分の取消しを求めた訴訟において、控訴人らの請求を棄却した第1審判決を取消し、処分を違法であるとして取り消す認容判決(以下「本判決」といいます。)を言い渡しました。
- 本件引下げについては、全国29か所の地方裁判所、31の訴訟において1000名を超える生活保護利用者が原告となって取消訴訟の提起がなされており、ここ札幌においても153名もの生活保護利用者が訴えを提起しました。
全国で行われているこの一連の訴訟では、これまでに30の第一審判決が言い渡され、うち19の判決において処分の取消請求が認容されており、本判決は、名古屋高裁、福岡高裁、大阪高裁(京都訴訟)に続く、一連の訴訟における4件目の高等裁判所の認容判決です。 - 本件引下げは、生活扶助基準額と低所得世帯の消費実態との乖離を調整することを名目とした「ゆがみ調整」、物価変動への対応を名目とした「デフレ調整」の二点を理由として、生活保護利用世帯の生活扶助基準額を平均6.5%、最大10%引き下げたものでした。
本判決は、このうちデフレ調整について、「デフレ調整において、生活保護受給世帯と消費構造が大きく異なる一般世帯についての家計調査に基づくウエイトを用いる方法は、方法としての合理性に疑問があり、これを用いる根拠も十分に説明されていない」等としたうえで、デフレ調整において、算定の幅があり得る数値の中で物価下落率が大きくなる方向で算定し、算定された下落率が必要以上に大きくなる可能性を再検討することなく、当該下落率をそのまま生活扶助基準の改定率とした点で、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続において客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くとともに、被保護者の生活への影響等の観点からみて憲法や生活保護法の趣旨・目的に反する過誤、欠落があるというべきであり、厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があり、違法であると判断しました。
本判決は、ゆがみ調整及び2分の1処理(生活保護基準部会で算出された生活扶助基準の改定率を同部会に無断で2分の1にしたこと)並びにデフレ調整の個々の手法等については、国・地方公共団体側の主張をほぼそのまま受け入れた第一審判決を是認しており、事実の認定や評価の妥当性については相当程度の疑問があるものではありますが、結論としては、厚生労働大臣の恣意的なデフレ調整を断罪し、厚生労働大臣の裁量の限界を明らかにしたものとして、評価することができるものです。
また、本判決が、「生活扶助が、憲法25条の理念に基づいて生活保護法が定める各種の保護の中でも、衣食その他日常生活に不可欠な支出に係る需要を満たすためのものとして、生活保護受給世帯の基礎的な生計に関わるものであること」や、「生活扶助基準の改定に伴う被保護者の生活への可及的な配慮」に言及したことも、生活保護制度の理解や生活保護利用者の生活の苦しさへの配慮がなされたものといえ、評価することができます。 - 当会はこれまで、本件引下げについて2012年11月26日付「生活保護基準の引き下げに反対する会長声明」により反対の意見表明を行い、その後も、2013年6月11日付「『生活保護法の一部を改正する法律案』に反対する会長声明」、2014年10月21日付「経済財政運営と改革の基本方針2014(社会保障改革部分)を受けて、生活保護の冬季加算の見直しが行われることに反対する会長声明」、2015年に札幌市白石区で起きた姉妹孤立死事件についての札幌市に対する警告書、2018年1月29日付「生活保護基準について一切の引下げを行わないよう求める会長声明」、2018年4月27日付「生活保護法63条に基づく返還債権を、差押えや生活保護費からの天引きなどにより徴収することを可能にし、非免責債権化する生活保護法改正案に反対する会長声明」、さらには2023年12月14日付「2013年からの生活保護基準の引下げに基づく処分を違法として取り消すとともに国賠請求を認容した名古屋高裁判決を受けて生活保護基準引下げの撤回等を求める会長声明」をそれぞれ発出し、近年の生活保護基準の諸々の引下げに反対するとともに、生活保護制度のあり方や運用等の改善を求めてきました。
- 記録的な物価高が続く中、生活保護利用者の生活はますます苦しくなっており、このような状況において生活保護基準の引上げは憲法25条に謳われた生存権が保障されるうえでまさに喫緊の課題といえます。
当会は、国及び各地方公共団体に対し、本件引下げ及び本件引下げに基づく処分を直ちに撤回して、本件引下げによる被害を回復させるとともに、真に健康で文化的な最低限度の生活が可能となるように生活保護基準を引き上げることを強く求めます。
以上
2025(令和7)年3月25日
札幌弁護士会
会長 松田 竜