2006年(平成18年)6月9日
札幌弁護士会会長 藤本 明
自民・公明両党(与党)と民主党は、去る5月26日、憲法改正に必要な手続を定めるいわゆる「憲法改正国民投票法案」を、それぞれ衆議院に提出し、6月1日の衆議院本会議で審議が開始された。
今回衆議院に提出された与党案は、従来批判の強かったメディア規制条項を削除するなど一定の修正を行なっている。しかし、なお、広く十分な議論が尽されるべき「憲法改正」問題に関し、特に国民主権と基本的人権の保障という憲法の基本原理に照らして、以下のとおり重大な問題がある。
- 与党案は、公務員等・教育者の地位利用による国民投票運動を禁止するとともに、裁判官・検察官・警察官による国民投票運動を一律的に禁止し、国民投票運動に関する広汎な制約を課している。しかし、「国民投票運動」「地位利用」とは何を指すのか明確ではなく、憲法改正に関する意見表明との厳密な区別が難しいうえ、それぞれ禁固または罰金という罰則規定が設けられており、表現の自由、学問の自由等への配慮条項はあるものの、なお罪刑法定主義に抵触する恐れが大きい。
憲法改正国民投票は、主権者である国民が、国の最高法規である憲法のあり方について意思を表明するという国民の基本的な権利の行使にかかわる国政上の重大な問題である。従って、公務員等や教育者、裁判官、検察官などにおいても、憲法改正に関する意見表明や運動は、基本的に自由でなければならない。特に教育者に関しては、例えば憲法学者が憲法に対する評価やあり方などに関して解説したり意見表明することすら「地位利用」「投票運動」と解釈され得る懸念がある。与党案のように、広汎かつ不明確な構成要件について、刑事罰の制裁付で上記のような規制が課せられるならば、国民が充分な情報を得たり、議論をすることが出来ないまま、国民投票が実施される恐れがあり、憲法改正に関する表現活動を萎縮させることになりかねない。
- 与党案は、「組織による」多数の投票人に対する買収等と利害誘導罪を突然に規定し、3年以下の懲役・禁固または50万円以下の罰金という罰則規定を設けている。しかし、同罪の構成要件は「公私の職務の供与をし」「申込み若しくは約束をし」「社寺、学校、会社、組合・・・に対する・・・債権、寄付その他特殊の直接利害関係を利用して・・・影響を与えるに足りる誘導をしたとき」などと極めて不明確で、広汎な規制を招きかねない内容になっており、(1)の問題と同様に罪刑法定主義に抵触するとともに、憲法改正に関わる国民の自由な表現活動を萎縮させる危険性がある。
翻って、憲法改正国民投票に関する買収等や利害誘導につき、罰則で禁止することの是非についても十分検討されておらず、かかる罰則規定を設けること自体疑問がある。
- 与党案も民主党案も、「憲法改正案ごと」に一人一票と規定されているが、「改正案」が各条文毎にという趣旨であるかは必ずしも明確でなく、関連事項について一括投票となる可能性も否定し得ない。
しかし、国民主権の原理に基づくならば、条項ごとに個別に賛否の意思を問う発議方法・投票方法を原則とすることを明記すべきである。
- 与党案は、国民投票において、憲法改正案に対する賛成の投票の数が有効投票の総数の2分の1を超えた場合は、当該憲法改正について国民の承認があったものとし、民主党案は、改正に賛成するときは〇の記号を自書し、反対するときは何らの記載をしないで投票するとしたうえ、改正に賛成する者が、全投票総数の2分の1を超えたときに承認があったと定め、与党案と比較すれば要件を厳しくしているが、いずれも最低投票率を規定していない。
しかし、与党案・民主党案ともに、投票率が低い場合に、投票権を有する国民のごく一部の者の賛成であっても憲法改正が可能となってしまう。そうなれば、憲法改正の重要性に照らし一般の法改正に比して改正手続を厳格にしている硬性憲法の趣旨が没却される恐れがある。従って、最低投票率に関する規定を設けるべきである。与党案も民主党案も、国民投票の期日について、国会が憲法改正を発議した日から60日以降180日以内と定められている。
しかし、仮に60日とした場合には、国民の論議を尽すには極めて不十分であり、全国的な規模で公聴会を開催する等の周知期間を確保するためにも、期間を再検討すべきである。
- 与党案も民主党案も、国民投票無効訴訟の提訴期間を投票結果の告示の日から30日以内とし、一審の管轄裁判所を東京高等裁判所に限定している。
これは、通常の行政事件取消訴訟の出訴期間が6ヶ月であることと比較しても著しく短いうえ、地方に居住する国民の憲法改正に関する裁判を受ける権利を著しく制限するものであり、認め難い
以上から、当会は、憲法の基本原理に抵触する内容を含む与党・民主党の各「憲法改正国民投票法案」の審議・採決に強く反対するとともに、今後広く国民の間で、真に国民主権に立脚した国民投票法のあり方、内容について、更に十分な議論がおこなわれることを求めて、取り組みを続けるものである。
以上