声明・意見書

性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する基本的な計画の閣議決定を受け、差別禁止法制定を含む実効的な人権保障施策を求める会長声明

  1.  2026(令和8)年6月16日、政府は、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(以下「理解増進法」という。)第8条に基づき、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する基本的な計画」(以下「基本計画」という。)を閣議決定した。

  2.  確かに、基本計画には、性的指向及びジェンダーアイデンティティ(以下、併せて「SOGI」という。)が特定の人のみを対象とするものではなく「全ての人を含む表現」であること、SOGIは自らの意思によって変えることができないことが明記された。また、自らのSOGIに従って社会生活を営む利益を「人格と結びついた重要で切実な法益」と位置付け、SOGIに関する情報をプライバシー情報とした上で、カミングアウトをするか否かは本人が選択するものであり、その強要やアウティングが大きな精神的苦痛をもたらし得ることも示された。

  3.  しかしながら、基本計画には、SOGIの多様性に関する国民の理解を実効的に増進するための計画として、以下のとおり重大な問題がある。
    ⑴ 第一に、基本計画に掲げられた施策の多くが、従来から行われてきた広報、啓発、研修、既存の相談窓口の活用等にとどまり、性的マイノリティの人々が現に受けている差別や人権侵害を解消するための具体的かつ実効的な施策が十分に示されていない。また、施策の達成目標、実施期限その他効果を検証するための具体的な指標も十分に示されておらず、施策によって理解が進み、性的マイノリティが直面する差別や困難が実際に減少したかという観点からの継続的な効果検証が予定されていない。
    ⑵ 第二に、学校教育に関する施策が著しく不十分である。基本計画に掲げられた学校に関する施策は、人権教育に関する調査研究、教職員向けパンフレットや研修動画の周知、教職員に対する研修等が中心であり、児童生徒等自身がSOGIの多様性について正確な知識を学ぶための教育をどのように実施するかについて、具体的な方針はほとんど示されていない。性的マイノリティの子どもたちがいじめ、孤独及び孤立に直面する場合があることは基本計画自体も認めており、全ての子どもが安全に成長するためには、児童生徒等自身がSOGIの多様性や差別・偏見について学ぶ機会を保障することが不可欠である。
    ⑶ 第三に、インターネット上を含む差別的言動及び誹謗中傷等の人権侵害に対する施策が極めて消極的である。近年、性的マイノリティ、とりわけトランスジェンダーの人々に対し、偏見や誤った情報に基づく誹謗中傷が広がっているにもかかわらず、基本計画が示す施策は、違法・有害情報相談センターにおいて削除要請の方法等について助言を行うことなどにとどまる。国は、被害実態を継続的に把握し、国民の表現の自由を害しないよう配慮しつつも、悪質な差別的言動や誹謗中傷による被害の予防及び救済のため、より積極的かつ実効的な施策を講じるべきである。
    ⑷ 第四に、基本計画は、「SOGIの多様性に関して国民の間に様々な意見がある」とし、「異なる意見に対しても寛容の精神に立ち」、「幅広く共感を得ながら」理解を増進するとしている。しかし、性的マイノリティの人々が基本的人権を享有する主体として尊重され、差別されないことは、多数派の賛同や「幅広い共感」があって初めて保障されるものではない。基本計画は、差別を受ける少数者の人権保障を中心に据え、その権利を否定する立場を単なる「意見の相違」として扱うことなく、偏見や差別の解消に向けた施策を積極的に推進するものでなければならない。

  4.  また、理解増進法は2023(令和5)年6月に施行され、施行後3年を目途とする見直しが予定されていたところ、その見直しの時期を迎えるまで基本計画が策定されなかったこと自体、明らかに遅きに失したものであり、問題である。この点、理解増進法の制定過程においては、2021(令和3)年に、超党派の議員連盟において、性的指向・性自認を理由とする「差別は許されない」との文言を含む法案が合意されていたにもかかわらず、国会への提出は見送られた。その後、2023(令和5)年にG7広島サミットを契機として審議が再開されたが、成立に至る過程で、「差別は許されない」との文言は「不当な差別はあってはならない」に改められ、学校における教育又は啓発等には「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」行うとの限定が付され(同法第10条第3項)、さらに、措置の実施等に当たり「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」との規定(同法第12条)が追加されるなど、性的マイノリティの人権保障の観点からの後退が重ねられた。基本計画の策定の遅れ、そして前記3の問題点は、このような理解増進法の成立過程にも背景があるといわざるを得ない。

  5.  理解増進法が施行後3年を目途とする見直しの時期を迎えた今、前記3の問題点のうち、施策の達成目標及び効果検証の指標の設定、児童生徒等がSOGIの多様性について学ぶ機会の保障、インターネット上の差別的言動及び誹謗中傷への実効的な対策等は、いずれも法改正等を待たずに、現行の理解増進法の下で実施することが可能なものである。政府は、基本計画を見直し、これらの施策を速やかに実施すべきである。他方で、理解増進法は、SOGIを理由とする差別を明確に禁止するものではなく、差別による被害を受けた者に対する救済手段も定めていないから、このままでは実効的な差別の解消と被害の救済を実現することはできず、これらは立法により速やかに解決すべきである。このことは、当会が北海道弁護士会連合会の一員として参画した2023(令和5)年7月の定期大会における「性的指向・性自認(SOGI)に基づく差別を解消する法律を速やかに制定することを求める決議」においても確認されているところである。

  6.  よって、当会は、政府に対し、現行法の下で直ちに実施可能な施策の充実及び基本計画の見直しを求めるとともに、国会及び政府に対し、SOGIの多様性に関する理解の増進にとどまらず、差別の解消を正面から目的とし、SOGIを理由とする差別の禁止と実効的な被害救済を可能とする法制度の整備を求めるものである。

  7.   2026(令和8)年7月28日
    札幌弁護士会
    会長 佐々木 潤

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