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声明・意見書2006年度

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教育基本法改正に反対する会長声明

2006年(平成18年)6月9日

札幌弁護士会会長 藤本 明

  1. 政府は、教育基本法改正法案(以下、「改正法案」という)を閣議決定して今国会に上程し、同法案は衆議院で審議が行われている。
    改正法案は、「子ども一人ひとりを分けへだてなく、人間として大切に育てる」という憲法および現行教育基本法(以下、「現行法」という)の理念に反する、重大な問題点があり、当会は改正法案に対し、強く反対する。
  2. 現行法は、その前文に「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示し た。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」と謳われているように、憲法と一体不可分となり、文字どおり教育の「基本法」とし て、戦後の平和的民主的教育を支えてきた法律である。
  3. ところが、改正法案はこの前文を削除し、 新たに、公共の精神の尊重や伝統の継承あるいは文化の創造を謳っている。また、改正法案の第2条には「我が国と郷土を愛する態度」など、5つの「態度」を 養うことを「教育の目標」として掲げている。さらに、改正法案の第5条は義務教育の目的を「国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うこ と」にあると定めている。改正法案は一人ひとりの子どもを大切にすることよりも、義務教育を通じて、国家のための人づくりを行うことを目指していると解さ れる。
  4. 教育とは、人間の内面的価値に深くかかわる文化的な営みである。改正法案に掲げられる 「態度」や「資質」というものは、人格の完成をめざす教育の自主的な営みの中で育まれていくべきものである。改正法案は「愛国心」という表現を避けてはい るが、「我が国と郷土を愛する態度」と言い換えても、法を通して、国が理想とする人づくりを行おうとする改正法案の本質には些かも変わりはない。
    昨 今、教育の現場では、国旗国歌法制定当時の政府の公式説明に反して、生徒や教師に対して、国を愛する心情を持つことを強制する動きが広がっている。国を愛 する心や態度を養うことが、教育の目的として一旦定められれば、同じように国による強制が行われる危険性が極めて高い。それは明らかに「個の尊厳」への介 入であり、「思想良心の自由」(憲法19条)の侵害である。このように、本改正法案は、現行法の理念を放棄し、憲法上の保障を後退させる危険を有する。
  5. また、改正法案は、現行法第10条1項の「教育は、不当な支配に服することなく、国民に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」のうち、「国 民に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」の部分を削除している。そして、改正法案第16条で新たに「(教育は)この法律及び他の法律の定め るところにより行われるべきものであり」を付け加えているほか、改正法案第17条では政府及び地方公共団体に対して「教育振興に関する基本計画」の策定を 義務づけている。
    現行法第10条は、戦前の教育に対する過度の国家統制を反省し、教育の自主性尊 重の見地から教育に対する不当な支配や介入を抑止しようとした規定である。改正法案では、教育について国の国民に対する責任が曖昧にされているのみなら ず、「不当な支配に服することなく」という文言を残してはいるものの、法律の規定によりさえすれば国が教育内容に介入することができることになる。
    このように、本改正法案は、国による支配につながる危険を払拭することができないという問題点を有する。
  6. 改正法案の対案として、民主党は、日本国教育基本法案(以下、「民主党案」という)を国会に提出した。しかるに、その前文には「日本を愛する心を涵養 し、祖先を敬い」と規定されており、政府の改正法案よりも復古的な徳目を基調とする内容になっている。また、民主党案では現行法第10条の「教育は不当な 支配に服することなく」という規定が削除されている。先に述べたとおりの現行法が成立した経緯を顧みることなく、教育に対する国の介入を抑止するという現 行法の持つ準憲法的保障の趣旨を没却しているのではないかとすら感じられる内容となっている。このように、民主党案にも、改正法案と同様の問題点がある。
  7. 改正法案は2003年6月に発足した「与党教育基本法改正に関する協議会」での議論の結果をまとめた「与党最終報告」に基づいているが、そこでの議論は全て非公開であり、密室審議であった。
    「教育の憲法」ともいわれる教育基本法の改正という大問題は、各界各層の広範な意見をもとに、国民的な議論を経て慎重になされる必要がある。その意味で、改正法案には作成過程に重大な欠陥があると言わざるを得ない。
    また、政府・与党はこれまで「時代の要請にこたえる」という以外、教育基本法を今改正すべき根拠も立法事実も説明していない。先に述べたような、改正法案が抱える様々な問題点に対しても、国民が納得し得る十分な説明はなされていない。
  8. 思うに、日本の子どもたちが抱えている諸問題は、国連子どもの権利委員会の勧告にもあるように、「高度に競争的な教育制度」に原因があると考えられるも のであり、教育基本法に原因があると断ずるのは誤りである。そうであるなら、我が国がとるべき道は、教育基本法を改正することではなく、現行の教育基本法 の理念をさらに活かすような施策と取組みを進めることにある。
    少なくとも、法改正の必要性が何ら示されず、国民的議論を欠いたまま、拙速な審議を行えば、国家百年の計といわれる教育を根本において誤らせることになりかねない。それにとどまらず、このまま改正が行われれば、平和主義を定めている憲法の改正への伏線となりかねない。
  9. かりに、教育基本法の改正を検討するにしても、より幅広い視点から、子どもの養育に直接関わり、子どもの実態をよく知る専門家の意見を十分に聴いて慎重な検討を行うとともに、現行法の理念を豊に発展させる努力と国民的な議論がなされることが先決であると考える。
    以上のとおり、改正法案は法案化の手続において著しく拙速であるとともに、内容において、現行法の理想を放棄し、教育の理念を転換し、教育を通じた国による人格形成や支配につながる虞がある。
    よって、当会は、改正法案に基づく教育基本法の「改正」に強く反対する。

以上

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