声明・意見書

国家情報会議設置法の制定に反対する会長声明

  1.  政府は、2026(令和8)年3月13日、国家情報会議設置法案を国会に提出し、同法案は、4月23日、衆議院本会議で、賛成多数で可決され、5月26日にも参議院で諮られると報道されている。

  2.  この国家情報会議設置法案は、2025(令和7)年10月20日、自由民主党と日本維新の会が署名した連立政権合意書に、「インテリジェンス・スパイ防止関連法制について、25年に検討を開始し、速やかに法案を策定し成立させる」との合意内容に基づき作成された法案である。
     そして、同法案の附則では、内閣法の改定案による内閣情報調査室の国家情報局への格上げを規定している。さらに政府は、今後、「インテリジェンス・スパイ防止関連法制」として、機密漏えい行為の厳罰化、外国代理人登録法の制定、対外情報庁(仮称)の設置等も予定している。
     しかし、政府は、2025(令和7)年8月15日付閣議決定(内閣参質218第8号)において、我が国が「『各国の諜報活動が非常にしやすいスパイ天国であり、スパイ活動は事実上野放しで抑止力が全くない国家である』とは考えていない」、「関係当局においては、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしているものと承知をしております。」との認識を示していた。その後、同年10月の連立政権合意を経て立法方針が示されるに至ったが、新たな立法による対応を必要とする立法事実について、政府から具体的かつ十分な説明がなされたとは言い難い。
     加えて、この間の違法な諜報活動に対しては、国家公務員法、不正競争防止法等の既存の法令違反で処罰されており、政府側から、既存の法律では対応困難である具体的な事例についても説明されておらず、「インテリジェンス・スパイ防止関連法制」を制定する必要性について何ら明らかにされていない。

  3.  そのような中、今回、国家情報会議設置法案が国会に提出されたのである。
     この国家情報会議設置法案とは、「インテリジェンス機関」の権限強化等を目的として、「内閣情報会議」と「内閣情報調査室(内調)」をそれぞれ格上げした「国家情報会議」と「国家情報局」を設置しようとするものである。
     ここで、「インテリジェンス機関」とは、政府において国家安全保障上の政策判断をするのに資する情報を収集、分析等する機関をいい、現在、警察庁、公安調査庁、外務省、防衛省内に存するが、これら各機関の司令塔を新たに設置し、各機関の連携を強化するとともに、各機関への情報提供要求権限を与えるなど、政府のインテリジェンスに関する権限を強化しようとするものである。
     しかし、現在、直ちに、各機関の連携を強化し、政府のインテリジェンスに関する権限を強化することには、憲法上重大な問題がある。
     すなわち、上記各インテリジェンス機関に関しては、次のとおり、市民に対する違法な情報収集活動を行ってきたことが明らかになり、強い非難を受けている。
    ⑴ 神奈川県警による日本共産党幹部宅盗聴事件
     最高裁1989(平成元)年3月14日決定は、神奈川県警警備部公安第一課の警察官らが、日本共産党国際部長宅の電話を盗聴した行為について、「警察官である被疑者A及び同Bは、職務として、日本共産党に関する警備情報を得るため、他の警察官とも意思を通じたうえ、…請求人方の電話を盗聴したものであるが、その行為が電気通信事業法に触れる違法なもの」であると事実認定した。
    ⑵ 公安調査庁による元職員監視事件
     東京高裁2004(平成16)年2月25日判決は、公安調査庁が、退職した元職員に対し、24時間体制で居宅を監視し、外出時には尾行を行ったことについて、プライバシー侵害として国に損害賠償を命じた。
    ⑶ 自衛隊情報保全隊市民監視事件
     仙台高裁2016(平成28)年2月2日判決は、自衛隊情報保全隊が、医療費負担増の凍結・見直し、年金改悪反対、消費税増税反対等の市民運動や、「核兵器廃絶を求める署名活動」等についても個人情報等を収集していた事実を認定したうえ、原告のうち1名について、本人が明らかにしていなかった本名及び職業(勤務先)というプライバシーに係る情報を違法に収集、保有したとして、国に損害賠償(慰謝料)を命じた。
    ⑷ 大垣警察署による市民監視事件
     名古屋高裁2024(令和6)年9月13日判決は、岐阜県警大垣警察署警備課が、風力発電所建設に関する勉強会を開いた地元住民や、これと無関係の市民活動家らの個人情報(学歴、病歴、親交関係、過去の住民運動参加歴等)を、事業者である中部電力子会社に提供した行為について、収集目的自体が違法であり、社会的相当性がないとして、岐阜県に損害賠償と個人情報の抹消を命じた。なお、警察庁警備局長は国会において、こうした活動は「通常業務の一環」と答弁していた。
    ⑸ 大分県警別府署による隠しカメラ設置事件
     2016(平成28)年6月、大分県警別府署の捜査員が、参議院選挙の公示前に、野党統一候補を支援する団体が使用する別府地区労働福祉会館の敷地に無断侵入し、隠しカメラ2台を設置して、出入りする者を撮影していたことが、後日、発覚した。大分県警本部長は「必要性・相当性が認められない撮影」であったとして謝罪している。
     また、上記各インテリジェンス機関による違法行為に関して、これまで政府はその責任を正面から認めて再発防止の措置を講じるなどはしていない。
     これらの点、特に、対象となった市民はいずれも、政府に批判的な意見を有し、活動を行っていたもので、かかる事実は、単なるプライバシー権侵害にとどまる問題ではない。
     民主主義は、政府の政策に対する自由な批判と異議申立てを通じてこそ健全に機能するものであるところ、政府を批判する市民が監視対象とされ、その情報が収集・蓄積されることは、批判的言論への重大な萎縮効果を生じさせ、政府に対する正当な批判活動そのものを抑圧することにつながる。これは、表現の自由(憲法21条1項)、思想・良心の自由(同19条)を実質的に侵害するのみならず、自由な言論を通じた民意の形成という国民主権原理(憲法前文、同1条)の基盤を掘り崩すものであって、憲法秩序の根幹に関わる重大な問題を含む。

  4.  このような問題点への対策として、衆議院における同法案の審議の過程において、野党が個人情報保護への配慮や政治的中立性の確保を明文化する法案修正を求めたが、政府はこれを拒否し、同法案の可決に際して付された衆議院の附帯決議に「十分な配慮を行う」と盛り込まれたにとどまった。
     前述したように、そもそも、既存のインテリジェンス機関は、その活動が、国民のプライバシー権を侵害する危険を内包するものと言わざるを得ない。にもかかわらず、法的拘束力のない附帯決議では、実効的な抑止力とはなりえない。このことは、治安維持法の成立時に、その濫用的な運用を戒める附帯決議が付されたものの、同決議が何らの実効性も有さなかったその後の歴史的事実からも明らかである(当会2026(令和8)年1月30日付「治安維持法公布から100年を迎えた今、あらためて憲法の基本原理である国民主権・民主主義、基本的人権の堅持・尊重を求める会長声明」参照)。それにもかかわらず、より強大な権限を有する包括的なインテリジェンス機構である「国家情報会議」と「国家情報局」を設置しようとすることは、憲法上重大な懸念がある。
     特に問題点として指摘しなければならない点として、第1に、これまで、各行政機関が収集した個人情報は、個人情報保護法に基づき、それぞれの機関内で保管・使用してきたところ、国家情報会議等が設置された場合、同組織において、各行政機関の保有する個人情報の全てを管理・使用することが可能となりかねず、個人情報保護法の趣旨を没却し、国民のプライバシーの保護が否定されかねないという点である。各行政機関が個別の行政目的のために収集した個人情報を、本人の同意なく他の機関と共有することは、本来、個人情報保護法上認められないものであり、これを法律上可能とすることは、憲法13条が保障するプライバシー権に対する重大な制約となるものである。
     そして、第2に、前述の通り、既存のインテリジェンス機関による違法行為がいずれも、政府の政策に対して批判的な意見を有する市民・団体を対象にしたものであった。
     そのため、実効性のある抑止力がないまま、新たにより強大な権限を有するインテリジェンス機関を設置することは、表現の自由(憲法21条1項)、特に、政府に批判的な意見を有する国民の政治的活動が常に政府による監視活動の危険にさらされるという事態を招きうるものであり、このような活動に萎縮効果を与えるおそれが高い。
     そして、第3に、国家情報会議は内閣総理大臣をその長とし、各インテリジェンス機関を統括する強大な権限を有するものとされている。各インテリジェンス機関に対する民主的統制及び司法的統制が十分に整備されないまま、内閣総理大臣のもとに情報の収集・分析・運用に関する権限が集中することは、行政権による権限濫用を招くおそれを否定できず、権力分立及び立憲主義の観点からも重大な懸念がある。
     そもそも民主主義の根幹を支える政治的表現の自由は、政治的少数者のそれが厚く保障されてこそ意味を有するものである。
     それにもかかわらず、このまま国家情報会議等を設置させることは、政治的表現の自由に対する不当な制約となりかねず、憲法上重大な問題点がある。

  5.  また、「インテリジェンス・スパイ防止関連法制」制定やこれと並行して検討されている機密漏えい行為への厳罰化、外国代理人登録法の制定、対外情報庁(仮称)の設置についても、上記に述べたものと同様の基本的人権及び民主主義に関わる問題が生じうるところであるため、その立法化等の動向を強く注視するとともに、当会としての見解表明を予定しているところである。

  6.  以上述べたとおり、国家情報会議設置法案は、各行政機関が保有する個人情報を統合的に管理・利用することを可能とし、個人情報保護法の趣旨を没却して国民のプライバシー権(憲法13条)を侵害するおそれがあり、また、過去のインテリジェンス機関による違法行為への反省が十分になされないまま、政府に批判的な意見を有する市民の表現の自由(憲法21条1項)、思想・良心の自由(同19条)に重大な萎縮効果を及ぼすものである。さらに、内閣総理大臣を頂点とする強大なインテリジェンス機構の設置は、行政権による権限濫用を招くおそれがあり、立憲主義及び民主主義の根幹に関わる重大な憲法上の問題を含むものである。
     よって、当会は、国家情報会議設置法案を制定することについて反対する。

  7.  2026(令和8)年5月22日
    札幌弁護士会
    会長 佐々木 潤

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